第90話 ミラーハウス
私の話だ。
常連客から待ち合わせの仕事が入った。三時間のロング。遊園地で少しデートをしてからホテルに行きたい、という要望だ。
遊園地の入口で待ち合わせ、チープでカラフルなゲートをくぐって入場する。
半世紀以上の歴史がある遊園地で、最新のアトラクションはないがレトロブームに乗って、それなりの人気があるらしい。とはいえ平日の日中だ。客の姿はまばらである。
コーヒーカップや観覧車、のんびり進むジェットコースターに乗って、ソフトクリームで一息つく。こんなので面白いのだろうか。客の顔を見ると存分に楽しんでいそうだ。歳は四十中頃。青春をもう一度、というやつなのだろう。
「次はあれに入ろう」
男が指さしたのはお化け屋敷だ。
瓦屋根の小屋の壁には顔を腫らしたお岩さん、一本足のからかさ小僧、ろくろ首、一つ目小僧などなど、おなじみの妖怪の絵がびっしりと描かれている。大口をぱっくり開けたおばけ提灯がぶら下がる受付を通り抜け、床まで伸びる真っ黒な暖簾をかき分けて中へと進む。
暗い通路を進んでいく。目玉が動く肖像画、井戸から上がってくる女幽霊、天井から降ってくる骸骨の人体模型。学生の文化祭に毛が生えたようなもので怖がる要素はひとつもないが、それもまあ味ということなのだろう。
そろそろ順路も終わりに差し掛かった頃、鏡張りの部屋に入った。
打って変わって明るくなった照明が眩しい。床も壁も天井も鏡で、きらきら輝く自分たちの姿が何百、何千、何万と万華鏡のように広がっている。何が面白いのか、何が怖いのかさっぱりわからない。ミラーハウスを考えた人はひょっとして重傷のナルシストだったんだろうか。
しかし、客の方は違ったようだ。
顔面を蒼白に染めて、私と鏡の間で眼球が激しく揺れている。
だんだんとだんだんと表情が歪んで、じょじょにじょじょに口が開いて。
うわぁぁぁあぁあああぁあああああああああぁああ!!
叫び声を上げながら、駆け出していった。
驚いて後を追うが、鏡だらけの通路で少し迷ってしまう。
お化け屋敷を出たときには、どこにも姿が見えなかった。
スマホでメッセージを送るが既読すらつかない。
途中キャンセル、ということになるのだろうか。
とはいえ、料金は先にもらっているし、あちらが勝手にいなくなったのだから返金する義理もないだろう。何があったのかは少し気になるが、次にまた指名されたときに聞けばいいだろう。
しかし、何ヶ月経っても指名はなかった。
醜態を晒してしまって合わせる顔がないのだろうか。
そういえばあの遊園地がネットで話題になっていた。なんでも本物の幽霊が目撃されたらしい。場所は例のミラーハウス。鏡に女の霊が映るそうだが、詳細は諸説入り乱れていてはっきりしない。まあ、さほど興味もあるわけでなし、それ以上深く調べることはしなかった。




