第89話 鬼は外
私の話だ。
お店で節分の豆撒きをすることになった。なんだか子供じみているように思うかもしれないが、こういうイベントをすると嬢の定着率が上がるらしい。そう言って店長はうきうきと豆や枡などを買い、待機所の家具を端に寄せたりしていた。自分が楽しんでいるだけな気もするが、それを口にするほど野暮ではない。
「がおー!」
ドアをばーんと開けて、鬼が入ってきた。
プラスチックの赤鬼のお面にアフロのかつら、そして全身赤タイツ。プチイベントにしては気合の入ったコスプレだ。女の子からはしゃいだ笑い声が上がる。店長に頼まれたスタッフさんだろうが、彼もなかなかどうしてノリノリらしい。
「鬼はー、外ー!」
豆撒きが始まった。
鬼はくねくねと逃げ回ってなかなか豆が当たらない。二十畳ほどの空間を所狭しと駆け回り、福豆の散弾を見事にかわしていく。投げる方も最初は加減していたが、だんだんムキになって全力投球を繰り返すようになった。しかし、それでも一発も当たらない。
「はあ、はあ、さすがにお前……避けすぎだろ……」
ついに店長がグロッキーになり、尻もちをついた。
鬼は挑発するように店長の周りをくねくねぐるぐると回る。
「ちくしょう、お前、これ以上避けたら減給してやるからな……」
店長がそんな冗談を口にしたときだった。
ドアが開き、ビニール袋をぶら下げたスタッフさんが入ってきた。
「いやー、すんません。道が混んでて遅くなっちゃいました。お面、買ってきましたよー……って、もう始めてたんすか?」
スタッフさんのきょとんとした視線が鬼に注がれた。
というか、全員の視線が鬼に注がれる。この店に若いスタッフは彼しかいない。
「お前、誰……?」
店長がそう口にした瞬間、
鬼はぁあぁぁぁああぁあああ! 外ぉぉぉおおおぉぉおおおお!!
鬼は絶叫しながら、ドアから飛び出していった。
一応、店長が警察に通報したが、具体的な被害がないということであまり真面目に取り合ってもらえず、犯人はわからずじまいらしい。ともあれ、お店では翌年から二度と節分の豆撒きをすることはなくなった。




