第81話 狭間の家
女の子から聞いた話。
その日の客先はメゾネットだった。外観は大きな一軒家なのだが、正面の両端に玄関が二つある。内部は独立していて、それぞれが二階建ての戸建のように使える物件だ。
隣家と間違えないように、表札をよく確認してインターフォンを押す。出てきたのはメガネをかけた小太りの男だった。年齢は二十代後半くらいだろうか。挨拶すると、少したどたどしく応対される。
「あの、こういうの初めてで……。すみません、変なことあったら言ってください」
デリヘルだけが初めてというわけではなく、性風俗の利用が初めてとのことだった。ガールズバーやキャバクラにも入ったことがないらしい。
それがどうしていきなりデリヘルを呼んだのかというと、
「いや、じつはお隣さんが毎晩激しくって、当てられちゃったっていうか。俺、彼女とかいないんで……」
聞けば、毎夜毎夜隣家から激しい行為の声が聞こえてくるそうだ。メゾネットは二階分のスペースを自由に使え、まるで一軒家のようではあるが、隣家と隔てているのは壁一枚だけだ。普通の一軒家に比べると防音が心許ない。
それは若い独身男には辛い状況だろう。
存分に発散させてやって、その日の仕事を終えた。かなり好感触だったので、この分ならリピート客になってくれるだろうと見込む。
案の定、明くる日に同じメゾネットから指名が入った。
さっそくか。想像以上に溜まっていたんだなあと感心しつつ確認すると、客の名前が違う。どうやら例の隣人らしい。
恋人と毎日がんばっているのにデリヘルまで呼ぶとはよほどの遊び人だなと呆れたが、客は客だ。素知らぬ顔で客先を訪れる。
ドアを開けて姿を表したのは予想に反してガリガリで、逆立ちしても絶倫には見えない男だった。とても女遊びをするタイプには見えない。おまけに、
「あの、こういうの初めてで……。じつはお隣さんからあの声が毎晩聞こえてきて。むらむらしちゃったっていうか……」
彼女さんとかいないんですか、と確認すると、
「いや、年齢イコール彼女いない歴なんすよ」
などと弱々しく笑う。
どうも話が食い違う。アダルト動画の音声をお互いに勘違いしているのだろうか。しかし、そんな事情を詮索する立場ではない。その日もサービスに努めて仕事を終える。こちらもリピートしてくれそうだ。
二人の客はだいたい月に一度のペースで彼女を指名した。他の風俗を利用している気配も恋人が出来た気配もない。なのに二人とも相変わらず「お隣の騒音」について愚痴を漏らしていた。
「ひょっとしたら爆音でAV見てたりして」などと話を振ってみると、
「だったら迷惑だよね。ヘッドホンくらいしてよって」と同じ返事。
どちらも独身の男らしくと言うべきか、いくらか上等なヘッドホンを持っていた。動画を観賞するときはそれを使うという。
変だなあと思いつつも訪問を重ねるたび、もう一つ変なことに気がついた。
それぞれの部屋がやけに狭いのだ。メゾネット全体の外観から考えると、二軒の間にそっくりもう一軒が収まるように思える。
ひょっとして。
単純なことに気がついた。ここは二軒が連なるメゾネットだと思い込んでいたが、ひょっとして裏手に別の玄関があり、もう一軒が挟まっているのではないだろうか。
帰り際、この思いつきを確かめるためにメゾネットの裏に回ってみた。そして想像した通り、ちょうど中央にもう一つの玄関を見つけた。
想像もしていなかった玄関を。
ドアには木板が打ち付けられ、擦り切れて黒ずんだ御札がびっしりと貼り付けられている。錆びた鎖と有刺鉄線がドアノブに絡まり、厳しい南京錠がいくつもぶら下がっている。
それを目にした瞬間、女の嬌声が唐突に耳元で響いた。
きゃははははっ ああっ いいっ もっと もっとちょうだい んぐぅっ あっ ああっ いいっ いいよっ いくっ いっちゃうっ やめてっ しぬしぬ しんじゃう ころしてっ ああ もっと いいっ いくっ いくっ あああああああああ しんじゃう ころして しぬしぬっ ころしてっ
彼女は慌てて逃げ出し、送りさんの車に乗り込んだ。
メゾネットの客たちからのリピートは続いているが、狭間の家に気がついているのかは確かめたことがないという。




