第80話 無断駐車
送りさんから聞いた話。
一日の仕事を終えて事務所に戻ると、駐車スペースが埋まっていた。そこは月極の青空駐車場で、ぜんぶで十台ほどが駐車できる。そこを社用車の分だけ店が借りているのだが、そこがすべて埋まっているのだ。
「なんで一杯なんだよ……」
確認すると、見覚えのない一台が混ざっている。無断駐車だ。
フェンスで囲まれた駐車場の入口には【無断駐車は金拾万円を申し受けます】という警告文が書かれた看板が掲げられていて、契約スペースにも店の名前が書かれたプレートが設置されているのだが、そういうものを無視する身勝手な人間が停めたのだろう。
「こっちは契約外のスペースには絶対に停めるなって、店長からしつこく言われてるのに」
無断駐車の主に怒りを燃やしつつ、参ったなと舌打ちする。
店長に報告し、駐車場の地主に連絡してもらわなければならないが、報告に行くためにも車を停めなければならない。路上駐車をして切符を切られたら大変だ。どうしたものかと考える。
そして、いいことを思い出した。
駐車場の奥に一箇所だけ、いつも空車になっているスペースがあるのだ。契約者の名前を書いたプレートも設置されていないから、本当に空いているのだろう。こっちは歴とした契約者だ。一時的にそこに停めても咎められる心配はないだろう。
そう考えて、車を奥に進める。
じゃりじゃり じゃりじゃり
タイヤが砂利を踏む音が闇夜に静かに響く。
ハンドルを切り返し、空車スペースに慎重にバックしていく。
じゃりじゃり じゃりじゃり
地主が自分で整備したのか、この駐車場は手作り感が溢れている。
駐車スペースの仕切りは黒と黄色のトラロープを金属のペグで打ち込んだだけ。車止めも古タイヤを埋めただけの安上がりな仕様だ。
とはいえ、彼としてはありがたい。デリヘルドライバーなんて仕事をしているが、実は運転にあまり自信がないのだ。特にバックのときは距離感がつかめなくなり、縁石に乗り上げてしまうことがしばしばある。
その点、この駐車場は安心だ。車止めの古タイヤにぶつかるまで下がってしまえばよいのだ。縁石ではタイヤが痛むが、古タイヤならその心配はない。
じゃりじゃり じゃりじゃり
慎重にバックしながら、古タイヤにぶつかる「どむっ」という感触を待つ。
じゃりじゃり じゃりじゃり ごぎっぐじゃっ
慎重に、慎重に。
じゃりじゃり じゃりじゃり ごぎっぐじゃっ
驚いてアクセルペダルから足を離す。
明らかに古タイヤにぶつかった感触ではなかった。
何か水気を含んだような、それでいてある程度の硬さがある――生き物が潰れた感触。
野良猫でも轢いてしまったのだろうか。
嫌だなと思いながら、車を降りて後輪を確認する。
タイヤの下に何か黒いものがわだかまっているが、暗くてはっきり見えない。
ポケットからスマホを取り出し、ライトで照らしてみる。
人、だった。
黒髪の女の頭が、本来車止めがあるべき位置に生えていた。
ぼさぼさで油染みた髪の毛は捻じくれながら1メートル以上も広がっていて、まるで大ダコが触手を広げているかのよう。青い血管の浮いた白い頭に黒い触手が絡みつき、その隙間から灰色に濁った瞳がこちらを見つめている。
そして、口元を歪めて粘着質の笑みを浮かべた。
「ひいっ!?」
思わず悲鳴を上げて逃げ出した。
事務所に駆け込み、店長に報告する。
話を聞いた店長は渋い顔をして、
「はあ、だから契約外の場所には絶対停めるなって言ったのに……」
と溜め息をつくと、どこかに電話をかけた。
「はい、はい、■■です。こんな時間にすみません。例の場所、停めちゃったみたいで……ええ、はい。わかりました。よろしくお願いします」
どうやら警察ではなさそうだ。相手は地主だろうか。
「お前、今夜は事務所から絶対出るな。トイレもなるべく我慢しろ。どうしても我慢できなかったら、手洗い場の鏡を絶対に見ないようにしろ。スマホとか、パソコンとか、そういうのもナシだ。カーテンも絶対に開くなよ。それから眠るな」
いきなり何を言い出したのだろう。さっぱりわからない。
しかし、質問を返す暇もなく店長は事務所を出ていった。
何をしているのか気になるが、ひょっとして揉み消し工作でもしてくれているのかもしれない。スマホやパソコンを使うなというのも、閲覧履歴を残さないためなのかも。そんな風に想像を巡らすと下手なことも出来ず、言われてたとおりにそのまま事務所でじっとしていた。
そのまま何時間が過ぎただろうか。
事務所のドアが開き、疲れた表情の店長が帰ってきた。
「よかった。無事だな。こっちは済んだから帰れ。今日は休んでいいぞ。というか、俺がいいと言うまで店には絶対に近づくな。いいな」
そう言って店長はソファに寝転んで眠ってしまった。
気になることが多すぎるが、起こして聞くのも藪蛇になりそうな気がして、そのまま家に帰った。外に出ると夜はとっくに明けていて、黄色い朝日が眩しく輝いていた。
数日後、店長から連絡があって出社した。
幸い事務所には誰もいない。
あれからどうなったんですか、と恐る恐る尋ねると、
「無断駐車のやつに移したからお前はもう気にすんな。それより、もう二度と契約外のスペースには停めるんじゃねえぞ」
とだけ答えられ、それ以上は何を聞いても答えてくれなかったという。




