第77話 痩せ薬
体型を気にしている女の子がいた。
私からするとまるで太っているようには思えず、むしろグラマラスで羨ましいぐらいなのだが、彼女的には「あたしって、デブだから」ということらしい。モラハラ彼氏でもいるんじゃないかと疑ったが、別に誰かに言われたわけではなく本当にそう思っているようだった。
スマホの待受画面はスレンダーなK-POPアイドル。なるほど、これが理想なら確かに今は太すぎるだろう。
「すっごいサプリ見つけたの! ■■ちゃんも愛用してるんだって!」
■■ちゃんとは、待ち受けのK-POPアイドルだ。
彼女が見せてくれたのは「とてモ痩身する!スゴT栄養金定剤!」という安っぽいラベルが貼り付けられたプラスチックボトルで、その下にはアルファベットやハングル、漢字、それに見たことのない記号が入り混じった印刷が透けていた。
「これがね、すごく痩せるんだって」
つまみ上げられた錠剤はパチンコ玉よりも少し大きいくらいで、焦げ茶色の糸くずを丸めて固めたみたいな見た目をしていた。
「それ飲むの?」さすがに引き気味に尋ねると、
「うん! ■■ちゃんも飲んでるからね!」そう笑顔で返された。
騙されているんじゃないかと思ったが、心配するほど親しいわけでもない。そのまま放置していると、確かに彼女が痩せ始めた。痩せ始めたなんてものじゃない、急激に痩せて、あっという間に■■ちゃんと同じくらいの細身になった。
「もっと痩せなきゃ! ■■ちゃんはもっとスリムだもん!」
しかし彼女はダイエットを続けた。
スリムを通り越してガリガリになり、骨に皮を貼り付けたみたいになった。ガサガサで落ち窪んだ眼窩の底の目玉だけが異様に大きく、ぎょろぎょろと光って、地獄の餓鬼のようだった。
指名は減り、待機所でお茶を引くだけの時間が増えた。
フリー客を回してみてもクレーム付きで追い返される。ふっくらしたプロフィール写真とは別人どころか、もはや人でもない妖怪だ。私だって夜道で出会ったら悲鳴を上げると思う。もちろん、そんなことは口にしないが。
彼女が売上にまったく貢献しなくなり、一ヶ月ほどが過ぎた頃。
店長が彼女を呼び出した。クビの宣告だろう。この店では待機するだけで最低限の手当がつく。嬢の品揃えをよくするための施策だが、まったく売れない商品に払い続ける金はないというわけだ。
事務所から出てきた彼女はそのまま待機所を出ていった。一悶着あるんじゃないかと思ったのだが、何のトラブルもなかったのだろうか。
入れ替わりに送りさんが帰ってきた。売上を納めるため、事務所のドアを開けて、
「うわぁぁぁぁあああああっ!?」
悲鳴を上げて尻餅をついた。
なんだろうと覗いてみると、事務所の中で店長が仰向けに倒れていた。
その口からは焦げ茶のタコ糸みたいなものが溢れていて、うねうねと蠢いて、出たり引っ込んだりを繰り返して、迷っているみたいな、でもずるっと口の奥に消えて、泡立った涎まみれの口だけがぽかんと残って――
三ヶ月ほどして、店長は店を辞めていった。
元相撲部だとかでがっちりしていた店長がガリガリに痩せて、骨と皮だけになっていた。
あの日、事務所で何があったかはわからないままだ。




