第75話 そとばだそとばだ
送りさんから聞いた話。
彼は少々ズレたところがあったが仕事熱心で、女の子が少しでもくつろいで過ごせるよう清掃や環境を整えることに心を砕いている人の好い男だった。
そんな彼があるとき、女の子のこんな愚痴を耳にした。
「あーあ、靴を脱いでくつろげたらなあ」
女の子を送迎するたびに床掃除もして、泥ひとつ落ちていないはずなのだが、土足で触れるところに素足を乗せたくないという気持ちはわかる。
どうしたものだろうと考えて、妙案(というほどのものではないのだが、彼にとっては)を思いついた。
車の床にすのこを敷くことにしたのだ。後部座席の床、奥側半分をすのこスペースにして、そこに素足を乗せてくつろげるようにするのである。
さっそく通販やホームセンターを探したが、ぴったり収まるサイズのすのこがない。別にぴったりである必要はないのだが、妙なところでこだわりの強い彼は、どうしてもぴったりサイズのすのこが欲しかった。
どうしたものかと考えながら車を走らせる途中、あるものを目にしてまたも妙案を思いついた。既製品が合わないのなら、自分で作ればいいじゃないかと。
ちょうどいい板切れを見つけた彼は、それを拾ってノコギリで切り、丁寧にヤスリをかけて、釘を打ち付けてすのこが完成した。妙に手先が器用な彼が作ったすのこは、下手な市販品よりずっと良い出来栄えだった。
さぞ女の子の評判もよいだろうと意気揚々と設置したのだが、どういうわけか誰も足を載せようとしない。なぜだろうと聞いてみると、「なんだか足を乗せたらいけない気がする」というよくわからない理由。
自信作だっただけに、理由がわからない。
しかし、考えるよりも先に体が動く男である。
送りさんは就業時間後、自分が後部座席に乗って靴を脱ぎ、足を乗せてみた。
こらぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!
耳元で大声が聞こえ、びっくりして足をどけた。
しかし、きょろきょろと辺りを見渡しても誰もいない。
気のせいか、あるいはどこかで酔っ払いが怒鳴ったんだろう。
彼は再びすのこに足を乗せ、
こらぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!
そとばだそとばだそとばだぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!
また怒鳴り声が聞こえた。
何度か繰り返すうちに、だんだん寒気がしてくる。
風邪を引いたかなとその日は大人しく帰ることにした。家に戻って布団をかぶると、今度は白い着物を着た老人に囲まれて、大声で罵倒されながらボコボコと踏みつけられる悪夢を見た。
まったく何なんだ。
翌日、風邪薬を飲んで出勤すると、店長から声をかけられた。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ちょっと風邪気味で、変な夢も見ちゃって……」
話を聞いた店長は、少し考えて、それから顔を青くして尋ねた。
「お前さ、すのこの材料ってどこで拾ったの?」
「どこって、近所の墓場っすけど。使ってなさそうな板切れがたくさん捨てられてて――」
「こらぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!」
すのこの材料は卒塔婆だったのだ。
店長から叱られた彼は、慌てて墓地のあるお寺に(元)卒塔婆を返しに行った。
住職からもしこたま叱られ、卒塔婆を弁償することになった。
散々な一日を過ごし(自業自得だが)、床に就いた彼はまた白装束の老人たちに囲まれる悪夢を見た。今度は足蹴にこそされなかったが、目が覚めるまで延々と説教をされ、まるで眠った気にならなかったそうだ。
「それっきり、墓場のものは勝手に持ち出さないようにしてるんだよね」
そう彼はしおらしい顔で語っていたのだが、もはやどこからツッコんだらいいのかわからず、私は呆れるしかなかった。




