第74話 ウチワサボテン
女の子から聞いた話だ。
その客はたくさんの植物で彩られた豪邸に住んでいた。
年齢は五十過ぎだと言うが、若々しく精力的で十歳以上は若く見える。成人した息子がいるが、金遣いが荒く我儘が過ぎるので勘当したという。奥さんは息子が幼い頃に亡くなっており、寂しいだろうと甘やかしすぎたのがよくなかったと苦笑いしていた。
予約はいつも三時間ほどのロングで、木々の生い茂る庭を散歩し、短めのプレイをして、それから温室でお酒や軽食を楽しむという流れだった。デリヘル嬢は基本的に客が出した飲食物に口をつけることはないのだが、男はそれも承知しているようで、未開封の既製品しか出すことはなかった。
温室の植物は鉢植えが中心で、パキラが網目模様の幹を高々と伸ばし、ガジュマルが手足のように気根を伸ばし、モンテスラが規則的な切れ込みの入った葉を広げ、それらをすり抜けた木漏れ日が、リュウゼツランの鋭い葉や、ウチワサボテンの肉厚な葉に柔らかく降り注いでいる。ちょっとした植物園のようだ。
彼女はこの客に指名されるのが楽しみだった。
男はとても紳士的だし、緑で満ちた洋館はまるで西洋貴族のお屋敷のようだ。振る舞われる飲み物や菓子も高級品ばかり。まるで良家の奥さんになったかのような時間が味わえる。
ウチワサボテンの鉢をプレゼントされたのは男が常連になってから半年ほどした頃だろうか。株分けした鉢がある程度育ったので、引き取り手を探しているということで一鉢を分けてもらった。一枚の大きな葉に、五枚の小さな葉がついている。成長したら手のひらのようになりそうで面白そうだなと思ったのだ。
男のアドバイスを聞きながら大切に育てること半年。
彼女の思い通り、ウチワサボテンは人の手の形のように育った。ちょうど男の右手とそっくりな形と大きさ。五指をピンと伸ばしたじゃんけんのパーの形でなんともユーモラスだ。仕事とは関係のないSNSに画像をアップするとちょっとしたバズになった。ますます大切に育てるようになった。
だがある日、そのサボテンが突然不調になった。
ピンと伸びていた五指がねじくれ、何かを掻き毟るような形に変化している。指先は何かがこびりついたように赤黒く変色し、小指と薬指が半ばから腐り落ちた。手のひらにも刃物で傷つけたような赤黒い筋が走り、そこから膿のような樹液が滴っている。
病気だ。
そう思った彼女は、男に相談のメッセージを送った。
しかし、一向に返事がない。男は仕事を引退して悠々自適の生活をしており、いつもならすぐに返事があるのだ。おかしいな、と思いつつも他に連絡手段もない。自宅に押しかけるわけにもいかず、ネットで検索してあれこれと治療を試して時間を過ごした。
治療の甲斐なく、サボテンはねじくれたまま一ヶ月ほどが過ぎた頃だ。
男からメッセージが来た。正確には男のアカウントから。
メッセージを送信してきたのは息子を名乗る男だった。
『父は死にました。強盗殺人。あんたは父の何ですか?』
何と尋ねられても、正直に答えるわけにはいかない。
友人です、と当たり障りのない返事をする。
『遺産は俺のだから。勘違いすんなよ』
男とは親しいメッセージを重ねていたため、恋人――あるいは内縁の妻とでも誤解されたのだろうか。男の死に対する衝撃以上に、警戒心に満ちたメッセージに気が塞ぐ。
『温室、片付けるから。処分にも金がかかるんだよ。あんたが持ち込んだものは全部引き取れよ』
何か勘違いしているらしい。
亡くなった客は、彼女の影響でガーデニング趣味に目覚めたと思っているようだ。
メッセージには温室の画像が添付されていた。
それを見て、彼女は息を呑んだ。
すべてが捻じくれていた。
パキラの幹はほぐれて使い古した箒のように先端が捻じくれ、健康的だったガジュマルの気根は萎びて捻じくれ、焦げ茶の斑点でびっしりと覆われたモンテスラの葉は縮み上がって捻じくれ、リュウゼツランは灰色に枯れて鋭い葉が螺旋状にねじくれ、ウチワサボテンは虚空を掻きむしるように捻じくれている。
捻じくれには方向性があるように直感した。
撮影したカメラレンズ、いや、撮影者に向かって指を伸ばすように捻じくれている。
彼女は男のアカウントをブロックし、連絡を断った。
客でないならつながる意味がないし、何より気味が悪かった。
それからまた数ヶ月ほどして、待機所でネットニュースを見た彼女は「あっ」と声を上げた。
〈■■県の資産家強盗殺人 息子を逮捕 動機は遺産か?〉
掲載されている住宅の画像はあの豪邸だった。
そして、被害者はよく見知った客の顔。
容疑者の息子は面立ちこそ似ているが、上品さをすべて取り去り、代わりに下品さを塗り込めたような醜怪な面相をしていた。
動機は見出しの通りで、遺産目当てで強盗を装って実の父親を殺したのだ。ギャンブルで背負った借金が何百万もあったらしい。
遺体は何度も切りつけられ、何度も刺され、無惨なものだった。激しく抵抗したのだろう。右手からは小指と薬指が失われていたという。
そして事件の起きた日は、ウチワサボテンが不調になったその日だったそうだ。




