第73話 逆ヴィーガン
きらりに限らず、この業界には変わった女の子が多い。
……というのはもう言うまでもないかもしれないが。
度を越した偏食の女の子がいた。
野菜嫌いで、野菜をまったく口にしないのだ。
普段はお菓子や肉ばかり食べている。
理由を聞くと「野菜の声が聞こえたから」という。
またスピ系かあと思ったが、詳しい話を聞くとちょっと趣が異なっていた。
彼女の実家は農家で、主にキャベツを育てていた。
そして、収穫の頃には「うぎゃぁぁぁああぁあああ」という悲鳴が畑から聞こえてきたのだそうだ。そのせいで野菜が食べられなくなったのかと思えばそうではなく、物心ついたときから聞こえていたからとくに疑問にも思わなかったらしい。
家族に話したこともあるが、「命を頂いてるんだから感謝しなくちゃね」と月並みな説教で終わった。今にして思えば、悲鳴が聞こえるという話を本気にしていなかったのだろう。
ある年、記録的な豊作を迎えた。
野菜の価格は十分の一以下になり、出荷してもトラックのガソリン代にもならず大赤字だ。仕方がないので収穫した野菜をトラクターで轢き潰し、翌年の肥料に回すことにした。
彼女が生まれてからは初めてのことだったので、興味深く見学した。
普段は「食べ物は大切にしろ」と言われ、野菜も残すと大目玉を食う家庭だっただけに、食べ物をトラクターで潰すという行為にぞくぞくするような気持ちになった。
畑の畝に山積みになったキャベツに、大型トラクターの凸凹のタイヤがのしかかった時だった。
やったあ! やったあ! やったあ! やったあ!
これまでに聞いたことがない歓喜の叫びが畑に満ちた。
ざぐざぐ。ばりばりばり。ぶじゅぶじゅぶじゅぶじゅぶじゅぶじゅ。キャベツが砕け、潰れ、緑色の汁が飛び散る湿った音に、「やったあ!」という歓声が交じる。
やったあ! ざぐざぐ やったあ! ばりばり やったあ! ぶじゅぶじゅ やったあ! やったあ! ざぐざぐ やったあ! ばりばり やったあ! ぶじゅぶじゅ やったあ! やったあ! ざぐざぐ やったあ! ばりばり やったあ! ぶじゅぶじゅ やったあ! やったあ! ざぐざぐ やったあ! ばりばり やったあ! ぶじゅぶじゅ やったあ! ぶじゅぶやったあじゅぶやったあじゅやったあぶじゅぶやったあじゅぶじやったあゅやったあ! ぶじゅ
腹の底から胃液が込み上がった。
両手で耳をふさぎ、うずくまって吐いた。
胃液が食道を焼き、鼻の奥がツンとなり、口腔が苦みと酸味と悪臭で支配される。
母親が心配してやってきたが、説明しても理解してもらえなかった。
それ以来、野菜が口にできなくなり、農家なんてごめんだと中学を卒業してすぐに家を出て、都会で暮らすようになった。
「それはえぐいね」と素直な感想を告げると、
「えぐいでしょ」答えられる。
そして、素直な疑問を口にしてしまった。
「お米とか小麦とかは大丈夫なの?」
彼女は顔をしかめて、
「思い出させないでよ……」
と軽く嘔吐いた。




