第69話 盛り塩
店長から聞いた話。
前任の店長が退職するということで、新しく店長として任命された。
引き継ぎは順調に進んだが、ひとつだけ奇妙な業務があった。
「神棚の盛り塩ね、絶対毎日取り替えて。忘れると大変だから」
何が大変なのかと尋ねても「とにかく大変だから」と繰り返すだけでまともに答えてくれない。今どき事務所に神棚がある時点で古風なのだが、オーナーか大家がよっぽど信心深いのかもしれない。大した手間ではないし、素直に了承しておく。
こうして新店長としての日々が始まった。
客入りはよく、スタッフや嬢同士の人間関係も悪くない。多忙な毎日を送る。忙しさにかまけるうち、盛り塩の交換のことをすっかり忘れて数週間が過ぎた。
ある日、出勤して言葉を失った。
事務所の壁という壁、家具という家具に黒い手形がびっしりと残されていたのだ。泥棒かと思い盗まれたものがないか確認するが、汚されたものは多くとも盗まれたものはなかった。オーナーに報告すると、警察には通報しなくてよいと言う。
壊れていたものはたったふたつ。
ひとつは窓ガラス。派手に割られ、人が通れるくらいの大きな穴が空いていた。
もうひとつが神棚。床に落ち、バラバラになっていた。犯人に何か思うところでもあったのか、御札がびりびりに破られて、小さな紙片がすべて真っ黒に汚されていた。
盛り塩をしなかったせいでバチが当たったのだろうか。
反省した店長は、神棚を新調して毎日盛り塩を交換するようにした。
しかし、そこで異変が生じた。
出勤すると盛り塩が真っ黒に変色しているのだ。
最初はたまたま汚れたのだろうと自分を誤魔化していたが、一週間、二週間と続くとさすがに恐ろしくなってくる。前任の店長に連絡をして事情を話した。
『あー、忘れちゃったんだ。ま、過ぎたものは仕方がない。これからは絶対毎日取り替えて。今度こそ大変だから』
何がどう大変なのかと食い下がったのだが、
『聞いたらもっと大変になるよ。だから僕は……ああ、ダメダメ。とにかく、絶対毎日取り替えてね』
と、電話を切られた。
以来、欠かさず盛り塩を交換し続けていると、だんだん盛り塩が変色しなくなってきた。そして、ある時どうしても地元に戻らなければいけなくなり、オーナーに退職を申し出た。
後任の店長には、もちろん盛り塩の件を引き継いだ。
「神棚の盛り塩ね、絶対毎日取り替えて。忘れると大変だから」
「毎日ですか? っていうか、大変ってどういう……」
「とにかく大変だから。絶対忘れないでね」
どう大変だと聞かれても、自分だって知らない。
後事は新店長に任せ、円満に退職した。
その後、新店長からの連絡はないという。
連絡先の交換はしていないので当然なのだが。




