第60話 無人肉販売
送りさんから聞いた話。
たまに行き来する道の途中に、野菜の無人販売販売所があったそうだ。
低層のマンションやアパートが建ち並ぶ住宅街の狭間に、ぽつんと唐突に。木枯らしに吹かれてトタン屋根がぱたぱたと震えている。
前々から気になっていたが、あるとき時間が空いたので車を停めてみた。
トマト1袋:百円
たまねぎ1袋:百円
にんじん1袋:百円
じゃがいも1袋:百円
ビニール袋には野菜がたっぷり詰まっていて、値札のシールが直接貼られている。スーパーで買うよりもずっと安い。自炊はしないが、トマトならそのままかじられるし好物だ。1袋もらうことにする。
ベニヤをガムテープで貼り合わせただけの料金箱は固定もされていない。
こんなのじゃ簡単に盗まれちまうぞ、と思わずきょろきょろしてしまう。防犯カメラなども当然ない。どこかから監視しているのかも、と顔を上げて周辺の住宅の窓を眺めてみるが、別に視線も感じない。
不用心だなあと思いつつ、料金箱に百円を入れる。
たかが百円のために万引きをするほど落ちぶれてはいない。
家に帰って、水道で洗ってかぶりつく。
果汁が溢れて唇を濡らし、雫が顎まで伝う。
甘い。
爽やかな緑の香りがする。
今まで食べたことがないほどの美味だ。
5つも入っていた袋があっという間に空っぽになった。
すっかり気に入って、常連になった。
トマトだけではなく、じゃがいもも買ってみた。
自炊と言うにはおこがましいが、電子レンジで蒸してじゃがバターにした。
これも美味い。
ほくほくとろりと優しい甘みが舌の上に広がる。
バターを絡めると脂のコクが加わって、わずかな塩味が甘さを際立てる。
にんじんや玉ねぎも美味いんだろうな。
そう、思うようになってきた。
カレーぐらいなら自分でも作れるだろうか。
家庭科や林間学校で作った覚えはある。
そんなに難しくはなかったはずだ。
あ、でも鍋がない。
レシピを調べてみると、フライパンでも作れるようだ。
あとは肉か……と思いながら無人販売所に立ち寄ると、
トマト1袋:百円
たまねぎ1袋:百円
にんじん1袋:百円
じゃがいも1袋:百円
肉1袋:百円
「えっ?」思わず声が洩れる。
無人販売所で生肉を売るなんて聞いたこともない。
透明なビニール袋で真空パックされた肉が一袋だけ、鮮やかな赤色を晒している。断面はサシの入っていない均一な色だった。
鮮度は大丈夫なのだろうか。
季節は冬。息は白い。冷蔵庫みたいな気温だ。
今まで食べた野菜は新鮮そのものだったし、変なものは売らないだろう。
野菜と一緒に買って、コンビニでカレールーも揃える。
指を二箇所切ったが、美味いカレーができた。
肉は豚でも牛でもなく、食べたことのない味だった。
食感はどこかキノコに似ており、ふかふかと柔らかい歯ごたえで、煮込んだにもかかわらず噛みしめるたびに肉汁が溢れてくる。
ひょっとしたら猪や鹿などだろうか。
郊外に畑や山を持っている人が趣味で無人販売をしている?
そんな風に、食べたことがない肉について想像を巡らせる。
そう考えると腑に落ちる。
まあ考えても仕方がない。
カレーは小分けにして冷凍し、1週間ほどかけて楽しんだ。
その後もときどき肉が置いてあるので、そのたびに買って味わった。
すっかりハマってしまった。
その日も仕事上がりに無人販売所に寄った。
日の出前、薄明に照らされた空が濃紺に染まっている頃だ。
無人販売所の前で何か作業をしている人がいた。
小柄でひどく背が曲がっていて、ちりめん模様の野良着を着ている。
足元には大きな竹籠。どうやら商品を補充しているらしい。
ああ、この人が無人販売所をやっているのか。
そう思って、
「いつもありがとうございます。野菜、おいしかったです」と声を掛ける。
「おやおや、お客さん? いつもありがとうねえ」と、嗄れ声が返ってくる。
男とも女ともわからないしわくちゃの顔が、歯のない口で笑った。
「お肉も美味しかったです。あれ、何の肉だったんですか?」と尋ねる。
「今日も売ってるなら欲しいんですけど」
すると老人は首を傾げて、ふぇふぇふぇと笑った。
「冗談はいけませんよぉ。肉なんて売るわけないじゃないですかぁ」
「えっ?」
でも自分は何度もここで肉を買っている。
何の肉なのか知りたいだけなんだけど、と続けたが、
「そんなもの買う人はいないでしょぉ。冗談はいけませんよぉ」
老人はふぇふぇふぇと笑いながら去っていった。
とぼけていたのか何なのか。
その日も肉が並んでいたので買って帰った。
それからもやはり時々肉が並んでいるという。
「その肉で角煮を作ってみたんですけど、味見してもらえませんか? 今回は会心の出来なんですよね」
送りさんが笑顔でタッパーを差し出してきたので、私は丁重に断った。




