第59話 間違い電話
女の子から聞いた話。
この業界には訳アリの子が多い。
例によって彼女も訳アリで、小学生の頃に実家が火事になり、それから一家離散の憂き目にあったらしい。彼女の家族は全員無事だったのだが、隣家に飛び火して一家三人が死亡。夫婦とその子どもだった。
都会であれば誤魔化しながら暮らすことも出来たかもしれない。しかし、彼女の地元はのどかな田舎で、人の縁が濃い。外を出歩くだけで冷たい視線や陰口を浴びせられた。そのうえ、死んだ子どもというのは彼女の同級生で、学年ごとに1クラスしかない学校でも居場所を失った。
こういう次第で、彼女の家族は地元にいられなくなり遠方に引っ越さざるを得なくなり、両親は離婚して――と、その後はありがちな顛末を辿って今の仕事に行き着いたのだそうだ。
そんな話を聞かせてくれたきっかけは、夕方に聞こえてきた防災無線のチャイムだった。「蛍の光、窓の雪」というやつだ。
彼女は防災無線に耳を澄ますと、
「都会は防災無線までちゃんとしててすごいね」と言った。
「ちゃんとしてるって?」と尋ねると、
「うちの地元、田舎でね。防災無線が壊れててこんな感じだったの」
ぎィぎゃぁォおぉおお ぎぃぎュヰうゥぅうウ
ぎゃァギょおぉオおオオ ぎゅヰきィイいぃぃいイいい
かろうじて「蛍の光」のメロディであることがわかる壊れた旋律。
本物はガラスを引っ掻くような、マイクのハウリングのような、頭の芯が疼くようなもっと不快な音だったという。
その彼女に、間違い電話が頻繁にかかってくるようになった。
営業用に店から支給されているスマートフォンで、電話番号は店の関係者しか知らないはずのもの。お客とはメッセンジャーアプリの交換はするが電話番号までは教えていない。
『もしもし、山口さん?』と聞き覚えのない女の声。
「ち、違いますけど」と若干震える声で返事をする。
ぷつん、と電話が切れた。
ただの偶然なのだろうが、驚いたのは「山口」という苗字だ。
今は「伊東」に変わっているが、両親が離婚するまでは「山口」だったのだ。
しかし、
『もしもし、山口さん?』
『もしもし、山口さん? ねえ、山口さんでしょ?』
『もしもし、山口さん? わかってるんだから、山口さん』
間違い電話が連日かかってくる。
非通知ならば拒否できるのだが、違う電話番号から代わる代わるかかってくる。そのうえ無視しているといつまでも鳴り止まないし、店や客からの連絡もあるので電源を切るわけにもいかない。
繰り返し繰り返し、自分は山口ではないと説明する。
そのときには大人しく電話を切るのだが、次の日にはまた違う電話番号からかかってくる。
『もしもし、山口さん? 山口さんでしょう? うん、って言ってよ。ねえ、山口さん』
我慢の限界を迎えた彼女は、怒鳴った。
「いい加減にしてよ! うちは山口じゃないって言ってるでしょ! 次かけてきたら警察に相談するからね!!」
電話口の相手が黙る。
電話が切れることもなく、無音の時間が続いた。
自分の息遣いがはあはあとやけにうるさく聞こえた。
そのとき、電話口から聞こえてきた。
ぎィぎゃぁォおぉおお ぎぃぎュヰうゥぅうウ
ぎゃァギょおぉオおオオ ぎゅヰきィイいぃぃいイいい
耳を疑った。
小学生の頃に離れた、地元の防災無線のチャイムだったのだ。
『そっか、今は山口じゃなくて伊東だったっけ』
ぷつん、と電話が切れた。
彼女は店を辞めて遠くに引っ越した。
新しい店でもスマホを支給されたが、電話がかかってくるたびにびくりとしてしまうという。




