第54話 生兵法は
女の子から聞いた話。
彼女は霊感が強く、子どもの頃から金縛りに悩まされていたのだという。
眠っているときでなく、起きているときにも突然身体が重くなり、寒気に襲われて動けなくなるのだそうだ。
家族に相談しても相手にされなかったので、一人で対策を考えていたところ、心の中でお教を唱えるといいことがわかった。
南無阿弥陀仏
南無妙法蓮華経
南無大師遍照金剛
南無摩訶毘盧遮那仏……
唱えていると、お腹の下の方が温かくなってだんだんと身体の自由が戻って来る。ひとつだけでは効果がないこともあるので、宗派も宗教も問わず様々なお経を片っ端からおぼえた。
唵阿毘羅吽欠裟婆呵
はらえたまいきよめたまえ
父と子と聖霊の御名によって
ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい……
大人になっても金縛りにはなったが、こうして編み出した自己流の金縛り解除法で対応してきた。
ある日、客先のホテルで金縛りにあってしまった。
タイミングの悪いことに、お客が自分にのしかかって動いているときだった。
しかたがない、いつも通り心の中でお経を唱え始める。
南無阿弥陀仏
南無妙法蓮華経
南無大師遍照金剛
南無摩訶毘盧遮那仏……
お腹の底がだんだん温かくなり、寒気が遠のいていく。
臨兵闘者皆陣烈在前
はらえたまいきよめたまえ
父と子と聖霊のみ名によって
ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい……
この調子ならすぐに金縛りも解けるだろう。
そう思ったときだった。
だめだよ、信じてもないのに
耳元でがさがさと枯れ草を揺らすような声がして、氷水をかけられたみたいに全身がこわばった。
そして、そのまま客が達するまで指一本動かせなかったという。
以来、無闇矢鱈にお経を唱えるのはやめたそうだ。
「でも、それじゃまた金縛りになったとき困るんじゃない?」
と私が尋ねると、
「うん、お経なんかじゃ頼りにならないと思って」
彼女は袖をまくって手首を見せてきた。
ブレスレットに見えていたそれは、象形文字のような記号がびっしり彫り込まれたタトゥーだった。これを入れてから、金縛りにあうことはなくなったのだそうだ。
知り合いの霊能者に薦められたそうだが、その記号にどんな意味があるのかは知らないし興味もないという。




