第53話 UFOホテル
女の子から聞いた話。
その日の仕事場となったラブホテルは温泉地の外れにあった。もともとはリゾートホテルだったのだが、温泉街そのものが衰退したことで業種変更をやむなくされた、まあよくあるラブホテルだ。
「昔はね、UFOが呼べるホテルって有名だったんだって」
行為の後、広縁のスツールでタバコをふかす客が言った。窓の向こうの夜景には、塗りつぶしたような闇にぽつぽつと寂しい街の灯り。
朝までのロングコースだから時間には余裕がある。雑談がしたいのだろう。
「UFO?」
尋ね返すと、男は嬉しそうににやっと笑った。
「そうそう、未確認飛行物体。昔のオカルトブームのときにはずいぶん話題になったらしいよ」
今ではこの通り寂れちゃったけど、と男はタバコをもみ消した。
「でね、UFOには呼び方があるんだ。手伝ってくれない?」
「はあ」
それでロングコースだったのか。
何か妙なお願い事だったらどうしようかと警戒する。
「そんな身構えなくても大丈夫。手を繋いで簡単な呪文を唱えるだけだから」
男は丸テーブルの灰皿をどかし、代わりにピラミッドのミニチュアを置いた。大きさと作り的にどうやら食玩やガチャガチャのたぐいらしい。別に本気でUFOが呼べると思っているわけではないようでほっとする。
ピラミッドを挟んで両手をつないで目をつむり、男に合わせて教えられた呪文を唱える。
「ベントラベントラスペースピープル。ベントラベントラスペースピープル。ベントラベントラスペースピープル……」
一分間繰り返してから目を開け、窓の外を見る。
こんなのでUFOが来たら世話がない。
流れ星のひとつでも見えないかな、と夜空に目を凝らす。
すると、
「あれっ?」
動く光を見つけた。
星とは明らかに違う。飛行機でもない。
ぴょんぴょんと虫が跳ねるように光点が動いている。
「おお、マジかよ!?」
男は興奮し、慌ててミニ三脚を立ててスマートフォンをセットした。
しかし、光点が小さすぎて上手く映らない。
「もう一回! もう一回呪文唱えよう!」
こうなると彼女も興奮してくる。
再び手をつなぎ、目を閉じて「ベントラベントラスペースピープル……」と呪文を繰り返す。
そして目を開くと、
「おおおおお! 大きくなってる!!」
「すごいすごいすごい!」
儀式を繰り返すたび、光点は徐々に大きくなる。
だんだんとこちらに向かっているようだ。
最初は針の先のようだった大きさが、いまは月ほどの大きさになっている。
「これさ、長く唱えたら一気に近づくんじゃない?」
きっとそうだ、ということで今度は十分以上かけて長々と呪文を唱えた。
どれくらい大きくなっているだろう、期待を込めてまぶたを開けると、
直径2メートルはある巨大な頭部が窓の向こうに浮いていた。
アーモンド型の目玉は真っ黒で。
耳と鼻はなく、体毛もない。
獣肉の脂のような色の皮膚がのっぺりと全体を覆っている。
口は一文字に線を引いたようで、
Uの字を描いてゆっくりと歪んで、
シャッターを上げるみたいにだんだんと開いて、
人を丸呑みに出来そうな口の中は暗黒の星空で、
目を凝らすと吸い込まれそうで、
向こう側に何かが見えて、
誘われて、
誘われて、、
誘われて、、、
視界が真っ暗になった。
ぷるるるる ぷるるるる
内線電話で目が覚めた。
「おはようございます。すみません、チェックアウトのお時間です。延長されますか?」
フロントからだった。
どうやら気を失って、朝になっていたらしい。
二人は慌ててホテルを出て、無言のまま別れた。
それ以来、夜空を見上げるたびにちらちらと動く光が見えるようになったという。
「ほら、あそこ」と指差してもらったが、私には何も見えなかった。




