第52話 使用済み
紛い物なのか、本物なのか、とにかくそれを作り出すことに情熱を燃やす人もいる。
女の子から聞いた話。
この業界には一風変わったオプションがあり、それを求める客もいる。
ぼかしてもしょうがないからはっきり言うが、唾やおしっこ、使用済み下着などを買う客がいるのだ。人の趣味にとやかく言うつもりはないが、理解しがたい嗜好であるのは間違いない。
その客は常連で、指名は変わるが月に何度も利用する。毎回ロングの上にオプションをたっぷり買ってくれるので、店としては上客だし、嬢としても臨時ボーナス的な存在だった。
そんな変わった客に予約指名されたときのことだ。
場所は客の自宅。コンクリート打ちっぱなしの豆腐のような真四角の建物で、通された部屋はまるで研究室。壁際に何やら得体の知れない生物の標本が入ったガラス瓶が並び、中央には手術台。プレイは手術台で行われる。
医者か研究者のつもりなのか白衣を着ていて、彼女が用を足すさまをじっと見ている。紙コップに受けた小水を漏斗でガラス瓶に移し、厳重に蓋をする。唾や愛液も試験官のような容器に入れてキャップをし、挙げ句に避妊具から絞り出した自分の精液も混ぜ合わせて保存した。
正直、ドン引きである。
しかし、それを顔に出すことはない。
唾だろうがおしっこだろうが、勝手に出るものを数千円で買ってくれるのだ。この手のオプション料金は基本的に嬢の追加収入になる。こんなものが金になるのならいくらでも買ってほしい。
「今度は上手くいくだろうか。理論上は完璧だ。エーテルも足りているはず。組成はこれでいけるはず。なのに真核が……紛い物ばかり……。どうしてだ。もう一歩、もう一歩のはずなのに……やはり代替物では……何が足りない……」
一通りの行為を終えた男は、深刻ぶってそんな風に呟いている。
下半身をさらけ出したまま白衣を羽織り、見たこともない言語で書かれた分厚い本を開いてうろうろと歩いている姿は何かのギャグとしか思えない。
とはいえ、おいしい客である。
リピートは望めないのだからこの機会になるべく稼いでおきたい。
そんなわけで、
「先生、何が足りないんでしょうか? 私にお手伝いできることがあれば……」
なんて調子を合わせて声を掛ける。
設定は「先生」の助手だ。きっとこんな感じでいいだろう。
すると男は目を剥いて彼女の肩を掴んだ。
まずい、何か怒らせてしまったか……と背中を冷たい汗が伝う。
「本当にいいのかね!? しかし、とても君にお願いできることでは……」
怒ったわけではないらしい。演技を続ける。
「なんでもおっしゃってください! 私にできることなら何でもします!」
「しかし、そうは言っても……」
男はもぞもぞと口ごもる。そろそろ面倒くさいな、と思いつつも、タイマーが鳴るまでは演技を続けようと決める。
「何でもします!」「しかし」のやり取りを何度も繰り返し、やっと男が折れた。
「処女の経血が必要なんだ。しかし、君では……」
「先生! 私は処女です!」
「何っ!?」
「こんな仕事をしてますけど、純潔は守ってきたんです! だから本番のないデリヘルで働いてきたんです!」
「ま、まさかそんなことが……」
「先生! 私を信じてくれないんですか!?」
うるうると目を潤ませて、上目遣いで男を見つめる。
「い、いや、すまなかった。ならば……」
「こんなこともあろうかと、これを持ってきたんです!」
彼女がバッグから取り出したのは、数日前まで使っていたタンポンである。チャック付きポリ袋に入ったそれは赤黒く変色していた。なんでそんなものを持っていたのかと言えば、予約が入った時点で男が買いそうなものをとっておいたのだ。
そしてその努力は実った。
メニューにないオプションということで言い値で買い取ってもらいほくほくだ。おまけにメッセンジャーアプリの連絡先交換にも成功した。気に入ってもらえたらリピートもあり得るかもしれない。
その三日後。
『ついに本物が完成したぞ!』
というメッセージを最後に、男とは連絡がつかなくなった。
メッセージにはピンボケの画像が添付されていて、タラの白子を薄いピンク色に染めたような何かがドアップで写っていた。
言うまでもなく、彼女は処女ではない。
客が完成させた何かは、本当に彼の思う「本物」だったのだろうか。少しだけ気になっている。




