第40話 カガノゴミヤ
女の子から聞いた話。
その日の客先はラブホテルの一室だった。
やたらに目がギョロッとした、魚のような顔をした中年男だった。男は彼女を迎えるなり、すぐに風呂に入るよう急かしてきたという。
四十五分のショートだからそんなものだろう。短時間の客は相応にケチくさいものだ。さっさとプレイに入ろうと焦ることが多い……と、思っていたのだが、今度は髪を洗えとまで言ってきた。
「すみません、乾かすのに時間かかっちゃうんで無理です」
乾かすだけでなく、セットにだって時間はかかるのだ。こういうのがわからない男は多い。注文を断ると、男はカメレオンのように目をぐるぐると回し、もごもごと口の中で何かを呟いた。
耳を澄ますと、どうもこんなことを言っていた。
「いえ、違うんです。申し訳ございません。大丈夫です。大丈夫です。大丈夫ですから」
そんなに謝るくらいなら最初から言うんじゃない、と内心で苛立ちながら、「いえ、気にしないでください」と言っておく。
部屋に入ると、今度は服を持ち出してきて、それを着ろという。ショートのくせに面倒なことばかり注文してくると苛立ちつつも、断るほどのことでもない。飾り気のない真っ白な作務衣のような服だった。それこそ、このラブホテルの備品にもある、ぺらぺらのガウンと大差がない。
作務衣もどきに袖を通すと、今度はベッドの上に正座するよう言われた。どんなプレイだと訝しみながら言われたとおりにすると、男は床に這いつくばって、土下座の姿勢になった。
男は床に額をこすりつけながら、ぶつぶつと何かを呟いている。よく聞き取れなかったが、こんな風に聞こえた。
「ゴゼンでございます。ゴゼンでございます。どうぞお収めください。こちらがカガノゴミヤでございます。カガノゴミヤでございます。ゴゼンがございます。ゴゼンがございます。どうぞいこうてください。カガノゴミヤでございます。カガノゴミヤでございます」
男は土下座したまま頭を上げない。気味が悪いのでやめてほしいが、なぜか声が出せない。何か細長く、冷たいものが喉に巻き付いているような感触がした。手で触ってみても、もちろんそこには何もない。
そうこうしているうちに、時間が来た。
結局サービスらしいサービスはしなかったが、男は何も文句を言わずに彼女を見送ったという。
そして店に帰る途中、送りさんに言われて気がついた。
首の周りに縄で締めたような青痣がついていたのだ。
警察に相談するか悩んだが、男に首を絞められたわけではないのは明らかだ。通報しても相手にされないということで泣き寝入りをすることになった。
「その痣が消えなくってさ、いっそ隠しちゃえと思ってこれを入れたんだよね」
彼女が見せてくれたのは首に巻き付く蛇のタトゥーだった。
客が怖がるのではと思ったが、意外なことにタトゥーを入れてからの方が指名が増えたらしい。
例の客も含め、世の中には色々な趣味の人間がいるものだと思った。
※筆者註:
仮説となるが、ゴゼンとは「御膳」。カガノゴミヤとは「蛇の御宮」ではないだろうか。ゴゼンは東北の一部地域では神仏へのお供え物を指し、カガは蛇の古語で蛇神を指す。あるいは火之迦具土のカグの訛りで、火神を指すという説もある。しかし、確信が持てないため、本文中ではカナ表記とした。




