第39話 ピーちゃんが死んじゃったの
「ピーちゃんが死んじゃったの」
一仕事を終えて待機所に戻ると、涙声で縋りつかれた。
この業界は精神的に不安定な子が多い。彼女のその一人で、確かシングルマザーだったはずだ。ピーちゃんは彼女が飼っているインコだったと思う。子育てと仕事のストレスをペットで癒やしていたのだろうか。
「ピーちゃんがね、死んじゃったの」
彼女がどんな人間だったか思い出していると、無視されたと思ったのかもう一度同じセリフを繰り返した。まいったな、と視線を巡らすが、他の子たちは誰も目を合わさない。彼女はいわゆる重度のメンヘラというやつで、みんな面倒がって関わり合いになろうとしないのだ。
「死んじゃったんだ」
そう返事をしたのは、別に博愛精神からではない。
露骨に無視をして恨まれるのが嫌だっただけだ。当たり障りなく受け流すという、世間の人は普通に身につけるらしい処世術が、私は苦手だった。
「そう、ピーちゃん死んじゃったの!」
彼女は泣き顔に満面の笑みを浮かべた。
私も曖昧な笑みで返す。
「ピーちゃんってね、口を開けると入ってくるのね。それがかわいくって、ピーナッツの香りがしてね、それでピーちゃん。いい匂いがするの。でも、むずむずしちゃって、くしゃみをしたら、ガブッて、ゴキッて。それでね、死んじゃったの、ピーちゃん」
「ガブッて?」思わず聞き返した私に、
「ゴキッて!」彼女は泣き顔の笑みで答えた。
まいったな。
再び視線を巡らすが、誰も目を合わせてくれない。
「わたしね、ペットが飼えないの」
「飼ってたのに?」
わからないことや矛盾があるとつい聞き返してしまう。
私の悪い癖だ。
「飼ってるの。飼ってたのにね、飼えないの。いっつもね、すぐ死んじゃうんだ」
ピーちゃんに関しては死んじゃったのではなく殺したのではないか、と思ったが、さすがにその言葉を飲み込む程度の分別はあった。
「ハムスターのハムちゃんもね、カゴから逃げて、踏んづけちゃってね。ぐにって。ウサギのみーちゃんはね、電気コードをかじっちゃって、びりびりって。猫のみーちゃんはね、抱っこしていっしょに寝たら死んじゃってたの」
はあ、と彼女はぐずぐずに化粧が崩れた顔を伏せた。
「でもね、赤ちゃんいるじゃん。ペットはね、じょーじょー教育にいいんだって。命の大切さ。命は大切だから。だからね、次は何を飼おうかなって。ハリネズミとかどうかな? はーちゃん、どう? ハリーの方がいいかな?」
情操教育かな、と考えている間に別のことを聞かれた。
返事をする前に彼女が続ける。
「一年ね、いつも飼えないんだ。一年。一年しないうちにね、みんな死んじゃうの。だから飼えないんだ。でもさ、じょーじょー教育にいいっていうからさ、やっぱり飼ったほうがいいじゃん、じょーじょー教育上。上の子たちもね、一年しなかったから、今度の子はちゃんと誕生日お祝いしたいなって。プレゼントはもう買ったの。すっごくおっきいぬいぐるみ。お誕生日まで秘密だけどね。絶対言わないでよ。秘密だからね。それでおっきいケーキも用意してね、ろうそくをふーって消すの。それがすっごく楽しみで」
「上の子?」
思わず聞いてしまう。悪い癖だ。
「うん、上の子。今の子は三人目なんだ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも一年だめだったの。だから三人目はね、ちゃんと誕生日をしてあげたいなって。だからじょーじょー教育もがんばらなきゃって」
彼女の話はなおも延々と続いたが、まるで頭に入ってこなかった。
一歳にもならない子どもは、家に一人で置いていてもよいものなのだろうか。
児童相談所に通報すべきなのかもしれない。
しかし、私は彼女の住所を知らないし、本当に子どもがいるのかもわからない。
深入りしても仕方がない。私にできることなんてないのだ。
店長にこのことを報告して後の対応は任せる。
これが私の精一杯だと、なけなしの良心を納得させることにした。




