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デリヘル怪談 ▓▓恵美さんを探しています  作者: 瘴気領域


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第37話 殴られ屋

 待機所のソファで本を読んでいたら、嬢の一人がテレビを指さして声を上げた。


「あ、この人知ってる! 一昨日のお客さんだ!」


 なんだろうとテレビに目をやると、そこにはこんなニュースが流れていた。


――■日午前十時頃、■■■公園で遺体が発見されました。発見された■■さんは『新宿(ジュク)の殴られ屋』という愛称で知られ……


 私は知らなかったが、そこそこな有名人だったらしい。過去にドキュメンタリーの取材を受けていたらしく、その映像が差し込まれてちょっとした特集が組まれていた。


「絶対やばいやつだと思ってたんだけど、死んじゃったんだあ。ねえねえ、この人ね、一昨日のお客さんだったんだよ」


 待機所には二人きりだったため、彼女は私に話しかけてきた。




 呼ばれたのは、安アパートの一室だったという。

 八畳間のワンルームにはろくに家具もなく、畳に薄い布団が一枚敷かれているだけだった。家財の類はまとめて押し入れにしまってあるのだろう。反対に言えば、それで済んでしまうほどに持ち物が少なかったようだ。


 男は痩せていて、顔中に古い傷跡があった。

 布団の上にあぐらをかいて、白いラムネ菓子のようなものをがりがりとかじっている。やばい客だな、と心の中で警報が鳴った。


「変な薬じゃないよぉ。頭痛薬。チミ()も食べるぅ?」

「ううん、あたしは大丈夫」


 回らない呂律で差し出された錠剤を愛想笑いで断る。刻印から有名メーカーの頭痛薬だとわかったが、本来の目的で使っているとは到底思えない。いわゆるオーバードーズというやつだろう。市販薬でも大量に飲めばキメられる。


 男はふらふらと立ち上がると、ボクシングのかまえを取った。


「ぼくねぇ、殴られ屋なの。知っれる? 殴られ屋。千円れ十分殴りほうらい(放題)。ぜぇんぶよけちゃうんらけどね」


 男はゆらゆらと上体を揺すってみせた。

 こんなのでとてもパンチをかわせるとは思えない。


「信じれないれしょぉ。チミ()もやっれみるぅ? ほらほら、立っれ立っれ」


 強引にうながされ、仕方なくパンチを繰り出す。

 相手は一応お客さんだ。本当に当たってしまったら困るから、ゆっくりと手加減して。


「ほらほらぁ、当らららいれしょぉ。遅い、遅いよぉ。もっともっと速くしないとぉ」


 男はくねくねとよけながら、しつこく、何度も何度もパンチを催促してくる。

 だんだんイライラしてきて、拳に力が入ってくる。

 いい加減にしろよこの野郎。

 心の中でそう叫んで、思い切り拳を振った。


 ごつ


 鈍い感触。手に痛みが走る。

 どすん、と派手な音を立てて男の体が布団に倒れた。

 男は白目を剥いて動かない。


「ちょっ、ちょっ、お客さん!?」


 慌てて肩を揺する。

 息はしている……と思う。

 救急車?

 でも、私がやったってことになる?

 傷害? 逮捕?

 もしも死んじゃったら?

 殺人……?


 がばり


 男の体が突然起き上がり、しがみついてきた。

「ぎゃっ!?」

 思わず悲鳴を上げる。

 男は耳元で笑った。

「あははっはは、驚いら? ねえねえ、驚いら?」


 どうやら気絶してみせたのは演技だったらしい。

 ずいぶんと悪趣味な男のようだ。

 腹が立ち、今度こそ本気でぶん殴ってやろうかと思ったが客は客だ。

 かろうじて怒りを飲み込み、するべきことをする。

 ところが男は結局勃たず、「なんれらろ、なんれらろ」とまるで男自身のようにおろおろと小さくなっていた。

 ざまあみろインポ野郎、と思った。




――■■さんの「死んだふり」は有名で、殴られたふりをして吹っ飛んだり、気絶したふりをするパフォーマンスで人気を博していました。■■さんの遺体は歩道横の植え込みに倒れていましたが、彼を知る人はみんな演技だと思い通報をしなかったそうです。検死の結果、死因は外傷性のくも膜下出血と見られ……


 ニュースはまだ続いていた。

「外傷性……?」彼女はぎょっとした顔でつぶやいた。


「外傷性って、殴られたりだとか、倒れて頭を打ったりってことだよね」

「そうだね」

「じゃあじゃあ、あたしが殴ったのが原因だったら……いや、そんなわけないよね? ねえ、ないよね?」

「ないんじゃないかな」


 とりあえず気休めを言っておく。

 頭を強打された格闘選手が、試合の数日後に死亡するなんて事例もあるが、それを言っても不安にさせるだけだろう。


 それに、根拠のない気休めってわけでもない。大量に飲んでいた頭痛薬は本当に頭痛に悩まされていたのかもしれないし、回らない呂律や勃起不全も脳卒中の前兆だったはずだ。つまり、彼女が殴る前から症状があった可能性が高い。


「そ、そうだよね。あー、驚いた。で、でも、もしも警察が来たらさ、いまのは黙っててね!」

「うん、わかった」


 彼女は青い顔をしてイヤホンをつけ、そのまま自分の世界にこもってしまった。

 そのせいで、ニュースを最後まで聞かなかったらしい。


――■■さんの遺体は死後一週間以上は経過していると見られ、警視庁は今後目撃証言などから正確な死亡推定時刻や事件性の有無を捜査するそうです。では次のニュース……


 彼女が男を殴ったのが一昨日だから、これで嫌疑は間違いなく晴れる。しかし、これはこれで別の問題が生じる。私に答えが出せることじゃないし、わざわざ告げたところで面倒なだけだ。


 ま、そのうち自分で気がつくだろう。

 私は読みさしの文庫本に目を戻した。

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