第35話 見知らぬ客
風俗店で成功した経営者はどういうわけか飲食店を開業したがる。
世間に後ろ指をさされない事業を持ちたいとか、本業は法改正でいつ吹き飛ぶかわからないとか、そういうもっともらしい理由が語られる。しかし、実際のところは「やってみたかったから」というのが一番の理由なのではないかなと思う。
ご多分に漏れず、飲食店経営を始めたオーナーから聞いた話。
開業したのはカジュアルなイタリアンレストラン。ダイニングバーの方が業態としては適切かもしれない。イタリアンを選んだ理由は「生ハムが好きだから」という程度のものだ。こんな具合で、大した思い入れなどないのだ。
プレオープンでのことだった。
知人、友人、経営者仲間を集めて開店前の店をお披露目する、パーティと開業後の予行演習を兼ねたようなイベントだ。風俗関係者は基本的に呼んでおらず、まっとうな人間だけを招待している。
例外は女の子たちだ。
自分は若くてきれいな女の子をたくさん呼べるんだぞ、と見栄を張りたかったのだろう。経営する店から十人ほど女の子を呼んでいた。高額のバイト代つき。バイト代には、オーナーが風俗店を経営していることの口止め料を含んでいた。
プレオープンは立食形式にすることも多いのだが、なるべく実際の開業時に近い状態にしたいと考え、わざわざ座席まで指定して「予約で満席」という状況を再現した。妙なところにだけこだわるのが、こういう思いつき開業の特徴と言えるかもしれない。
提供する料理はコースだ。本番なら5,000円でドリンク別。やや高級志向である。デリヘルで格安店から高級店まで経営した経験から、低価格サービスは客質が悪くなると痛感した結果である。クレーマーはコストばかり生む。
料理長には経験者を据えた。もともと高級ホテルのレストランで働いていた本格派である。素人が下手に口出しをしても、ろくなことにならないだろうと、キッチンのことは一任している。
挨拶を終え、さっそく料理が並び始めた。
色鮮やかな前菜に、客たちから驚きの声が上がる。単価が高い分、原価率は高めに設定したから食材のグレードが高いのだ。手元に残る利益額はこれでも格安店より多い。飲食店経営の落とし穴だが、「利益率」ばかり気にして「利益額」を見落としているケースが多い。目標の「利益額」を出せるのならば、「率」なんて気にする必要はない……と、先輩経営者から教わったことを実践していた。
しかし、ここでさっそくトラブルが起きた。
人数ぴったりに手配したはずなのに、自分の分の料理が来ないのだ。ホストだから不要……と勝手に判断されたのか。いや、そんなはずはない。多人数分を一度に作ったときの味も確認したいと、料理長には事前に告げていた。なんらかのオペレーションミスがあったのだろう。
とはいえ、騒ぐほどのことではないし、招待客に不快な思いをさせても、よいことはない。あくまで予定通りを装い、客をもてなした。他に目立った問題はなく、プレオープンは盛況のままに幕を下ろした。
閉店後、料理長に確認をする。
料理長は不思議そうな顔をして、「絶対にオーダー通りに作った」と言い張る。ならば自分が頼んだ時点で間違っていたのか。招待客の名簿や仕入れ伝票などと突き合せるが、これも数に間違いはない。
「誰か食いしん坊の客が二人分食べちゃったんじゃないですか」
料理長が軽口を叩くが、そんなはずはない。
一体何が原因なのか、腑に落ちないままその日は帰宅した。
翌日、招待客の一人から連絡があった。
「あの和風美人って誰? 着物で大和撫子って感じの。紹介してよ」
着物で来ていた客は何人かいる。
思い当たる名前を挙げていくと、
「違う違う、そうじゃないって。お前の隣に座ってた子だよ」
などという。
しかし、そんな女に心当たりはない。
自分のテーブルにいたのはみんな洋装で、着物の女なんていなかった。
「紹介したくないんだな。まったく、それならそう言えよ」
本当に心当たりがないのに、そんな勘繰りをされて話は終わった。
一体誰の話をされていたんだ。
気になったオーナーは、当日招待した女の子たちにも話を聞いた。
「着物のすっごくきれいな人いたよねー」
「オーナーの知り合いじゃないの?」
「あんな目立ってたのに、なんで知らないんすか」
どうやら、その女におぼえがないのは自分だけだったらしい。
わけがわからないまま開店日を迎えた。
不安な気持ちもあったが、客足は好調で店は予想以上に繁盛した。
あれはきっと、座敷わらしのようなものだったのだろう。
そう自分に言い聞かせ、無理やり納得した。
グルメサイトには、着物姿のスタッフについて言及する口コミが、時折投稿されるそうだ。
店の制服は洋装で、そんなスタッフは存在しないという。




