第33話 ベッドの下
「あたし、霊感に目覚めちゃったかも!」
待機所で本を読んでいたら、唐突に話しかけられた。
この業界では珍しくないのだが、重めにスピってる――スピリチュアルにハマっている子だ。パワーストーンや怪しげなアクセサリーを買い集めていて、他の子にも勧めるものだから煙たがられていた。
私に話しかけてきたのも他の子に相手にされなかったからだろう。追い払うほどのこともない。活字を目でなぞりながら、「そうなんだ、すごいね」と適当に返事をしておく。これがよくなかったのだろう。
「そうなの! すごいんだよ!」
彼女は我が意を得たりと言わんばかりに勢い込んで話し始めた。
「お客さんのとこに行ったんだけどね、そこですごいもの見たの。ベッドの下にね、もうすごいの。ねえねえ、何を見たと思う?」
答えずにいると、「ねえねえ、何を見たと思う?」と何度も繰り返してくる。こうなるともう読書どころではない。仕方なく適当に答えることにする。
「ホッケーマスクを被った男とか?」
「えぇっ……」
私の回答に、なぜか彼女は両手を口に当てて大げさに固まった。
ベッドの下に隠れた不審者なんて都市伝説の定番じゃないか。何も驚くことはないだろう。発祥は確かアメリカだったか。
「すごい、惜しい。正解はね、血まみれの男が寝てたの」
「は?」
今度は私が変な声を出してしまった。普通に通報案件じゃないか。
いや、待て待て。彼女は霊感に目覚めたとか言っていた。きっとその血まみれの男が幽霊だったというオチなのだろう。
「それでね、キャアってなっちゃって、だって怖いじゃん。そしたらお客さんがね、どうしたの、って」
それはそうだ。デリヘル嬢を部屋に呼んだら突然悲鳴を上げられたらそれくらいのことは聞くだろう。
「それでね、あたしベッドの下を指さしてね、あそこ! あそこ! って」
彼女は私が座るソファをベッドに見立て、ばたばたと身振り手振りでそのときの状況を熱演する。周りの子たちがちょっと迷惑そうな目でこちらを見た。そんな目で見ないでくれ。悪いのは私じゃない。
「それでね、お客さんもベッドの下を見たんだけど、どうなったと思う?」
いちいちクイズにしないで欲しい。面倒くさい。
「あー、腰を抜かした?」適当に答えた私に、
「ぶっぶー! 違いまーす!」彼女は両手でバッテンを作った。鬱陶しい。
「それがね、お客さんには何にも見えなかったんだって! 私が納得しないからベッドの下に手を突っ込んで、がさがさって。そこまでしても何もいないって!」
だから幽霊だったと言うわけか。
見間違いだと思わないところが彼女らしい。
「でね、そのあとに改めてあたしも見たんだけど、もう血まみれの男はいなくって。洗濯物ががさがさって突っ込まれてただけなんだよね。暗くてよく見えなかったけど。なんで男の人ってベッドに下に洗濯物入れちゃうんだろうね? シワとか気にならないのかな?」
私もたまにベッドの下からしばらく見かけなかった服や下着を発掘することがあるので何ともコメントしづらい。
「それでね、それでね、まだ終わりじゃないの。プレイに入ったらね、ベッドの下から『ゔゔゔ……ゔゔゔゔ……』ってうめき声が聞こえるのね! これもお客さんに聞いたら何にも聞こえないって! これって霊だよね、絶対霊だよね!!」
否定してもしつこくなるだけだろう。
うんうん、それは霊だね、間違いないよと頷いてやると、「聞いて聞いて! えみりんもあれは絶対霊だったってー! あたし霊感少女になったみたい!」と騒いで回った。巻き込まないでほしい。あと変なあだ名をつけないでほしい。
しかし、本当に彼女に霊感はあるのだろうか。
例えばの話だが、血まみれの男は本当にいて、客の男が洗濯物で隠しただけだったら? ベッドの下のうめき声は、客の男が聞こえないふりをしただけだったら?
霊感がない方がよほど怖い話になりそうだが、はしゃぐ彼女を下手に刺激するとまたうるさそうだ。結局、この思いつきは黙っておくことにした。




