閑話2 シミュラクラ現象
「あー、なんて言ったっけ。えっと、プリクラ現象みたいなやつ」
「シミュラクラ現象?」
「そうそう、それそれ」
指先でジンフィズをかき回しながら、三十話目を読み終えた恵美さんが言った。
切りの良いところまで書けたので、原稿を見せるためにいつものバーで待ち合わせをしたのだ。
シミュラクラ現象とは、逆三角形に点が並んでいれば人の顔に見えるという、人間に先天的に備わっている認知機能のことだ。心霊写真の多くもこれによって説明ができるという。詳しいことは知らないが、カメラアプリの顔認識機能にも活用されているそうだ。
「へのへのもへじでも顔に見えちゃうのが人間だもんね」
恵美さんは濡れた指でカウンターにへのへのもへじを書いた。「じ」の濁点を長く伸ばしてカールさせ、女の子風にアレンジしていた。
「これでもできるかな、シュミクララ現象」
「シミュクララ……シミュラクラ現象」
「あはは、引っかかった」
笑う恵美さんに呆れつつ、カメラアプリを立ち上げてへのへのもへじに向けるが、やはり顔認識はされなかった。
「本になったら、私の写真とか載るのかな? 何だっけ、著者近影?」
「どうだろ? 最近の本だとあまり見ない気がする」
「載せるならきれいに撮ってね」
原案者の顔写真を載せるなんてますます聞いたことがないけれど、わざわざそれを伝えて気分を害してもつまらない。ピースサインをする彼女にレンズを向ける。店内が暗すぎるのか、やはり顔認識はされなかった。フラッシュを焚くわけにもいかないし、とりあえずそのままシャッターを切っておく。
「そういえば、幽霊ってカメラに写るんだっけ」
「心霊写真はアナログフィルムじゃないと写らないっていう人もいるね」
「どういう原理なんだろ。霊が写ったり、写らなかったり」
心霊写真とされるものの多くは、フィルムの二重感光や劣化が原因だ。画質の低いアナログ写真は、何でもくっきり写してしまうデジタルよりも細工をしやすかったというのもある。現在ではデジタル加工も容易になってしまったが。
私個人の考えについて言えば、アナログでもデジタルでも写るものは写るのでは、と思う。ただし、それはあくまで対象が光学的に作用する存在であればの話だが。幻覚の場合は、アナログだろうがデジタルだろうが当然写らないだろう。
なんとなく、レンズをカウンターの向こうに向けてみる。
顔認識の赤い枠がピピッといくつも浮き上がる。
ぎょっとしたが、よくよく確認するとニッカウヰスキーの髭のおじさんを検知しているだけだった。
令和6年12月13日




