第29話 事故物件②
事故物件といえば、こんな話もある。
オーナーから聞いた話。
新規出店にあたって、新しい物件を借りた。
少し田舎の築古マンションで、一階の集合ポストはほとんどがガムテープで塞がれている。どうやら入居者不足に苦しんで、風俗関係の事務所として貸し出すことにしたらしい。
借りたのは隣り合った二部屋。間取りは同じで、どちらも1LDKだ。
田舎ということもあり、もともと家賃は安いのだが、片方の部屋が格安だった。不動産屋に聞くと事故物件とのこと。別に住むわけでなし、その程度のことは気にしない。ろくに説明も聞かずに契約した。
とはいえ、その部屋を女の子に回すのはさすがに気が引けたので、事故物件の方を事務所とした。もう一部屋が待機所だ。
事務所にいるのは基本的に店長と経理だ。送りさんはほとんど外に出ていて、都度都度売上金を納めに戻って来るだけ。店長と経理は電話番も兼ねていて、その傍らに事務作業やホームページの更新を行っている。
新店ということで、オーナーも応援に来ていた。
店長は別の店からの異動だが、新店立ち上げの経験はない。経理や送りさん、女の子たちはみんな新規採用だ。軌道に乗るまでは目を配らないといけない。
スタッフ向けには事故物件の話はしていない。
余計なことで脅かしたところでいいことはない。
開店から数ヶ月が経過して、営業は概ね順調だった。事務所側のオペレーションは問題なく、スムーズに流れている。
一方、問題は女の子の方にあった。このあたりにデリヘルはあまり進出しておらず、求人をかければ応募は多かった。採用は順調なのだが、定着率が悪い。人気の嬢は続くのだが、そうでない嬢の離職率が高いのだ。
もともと人の出入りが多い業界だが、他の店舗と比べても明らかに辞める率が高い。このままではマズイ。口さがない言い方をすれば、この仕事は「女を仕入れて売る仕事」だ。人気商品だけを並べたスーパーが成立しないように、品揃えが悪ければ売上は必ず先細る。
早急に原因を突き止めなければ。
問題を整理しよう。この商売で離職の原因となるのは大きく三つだ。
ひとつ目は女の子の適正。合わない子はいくら気を使ってもすぐに辞めてしまう。これについてははっきり言ってどうしようもない。だが、始めから織り込んでいる数字なので問題としない。
ふたつ目は店員によるセクハラ、パワハラ。この商売は女の子が王様だ。なのに、それを履き違えて嬢に居丈高な態度を取ったり、性的な関係を迫ったりする不届き者もいる。そういうことが横行すると店はあっという間に崩壊してしまう。これについても、オーナーと店長が厳しく目を光らせているのでおそらく心配ないだろう。
みっつ目が一番厄介だ。女の子同士の人間関係である。この店は人気の嬢ばかりに指名が集中して、それ以外の嬢は待機所で暇を持て余していることが多い。そうなると、なんとなく格付けが生まれてしまうのだ。
売れている嬢がそうでない嬢を見下したり、売れていない嬢が結託して売れている嬢の陰口を言ったりする。そうなると空気が悪くなり、仕事を辞める者も増えてしまう。
その一番厄介な問題が起きている可能性が高い。
そう当たりをつけたオーナーは、嬢たちを個別に呼び出してヒアリングを開始した。普段ならこういうことはしない。セクハラを疑われるし、オーナー直々の呼び出しというだけでプレッシャーを感じてしまう子も多いからだ。
しかし、嬢たちから聞いた「原因」は予想もしていないものだった。
「事務所でいつも喧嘩してるじゃないですか。怒鳴り声がすごくて……。指名でひっきりなしの子は気づいてないと思うんですけど」
何を言っているんだろうと思った。
事務所で喧嘩などはしていないし、大声を上げた記憶すらない。とくに待機所に女の子がいる時間帯は、客からの電話を受け付けているのだ。そんなことをするわけがない。
おそらく別の部屋の騒音を勘違いしているのだろう。
そう考えたオーナーは、待機所で確認することにした。普段怒鳴り声を上げて喧嘩ばかりしていると思われているせいか、嬢たちからちらちら送られてくる視線が痛い。針の筵に座らされている気分だが、一時の我慢だ。
ッざけんな、ぶっ殺すぞ!
てめえらのせいで! てめえらのせいで!
おまえがもっとちゃんとしねえからだよ!
怒鳴り声が聞こえてきた。
確かにこれは怖い。ヤクザか、半グレか、そういう連中が喧嘩をしている声だった。
嬢たちも不安そうに肩を寄せ合っている。
そして「なんとかしてよ」という目でオーナーを見ていた。
がらがら ばたん ばたん
やりやがったな! ぶっ殺してやる!
上等だ! やってみやがれ!
乱闘めいた音まで聞こえてきた。
方向はどっちだ。部屋を突き止めて、管理会社にクレームを入れよう。
耳を澄ます。あちこちの壁に耳を当てる。
おかしい。
どう考えても事務所の方から聞こえてくる。
急いで事務所に行くが、中では経理が一人で事務作業をしていた。
そして、こちらの部屋では何も聞こえない。
反対側の部屋も確認するが、空室だった。
念のためドアに耳を当てるが、何も聞こえない。
というか、おかしい。
あれだけ大声で喧嘩をしているのに、廊下には何も聞こえてこないのだ。
結局、喧嘩の声は30分あまりも続き、
どん どん どん
腹に響く音が三回続いて、静かになった。
いったい、何だったのだろう。
不安になるが、音源が自分の事務所では警察に通報もしにくい。
とにもかくにも、これは普通じゃない。
ひょっとして、心霊現象なんだろうか。
事故物件になった理由をあらためて不動産屋に確認すると、「ちゃんと説明したじゃないですか」とため息をついてから、しぶしぶといった様子で教えてくれた。
事務所として使っていた部屋は、特殊詐欺に関わるグループが借りていたのだそうだ。そして、原因は知らないが仲間割れをして殺し合った。三人が銃で撃たれて死に、一人は逃走中でまだ見つかっていないとのことだ。
オーナーは急いで部屋を引き払い、他の物件に引っ越すことにしたという。




