第28話 事故物件①
「この部屋、事故物件なんだよね、正直な話」
何が面白いのか、その客は嬉しそうに笑った。
私の話だ。
客先は二階建ての安アパートの一階で、間取りは八畳の1K。薄っぺらい布団は少し湿気っぽく、フローリングの部屋の隅には埃が溜まっている。赤のカラーボックスと、半透明のプラスチックケースがアンバランスに並んでいる。
すぐ裏が運送会社で、運転手同士が何やら大声で怒鳴り合っているのが聞こえてくるし、エンジンの音や震動もすごい。まあなんというか、典型的な――やや収入に恵まれない男の一人暮らしだ。
「一人暮らしの若い男が、自殺したんだって。いや、本当に自殺かはわかんないんだけど。遺書も残してないから、本当は変死扱いなのかな。壁に釘を打って首をくくったんだって」
痩せこけた男が指差す壁には、錆びついた太い釘が二本刺さっていた。
プロパンガスの社名が書かれた六曜付きのカレンダーがぶら下がっている。
今日の日付に赤い丸がつけられていた。
「いくら頑張っても引っこ抜けないんだって。俺も試したけど、びくともしなかったわ、正直な話」
男が歯の欠けた口で笑う。
「家賃、いくらだと思う?」
唐突に話題が変わった。
適当な金額を答える。
「残念。もっと安いよ」
答えを聞いて、正直驚いた。
ちょっと上等な居酒屋の一人分の代金と同じくらいだったからだ。
「でも、その代わりに条件がふたつあってさ」
男は立ち上がり、キッチンに行った。
といっても狭い部屋だがら、ほとんど目の前だ。
冷蔵庫から発泡酒を二本持ってくる。
「飲む?」
350ミリ缶をさりげなく指で探ってから、「いただきます」と頷く。缶に注射器の穴などは開いていなかった。変な薬が入れられている可能性はないだろう。
ぷしゅ、と炭酸が解放される音が響く。
「乾杯」
350ミリ缶がぶつかって、ペコリとしまらない音を立てる。
男は鶏ガラみたいな喉をごくごくと鳴らして、ぷはあと息をつく。
「ひとつめの条件っていうのがこれ。月に一度、決まった日に女の子と酒を飲まなきゃいけないんだって。三回目の友引。俺さあ、モテないから困ったよね、正直な話」
男は残りの酒を一気に飲み干す。
タバコに火をつけ、視線がぼんやりと空中をさまよう。
「よかったなあ、正直。デリヘルがあってよかったよ、正直な話……」
眼球がハエでも追っているかのように忙しく動き回る。
ぴぴぴぴぴ
タイマーが鳴った。
私は発泡酒を飲み干し、男に名刺を渡す。
「ごめんね、たぶんリピートはダメなんだよ」
男は虚ろな目でそう言ったが、とくに期待もしていない。
愛想笑いを残して部屋をあとにした。
ひと月後、同じ客が別の女の子を指名した。
その子はお酒が飲めないので、飲んだふりをしたのだそうだ。
それ以来、男の噂は聞かない。
ふたつめの条件は何だったのか、結局わからずじまいだった。




