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デリヘル怪談 ▓▓恵美さんを探しています  作者: 瘴気領域


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第27話 人喰い井戸

 送りさんから聞いた話。


 住宅街の真っ只中に、古い旅館があった。木造、瓦屋根の平屋で、ささやかだが日本庭園もついており、築古のマンションの狭間になければなかなかの風情だったのだろう。もともとは普通の旅館として営業していたのだが、経営が振るわずラブホテルに転業したものだ。


 しかし、表立ってはラブホテルとしての看板を掲げていない。表向きはあくまでも宿泊を前面に押し出し、休憩は字義通りの「休憩」として提供しているという体裁を保っている。

 部屋にアダルトグッズは置かず、畳部屋に上げ下ろしのできる布団を敷き、形ばかりだが宿帳も記帳する。もちろん、ほとんどの客は偽名だ。


 そんな風に風営法の規制をかいくぐり、生き残ってきた老舗だった。こうしないとラブホテルと認定されて、住宅街では営業できなくなってしまうのだ。

 顧客は常連ばかりで、たまに伝統的旅館だと勘違いして訪れる外国人観光客がいるのだが、薄い壁の向こうから聞こえてくる嬌声を幽霊と思い込んで肝を冷やしたなどの笑い話もある。


 それも仕方がないことで、この旅館にはもうひとつ名物があった。

 古井戸に幽霊が出る、という噂があるのだ。

 日本庭園の一角に、石造りの古びた井戸があるのだが、そこに女の霊が出るという。目撃されるものは、江戸時代に無礼討ちにされた女中だとか、モンペを着た戦中の空襲犠牲者だとか、白いワンピースを着たロングヘアの女だとか、色々だ。


 女中であれば斬られた骸が井戸に捨てられたとか、モンペであれば火に巻かれて飛び込んだとか、ワンピースであれば夫の不倫に苦しんだ挙げ句に身を投げたとか、そういうもっともらしい由来がつけられている。


 全部本当なら、この井戸で何人もが死んでいることになるので、ひっくるめて「人喰い井戸」などと呼ぶ人もあった。


 その旅館に、嬢を降ろしたときのことだ。

 時間は深夜零時過ぎ。旅館の前庭にぼんやりと白い人影が見える。ちょうど例の人喰い井戸の辺りだ。ロングワンピースを着た長髪の女に見える。


 ひょっとして、幽霊かな。


 好奇心に駆られ、停車したままじっくり観察する。九割は宿泊客だろうと思っているが、一割はひょっとして……と期待している。彼に霊感はなく、これまで幽霊を見たことはなかった。本当にいるなら一度くらいは見てみたいと思っていたのだ。


 たたたたたた


 そうやって眺めていると、女がこちらに向かって猛然と走ってきた。石畳をハイヒールの踵が打つ音があっという間にすぐそばまで迫る。


 ばんっ


 サイドガラスを叩いて、女が車の中を覗き込んできた。脂じみて乱れた長髪の隙間から、血走った三白眼。ふうふうと荒い息をついている。こりゃヤバいかも……嫌な予感がする。


「あの女、誰」

「さ、さあ」


 ガラス越しに女が迫る。

 ああ、こりゃ客の奥さんか何かだな。浮気を疑って張り込んでいたんだ。嫌な予感が当たってしまった。


「あの女、誰」

「ちょ、ちょっとわかんないっすね。じゃあ急ぐんで」


 アクセルを踏み、車を発進させる。女の手がサイドグラスを擦って、きゅきゅきゅきゅきゅ……と奥歯を痒くなるような音を立てた。サイドミラーにはこちらを恨めしげに睨む女が遠ざかっていくのが映っていた。


「マズイことになったなあ」


 気を付けて、と状況を簡単にまとめて嬢にメッセージを送る。

 たまにだがこういうことはあるのだ。不倫などこちらには関係のない話だから、なるべくかかわらないに限る。

 時間よりも少し早めに旅館の裏手に車を停め、嬢を待つ。

 少しして、見知らぬ女が「こんこん」とサイドガラスを叩いた。

 一瞬ぎょっとしたが、ウィッグをつけ、アウターを脱いだ嬢だった。簡単な変装をして女の目を誤魔化したらしい。


「ねえねえ、ちょっと覗いていこうよ」

「えぇ……?」

「修羅場、見たいじゃん」


 嬢の目は好奇心に輝いていた。そう言われると、気にならないこともない。こちらは車だし、面倒事になりそうだったら逃げればいい。

 嬢のご機嫌を取るのも仕事の内だしな、と自分への言い訳も済まし、車をそろそろと旅館の表に回す。


「あの女、誰なのよッ!!」


 案の定、金切り声が聞こえてきた。

 女が髪を振り乱して男に掴みかかっている。


「ふふふ、修羅場修羅場」


 嬢は楽しそうに呟き、スマホを向けて動画まで撮っている。

 胸ぐらを掴まれた男は、前後に揺すられながら何かを言っている。


「ちょっ、えっ? 知らないよ。っていうかあんた誰だよ!?」


 しかし、漏れ聞こえてくる言葉が妙だ。

 風俗を利用した言い訳をするでもなく、女が誰かと問い質しているのだ。


「どういう関係なんだろうね?」

「さあ、ストーカーとか?」


 どうやら妻や恋人ではなかったらしい。

 そう勝手に思い込んだ頭のおかしい女だったのだろうか。

 思い返してみると、あの血走った目は正気じゃなかったように思う。


 女はぐいぐいと男を引っ張り、古井戸の辺りまで行った。

 暗闇の向こうからしばらく口論と争う音が聞こえ、




 ぼちゃん




 くぐもった水音。

 服を乱した男が、ぜぇはぁと肩で息をしながら戻って来る。

 男と目が合った気がして、慌てて車を発進させた。




 それからしばらくニュースをまめにチェックしていたが、例の旅館で事件や事故の報道はない。

 まさか夢でも見てたんじゃないか……と思うが、嬢が撮った動画が残っている。


 揉める二人の男女。

 そしてその周囲には、絶対にいなかったはずの無数の女たちがにやにやと笑みを浮かべて立っていたという。

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