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デリヘル怪談 ▓▓恵美さんを探しています  作者: 瘴気領域


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第23話 かえしてもらうぞ

 私の話だ。

 マンションの一室。待機所で文庫本を読んでいると、ばたんと大きな音とともに乱暴にドアが開かれた。


「かえしてもらうぞ!」


 入ってきたのはつなぎの作業着を着た角刈りの中年男だった。作業着はところどころが黒い油で汚れ、胸には「■■工業」というどこにでもありそうな会社のロゴが刺繍されている。男は大きな目をぎょろぎょろと動かして、突然のことに硬直している女の子たちを見回した。


「それでいい」と女の声がした。


 中年男の背中から、中年女が現れる。骸骨みたいに痩せた女だった。チュニックワンピースの鮮やかな紫色が目に痛い。だぼだぼの長袖から鳥の骨のような指が一人の女の子を指した。


「かえしてもらうぞ!」


 中年男は土足で上がり込む。硬いゴムの靴底がゴツゴツとフローリングを鳴らす。そしてソファで呆然としていた女の子の腕を掴んで引っ張った。


「きゃぁぁぁあああ!?」


 その悲鳴がきっかけとなり、待機所はパニックになった。

 5~6人いた女の子たちは男から離れるように逃げ惑うが、狭いマンションの一室だ。ぶつかり合い、家具につまずき、転びながら部屋の隅に散った。なんとなく、ビリヤードのブレイクショットを連想した。


「ちょっとあんた! 何をしてるんだ!」


 玄関口に駆けつけてきたのは隣室の事務所にいる店長だった。

 引退した相撲取りのような肥満体の巨漢だが、実際学生相撲の選手だったそうで、怪我をして引退し自主退学。流れ流れて雇われ店長になったらしい。珍しい経歴だが、こんなときの用心棒としても期待されていたのだろう。


 店長は男を羽交い締めにしようと飛びかかる。しかし、「げあっ」と潰れたカエルのような悲鳴を上げて尻餅をついた。中年男の肘打ちが顔面に突き刺さったのだ。鼻血がどくどくと流れ胸元を赤く染めていた。


 だが店長の奮闘は無駄ではなく、その隙に女の子は男の手から逃れていた。中年男はキッチンカウンターに隠れた彼女を見失ったようで、仁王立ちになってぎょろぎょろと目玉を動かしている。


「それでいい」


 中年女が別の女の子を指さした。中年男はそちらに向かってずんずんと大股で進み、女の子は悲鳴を上げて逃げ惑う。


「何よもう、騒がしいわね」


 仮眠室のドアが開いて、ぼりぼりと頭をかきながら下着姿の女の子が姿を表す。

 きらりだ。きらりは帰るのが面倒だと待機所に泊まり込むことが多く、仮眠室はほとんど彼女のプライベートルームになっていた。


 すれ違いざまに女の子が仮眠室に逃げ込む。

 中年男はきらりの前に立って、またぎょろぎょろと目玉を動かす。


「それでいい」女がきらりを指さした。


 中年男の太い指が、きらりの肩を掴んだ。

 きらりはその指を眠たげな目で見つめて、


「いくらくれんの?」


 中年男はぱちくりとまばたきを繰り返し、機械のように首を回して中年女を振り返った。

 女は骸骨のような顔をぴくりとも動かさないまま、紙帯で止められた百万円の札束をバッグから取り出した。


「うーん……」ときらりは少し考えて、「二日分ね」と眠たそうに告げる。


 中年男はまたぐるりと首を回して中年女を振り返る。

 中年女はぶるぶると唇を震わせ、落ち窪んだ眼窩の底にある目をカメレオンみたいに忙しなく動かした。左右の目が別々の生き物のように動き回り、それから、私の方に向いた。


「それでいい」


 中年男がずんずんと私に向かって近づいてくる。

 熊のような分厚い手を私に伸ばし……それから慌てて引っ込めた。


「かえしてもらうぞ!」


 男はまた叫んだが、今度は踵を返して待機所を出ていった。ガリガリの女は私を指さしたまま、酸欠の金魚のようにパクパクと口を動かしていたが、しばらくして男を追って出ていった。


 一体何だったのかと放心していると、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。誰かが警察に通報していたらしい。男はずいぶん耳が良かったようだ。きっとサイレンの音を先に聞きつけて逃げ出したのだろう。


 結局、犯人が捕まることはなく、その日は事情聴取で開店休業となってしまった。

 男の作業着にあった会社名も調べてみたが、何十社もあって手がかりにはならなかったそうだ。

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