第22話 一緒に行こうよ
女の子から聞いた話。
彼女はひと仕事を終え、送りさんの車に乗り込んだ。今夜で三人目の客だ。さすがに疲れ切り、送りさんがくれた缶コーヒーを飲むなり、すぐに寝入ってしまった。
どれくらい眠っていたのだろうか。
肌寒さを感じて目が覚める。
ずいぶん長く寝ていた気がするが、まだ車中だということはそれほどではなかったのだろう。待機所までは渋滞してもせいぜい15分ほどだ。
なんとなく外に目をやると、いやに景色が暗い。
ぽつぽつと並ぶ街灯は弱々しく、両側に並ぶビルには明かりのひとつもない。道路を走る他の車も、歩道の通行人もまったく見かけなかった。
どこを走っているんだろう。
寝起きでぼんやりした頭で考える。
あ、聞けばいいんじゃん。
だいぶ遅れて思いつく。
「どこ走ってるの?」
「帰りたい?」
噛み合わない返事。
疲れてるんだ。帰りたいに決まっている。
どういうつもりで言ってるんだろう。バックミラー越しに送りさんの顔を見ようとするが、角度が悪くて上手く見えない。
「一緒に行こうよ」
どきりとする。
どこへ行こうというのだろう。
しかし、なぜかその言葉に魅力を感じてしまう。
「あんなところ、帰っても地獄だよ」
地獄。言われてみればそうかもしれない。
ソープに比べればまだマシだと思うが、体を売る商売に違いはない。
あてもなく上京してまともな職が見つからず、仕方がなく流れてきた仕事だ。
生活が変わりすぎてしまって、昔の友だちともすっかり疎遠になってしまった。
「一緒に行こうよ」
甘い言葉が繰り返される。
駆け落ちを誘われているんだろうか。
すべてを捨てて逃げ出せたら楽になる。
そんな気がする。
「一緒に行こうよ」
この生活を続けたところで明るい未来の展望もない。
服や化粧品に無駄遣いして、昼から部屋でお酒を飲んで、ソーシャルゲームに課金して、パチスロでお金をすって、そんな毎日。続けて何の意味があるんだろう。
どんどん気持ちが沈んでいく。
寒い。暖房入ってるのかな。
お腹が空いた。夕飯何食べたっけ。そもそも食べた?
ソシャゲの周回しなきゃ。して何の意味がある?
掃除。何ヶ月もしてないや。
最後に洗濯物を畳んだのはいつだっけ?
いつも吊るしっぱなしだ。
オレンジ色の街灯が何本も通り過ぎていく。
だんだん間隔が広くなって、だんだん光が弱くなっていく。
だんだんだんだん、寒さが、眠気が
ばん
サイドガラスが突然大きな音を立てた。
驚いてそちらを見ると、初老の男女が何かを叫びながらガラスを叩いている。
■■■! ばんばんばんばんばんばん!
■■■! ばんばんばんばんばんばん!
■■■! ばんばんばんばんばんばん!
二人とも泣き顔で、鼻水を垂らしながら、大声で叫んでいる。
鬼気迫る表情。何を必死になっているのだろう。何を叫んでいるのだろう。
いや、なぜ走っている車のガラスを叩けるのだろう。
送りさんは舌打ちをして、アクセルを踏み込んだ。
車が加速して、老人たちが置き去りになる。
振り払われて膝をつき、這いながら叫んでいる。
■■■! ■■■! ■■■! ■■■!
はっ、と気がついた。
自分の名前だ。
あれはお父さんとお母さんだ。
「とめて!」思わず叫ぶが、
「一緒に行くって言ったじゃないですか」車はさらに加速する。
意を決してドアを開け、真っ暗闇に飛び出した。
目を開けると、眩しい光が目を刺した。
ベッドに寝かされている。
すがりついて泣いているのは田舎にいるはずの両親だった。
あとから聞いた話だが、あの日、帰り道に交通事故に遭ったのだそうだ。
送りさんと彼女は揃って昏睡状態に陥った。
ダッシュボードには遺書が残っており、どうやら無理心中を図ったようだ。
缶コーヒーからは睡眠薬が検出された。
ほとんど話したこともないのに、と驚くことしかできなかった。
そして、彼女が目覚めるのと時を同じくして、送りさんは息を引き取ったそうだ。
彼女は仕事をやめ、いまは実家で家業を手伝っているという。




