第10話 こっくりさん
その晩は記録的な台風だった。
道路があちこちで冠水し、公共交通機関もほとんど麻痺していた。
そんな日でも、私は店の待機所にいた。
女の子の勤怠が悪ければ客を独り占めできる、という打算である。
しかし、そんな浅知恵を働かせたのは私だけではなかった。
そして浅知恵の極めつけだったのは、こんなひどい天気ではデリヘルを呼ぶ客もいないということだった。女4人、待機室で侘びしくお茶をひくハメになった。
時間は深夜零時過ぎ。交通が麻痺しているので、もう帰ることもできない。
「コンビニ行ってきますけど、なんか買ってきます? こんな日に出勤してくれたから、店長がなんでも奢るって」
と、別室の事務所にいた送りさんが声をかけてくれた。
みんなであれこれお願いをする。
「お酒もあり?」
「あー、店長に確認してきますね。……かまわないって。今日はもう臨時休業にしちゃうそうっす。車も出せないですしね」
こうなれば、大張り切りである。
500mlのビールと濃いチューハイを持てるだけ買ってくるようお願いする。他の女の子たちもここぞとばかりに値の張るスイーツや限定商品を頼んでいる。こういうときに遠慮する子はこの商売に向いてない。
ずぶ濡れの送りさんがパンパンに膨れたビニール袋を手に帰ってきて、酒盛りが始まった。
店長も送りさんも参加しない女子会だ。
店長は嬢を相手にセクハラし放題……というのはありがちな誤解で、ちゃんとした店は店長もオーナーも嬢に手を出すことはなく、むしろプライベートな接触を可能な限り避ける。面接時に裸は見せるが、それは入れ墨などのチェックのためだ。実技指導なんてものもない。男と女のトラブルにつながる可能性のあるものは徹底的に排除しないと、長続きせずに潰れてしまうのだ。
ごうごうと降り注ぐ雨の音を聞きながら、時計は回って深夜二時を指す。
誰から言い出したのか。
こっくりさんをやろう。
そういうことになった。
こっくりさんをやるのはみんな初めてだった。
ネットでやり方を調べて準備する。
A4のコピー紙を横にして、上辺の真ん中に赤い口紅で鳥居を書く。
続けて黒のペンで左右に「はい」「いいえ」、その下に五十音と0から9の数字を書いた。
鳥居の上に置いた十円玉に、四人の指が重なる。
「わ、キツキツじゃん」
「ロングネイルの子とか絶対無理じゃん」
何が面白いのか、げらげら笑いが起こる。
酔っ払っているのだから仕方がない。
「それで、質問どうする?」
「あ、その前にみんなでこう言うんだって。こっくりさんこっくりさん、どうぞおいでください、もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください、もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」
四人で声を揃えて繰り返す。
何度か唱えると、十円玉がするする滑って『はい』に移動した。
「おおー、動いた動いた」
「すげー」
げらげら笑う。
「質問どうする?」
「えー、じゃあ、あたしは今年中にステキな彼氏ができるでしょうか?」
十円玉がするりと『いいえ』に動き、また笑いが起きる。
「何なのこれ、感じわるー」
「それじゃ次はうちね。うーんと、このガチャ当たるまで引いたらいくらかかりますかあ?」
空いた手でスマホを持ち、ソシャゲの画面を出しながら尋ねる。
十円玉が『5』『5』『せ』『ん』と動く。
「5万5千円……天井じゃん!」
質問した子の唇が尖る。
そんな具合に代わる代わる質問を重ね、笑ったり、がっかりしたり、文句を言ったりする。
外れたとか、嘘だとか本気で怒る子はいない。
当然のことだ。こっくりさんの正体は、正解を知っている人間が無意識に指を動かしているだけだと何かで読んだ。
彼氏ができるか、ガチャが当たるかといった一見正解のない質問も、「きっとこうなるだろうな」という意識が反映する。
だから、回答が不満でも納得してしまうのだ。
「恵美ちゃんも何か質問しなよー」
そんなことを考えていたら、私に振られてしまった。
質問と言われても、とくに何も思いつかない。
「じゃ、あたしが代わりに聞いたげる。恵美ちゃんにステキな彼氏はできますか?」
十円玉が動く。
『はい』と『いいえ』の間でふらふら揺れ、それから下がる。
『し』『ら』『な』『い』
私が恋愛に興味がないせいだろうか。
そんな回答になった。
「知らないって何よー」
「えー、じゃあ恵美ちゃんの趣味は何ですか」
読書だろう。
待機所ではいつも黙って文庫本を読んでいる。
他の子たちも知ってることだし、そう認識してるだろう。
しかし、
『し』『ら』『な』『い』
「えー、嘘だー」
「いつも本読んでるふりだったの?」
笑いが起きる。
面白がって、次々に質問する。
「出身は?」『し』『ら』『な』『い』
「特技は?」『し』『ら』『な』『い』
「初恋はいつ?」『し』『ら』『な』『い』
「子供の頃の夢は?」『し』『ら』『な』『い』
「好きな食べ物」『し』『ら』『な』『い』
「好きな音楽」『し』『ら』『な』『い』
さすがに、場が白けてきた。
「ちょっともう、恵美ちゃんって何者なの?」
誰かが、半笑いで聞く。
十円玉が激しく動いた。
『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』『だ』『れ』
ひっ、と悲鳴が上がる。
十円玉はひとしきり暴れるとぴたっと止まった。
そして、それきり動かなくなった。
雨はいつの間にか止んで、窓から朝日が差していた。
始発も動き出したので、不意のパーティはなんとなくお開きになった。
そういえば、本来こっくりさんは「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻り下さい。ありがとうございました」と締めなければ祟られるそうなのだが、私を含め、誰にもとくに変わったことは起きなかった。




