第99話 骨
私の話だ。
その日の客先は一軒家。瓦屋根の二階建てだがそれほど古いわけでもなく、周辺は空き地で囲まれている。おそらくは耕作放棄された畑だろう。背の高い枯れた雑草が白骨のようにかさかさと揺れていた。
インターホンを押して現れたのは、やはり白骨のように痩せた男だった。短く刈り込んだ頭、ぎょろりと浮き出た目玉、襟元の伸びたTシャツと色褪せたスウェットパンツはあちこちが塗料の飛沫で汚れていた。
「見せてほしいんだよ」
「はあ」
開口一番、男の口から出た言葉はそれだった。同時に魚の腐ったような悪臭がする。内臓が悪いのだろうか。下っ腹がTシャツを盛り上げてぽこんと膨らんでいる。
男は廊下を歩いていく。
私はそれに着いていく。
板張りの廊下がきしきし軋む。
なんだか甘ったるいような、プラスチックを焦がしたような、そんな匂いが漂っていて、進めば進むほどそれが濃くなっていく。
「ここで」
通されたのは、八畳ほどの和室だった。
中央に鉄パイプで組んだ檻のような機械があり、辺りには金属缶に入った塗料やエアスプレー、デザインナイフやニッパーなどの工具が雑然と転がっていた。
もともとは仏間だったのだろうか。奥に床の間らしきものがあるが、布で覆われていて何が置かれているのかはわからない。
「脱いで」
「いえ、先にシャワーを……」
「見るだけだから」
何を考えているかわからない客だ。
警戒心が先立ち、とても服を脱ぐ気にはなれない。
躊躇う私に業を煮やしたのか、男は「ううう」と低く唸ると、坊主頭をがりがりと掻きむしって、それから床の間の布をばさっと剥がした。
「これ、作ってんの」
姿を表したのは、女だった。
いや、等身大の人形だ。
ひと目では生きた人間と見紛うほどに精巧な。
仏像……なのだろうか。
金冠を被り、胸の前で両手を奇妙な形で組み合わせている。
衣服は着せられていていない。滑らかな女の線がむき出しだった。
半眼に開かれた双眸には燃えるように赤い半透明の何かが埋め込まれていた。
見ていると、なんだか奇妙な既視感に襲われてくる。
「人、作ってんだけど。ここ、わかんないの」
真っ黒な爪垢が詰まった指で触れたのは、仏像の股間だった。
一本一本の指が、独立した軟体動物のようにぐねぐねと仏像の肌を這っていた。
「本当に見るだけですか?」
男はぶんぶんと坊主頭を上下に振る。
「写真とかもダメですよ」
坊主頭がぶんぶんと上下に揺れる。
限りなく怪しいが、見せるだけで済むのなら楽な仕事だ。
下半身だけで問題なさそうなので、下着を脱いでスカートをたくし上げる。上衣のポケットには熊撃退スプレーを忍ばせているから、いざという時はこれで怯ませて逃げよう。
しかし、予想に反して危ないことは何もなかった。
予約時間いっぱい、男は私の下半身を様々な角度から穴が空くほど見て、それで終わった。
精神的にはどっと疲れたが、ボロい仕事と言えばボロい仕事だった。
数日後、その家が火事で全焼したことを知った。
一部で有名な作家だったらしく、ニュースになっていたのだ。
3Dプリンターで仏像を作る活動をしており、火元は改造した3Dプリンターと見られているようだ。
ニュースによれば、現場からは二体の焼死体が見つかった。
一体は男のもの。
そしてもう一体は女のもので、まだ身元は判明していない。
ふと脳裏をよぎったのはあの仏像だ。
男に縋りつかれながら、炎に巻かれる姿が瞼に浮かんだ。
そこで仏像を目にしたときの既視感の正体に気がついた。
あの仏像の顔は、私の顔にそっくりだったのだ。
炎に巻かれ、焼け焦げ、溶け落ちていく自分の姿。
樹脂の眼球から血の涙が溢れ、頬を伝って顎から滴る。
ラテックスの皮膚がずるりと剥がれ、あるはずのない骨が露出する。
やがてぐずぐずの塊になって、蝋燭のように燃え尽きて、後には白い骨だけが残される。骨には無数の虫がたかり、こりこりと小さな噛み音を立てて、やがて跡形もなく喰い尽くす。何も残らない。残らない。
人間が創り出したものはいずれ消えるのだ。
それがいくら精巧に出来たものでも。
あるいは人間自身でさえも。




