第94話 移動店舗
格安店の中には待機所を用意しておらず、ネットカフェすら利用していない店がある。どうやって営業しているかと言うと、所属する嬢たちを全員同じ車に乗せて移動するのだ。店長がドライバーを兼ねることもできるし、必要最小限の投資で営業可能な形態である。なお営業届用には別途格安の狭小物件を用意している。
女の子から聞いた話。
彼女はそういう「移動店舗」で働いていたことがある。環境が悪いし、今なら絶対にそんな店は選ばなかったと言うが、そのときは他の店の事情など知らなかったのだから仕方がない。
その日、移動店舗であるワゴン車に乗っていたのは彼女を含めて五人。ハンドルを握る店長も含めて合計六人での営業開始だ。開店時間からしばらくして彼女に指名が入り、指定のホテルへ移動した。
仕事を終えて、ホテルから少し離れた国道まで歩く。この営業形態は移動時間が最大のネックだ。送り迎えの時間を最小限にするため、車の行き来がしやすい場所で待ち合わせるのが常だった。
片側二車線の太い道路をびゅんびゅん走る車の群れを眺めながら迎えを待つ。スマホに目を落としていると、クラクションが聞こえた。道路の反対側にお店のワゴン車が停まっていた。どうやら道路を渡ってこいということらしい。
面倒くさいな、と思いつつ横断歩道を探そうとした瞬間だった。
どおんと凄まじい音が轟いた。
大型トラックがお店の車に追突したのだ。
トラックはワゴン車を紙くずにみたいに押し潰し、電柱に激突して横転。なおも数十メートルも滑ってようやく勢いを止めた。そして「ぼんっ」と破裂音が響き渡り、二台の車はもつれ合ったまま炎に包まれた。
ここからは正直何があったかよくおぼえていない。
おぼえているのは事情聴取が終わって警察署から出たときには、太陽がすっかり高い位置にあったことと、ラーメン屋でチャーシュー麺を頼んだのに、半分も食べられずに残して帰ったことだ。
夕方まで死んだように眠り、出勤時間を知らせるスマホのアラームが鳴ってようやく現実感が戻ってきた。仕事場がなくなってしまった。悲しいとかそういう感情はとくに湧いてこない。働き始めたばかりでそれらしい人間関係もなかったのだ。
数日後、仕事探しで忙しい彼女のもとに警察から電話があった。
別に違法なことをしていたわけではないが、ドキドキしながら通話ボタンをタップする。
『一点確認したいことがありまして』
「はい、何でしょうか」
電話口の警察官はひとつ咳払いを挟んでから、
『ワゴン車に乗っていたのは五人で間違いないですか』
「あ、はい。一番多くてそうです。仕事が入った子がいたらもっと少ないかも」
『本当に? 六人ではない?』
「わたしを含めたら六人ですけど、わたしはこのとおり車に乗っていなかったので……」
『本当に間違いないですか? 事故で記憶が曖昧だったりしませんか?』
しつこい。何が言いたいのかわからない。
若干の苛立ちをおぼえながら「五人です」と少し強い口調で言い切ると、『そうですか。ご協力ありがとうございました』とやっと電話が切れた。
一体何だったんだろう。
あの日から交通事故のニュースなどは避けていたが、どうしても気になって調べてしまう。そして、あの交通事故の詳報を伝えるネットニュースを見つけた。
【国道■■号線でトラックの追突事故があり、トラックを運転していた男性と、追突された乗用車に乗っていた六名の男女が死亡しました――】
六名? おかしい、数が合わない。
【――遺体の損傷が激しく、死亡者のうち一名は身元が明らかになっていません。警察では広く情報提供を呼びかけながら、引き続き捜査を進めるとのことです】
その後も警察から何度も連絡があったが、同じ回答をするほかなかった。むしろその一名がいったいどこから増えたのか、教えてほしいのは自分の方だと言ってやりたかったという。




