9 白兎
「ここですよ。」
案内された書庫は薄暗かった。なんだかホラー映画で見たような空気。どことなくひんやりしているような気がして、思わず身震いをした。
手前から奥にかけて、自分の背丈より高い本棚が並ぶ。古本屋のような香りがする。
「市葉さん、少しホコリっぽいですかね。」
「埃っぽいとは失礼な。ここの本は常に手入れと清掃が行き届いている。」
「ああ、そこにいたんだ。」
奥の方から声がする。声の主はほんのわずかな足音を立てながらこちらに近づいてくる。なんとなくその音があまりにも規則的で、不気味だったので私はスッと清月の後ろに隠れた。
…ホラーは苦手なんだよなぁ。
「ああ、そこにいたんだね。白兎。」
清月は手を挙げてひらひらと振った。すると、いつの間にか清月の前には一人の青年がいた。背丈は清月よりはやや低いが、顔は整っており、白いふわふわした柔らかそうな髪に赤い切れ長の瞳、そして細い銀縁のメガネが特徴的な人だった。
「大概私はここにいますから。あなたもよく知っているでしょう?」
「そうだったね。」
あはは、と笑う清月。メガネの青年はヤレヤレと言いながらメガネをクイっと押し上げた。
「その女性が、例の方ですか?」
「うん、そうだよ。僕のお嫁さん。」
はい!?私が勢いよく清月の顔を見上げると、メガネの青年はもう一度メガネをクイっと上げた。
「どうやら違うようですが。」
「これからお嫁さんになるんだよ。」
私はもう一度清月の顔を見た。よほど鋭い眼光だったのだろう。清月は私の方は振り向かず、クックと喉を鳴らして笑った。
「随分と睨まれていますが。」
「まだこの国に不慣れなようでね。警戒心が強いんだ。」
「それとはまた別のようですが。まあ、いいです。なんの用ですか?」
「ああ、この子がこの国について知りたいというのでね。書庫なら国にまつわる資料があるから、と言って連れてきたんだ。」
「そういうことでしたか。まあ、わからないことを知ろうとするその考え方は称賛しましょう。」
青年はそう言うと私の顔をじっと見た。な、なんだろう。
「あなた、名前は?」
「長月市葉です。」
「私の名前は白兎と申します。」
白兎は軽く会釈をした。私も会釈を返す。
「なるほど。少しは礼儀のある方ですね。無作法ものじゃなさそうなので安心しました。」
「それは僕が選んだ花嫁だからね。」
ふふっと笑う清月。そして彼はやっとで私の顔を見た。
「市葉さん、彼は僕の幼少期からの教育係だったんですよ。今はこの国の運営に携わっています。とても博識な人ですから、この国については僕より詳しいですよ。それに…。」
そこまで行って清月は白兎に笑いかけた。
「白兎は市葉さんの住んでいた国で生活をしていた時期もあります。だから僕よりよっぽどいろんなことに詳しいですし、話は通じやすいかもしれません。」
「そうなんですか。」
私は白兎を見た、彼はそっけなくフウ、と小さく息を吐いた。
「清月様、話を盛りすぎです。」
「本当のことだよ。白兎。それに昔みたいに清月って呼んでくれていいのに。」
「貴方はよくても、この国がそれを許すわけないでしょう。私もしょうもないことで自分の生活を棒に振りたくはないので。」
「相変わらず頑固だなあ。と言うわけで、僕もここで久しぶりに読書をしようかな。」
「何言ってるんですか。貴方には政務があるでしょう。今もこうやって油を売っている時間はないはずですが。」
清月は、バレたか、と眉をハの字にして笑った。
「そろそろ招集がかかるのでは?」
いいタイミングなのか、遠くから清月を呼ぶ声が聞こえた。
「ほら、呼んでますよ。捜索隊出される前に持ち場に戻ってください。」
「しょうがないなあ。名残惜しいけどそうすることにするよ。と言うわけで、市葉さんをよろしく。」
そう言って清月は私の両肩にポンと手を置いて、前に押した。
「やれやれ、しょうがないですね。どんな本をお探しですか?」
白兎は少し気だるげに私に質問をしたのだった。




