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8 空腹

「ここが僕の部屋です。」


そう案内された場所は、私が寝ていた部屋とは比べ物にならないほど広く、綺麗な装飾が施されており、一目で相当身分が高い人の部屋だということが感じ取れる。


「広いですね。」

「そうなんですよねー。広すぎて困ってしまいます。一緒に住みますか?」


ふふっと笑みを浮かべたまま私の顔を覗き込んできた清月。


「けっ結構です。」


ああ、頬が火照る。心臓に悪い。


「そこの椅子にかけてください。今軽食を持ってこさせます。」


案内された椅子は、横長のソファーのようなもので、その前には高さが低めのテーブルがあった。テーブルの上は綺麗に片付いており、塵一つ見当たらない。きちんと手入れされている部屋なんだな。掃除してくれる人とかいるのかな。いるだろうな。


なんて考えていると、清月は胸元から小さな鈴を取り出して振る。

リーンと響き渡る音。なんとなく清涼感のある音だった。


「清月様、呼びました?」


扉からひょこっと顔を出したのは、双子の…若草色の瞳をしているから、春兎の方だった。


「うん。小腹が空いたから軽食をお願いしたくて。」

「了解です。二人分ですね。」

「ああ、頼むよ。」

「はーい!」


キュっと私にウインクをして、春兎は扉を閉めて出て行った。

トトっ小さく響き、遠ざかっていく足音。

この二人の関係ってなんなんだろう。そんなことを考えていると、表情に出ていたのか、清月は聞いてもいないのに説明を始めた。


「あの双子、春兎と秋兎は僕の直属の部下なんです。警護から身の回りの世話までしてくれる非常に優秀な子達です。」

「そうなんですか。」


春兎に関してはそうだろうな、とも思うが、ことあるごとに私に悪態をついてくる秋兎はそうとも思えないような気がする。


「何だか複雑な顔をしていますね。」

「え、あー、いや、まあ。」

「まあ、二人ともまだまだ若くて幼いところがあるので、感情が表情に出てしまったり、失言をしてしまったりすることもありますけどね。そこがまた可愛らしいと言いますか、一緒にいて飽きないですよ。」


ふふっと笑う清月。なんだか歳の離れた弟を可愛がる兄のようだ。


「可愛がっているんですね。」

「ええ。とっても。」


程なくして、部屋に入ってきたのは春兎だった。


「お待たせしましたー!どうぞー!」


渡してきたのは…なんだろう。見た目的には肉まん…いや、まんまるだからあんまんだろうか。


「お熱いので気をつけて!」


はいはいー!と調子よく渡してくる春兎。そしてなんだかよく見れば春兎が少しふっくらしているようにも見える。主に胸元が。


「春兎、その胸元はどうしたんだい?女装のつもりかい?」

「あ、ばれちゃいましたー!せっかくなので俺と秋兎の分もこっそり多めに貰ってきたんですよ。」


どうしてこっそり多めに貰ってきたのをあえて胸元に入れているんだこの人は。


「どうです?なかなか似合ってるでしょう?」


頭と腰に手を当ててお色気のポーズをとる春兎。胸元は程よくまんまるな形をしている。なんだか私より胸が大きく、かつ無駄にスタイルが良いのが腹立たしい。


「あ、市葉もしかして嫉妬しちゃった?」

「しません。」

「またまたー!」


あははっと笑う。


「というわけで、俺は冷めちゃう前にこれを秋兎と分け合うので、またご用の際は呼んでください。それでは失礼します!」


ボイン、と胸を揺らしながら春兎は部屋を出て行った。


「な、面白い子でしょう?」

「面白いというか変わった人ですね。」

「僕の周りは変わった人だらけですし、毎日飽きませんよ。」


フッと笑いながら、清月は肉まんもどきを一口食べた。私も真似して自分の手の中にあるものを口に運ぶ。


「…美味しい。」


なるほど。まんまるの中に入っているのは、肉や野菜。思ったより皮もパリッとしていて、感覚的には、肉まんよりもおやきに近い。野菜もたっぷりと入っていて、これ一個である程度お腹は満たされそうだ。


そして私もお腹が空いていたのだろう。一口で止まらず、そのままパクパクと食べ進める。社畜の性か、早食いには慣れているのだ。


「随分と気に入ってくれたようで良かったです。」

「え?」

「そんなに素早く食べてしまうほど気に入ってもらえたんだな、と。」

「いえ、早食いには慣れていまして…。仕事柄。ああ、でも本当にこれ美味しいです!」


慌てて手をブンブンと振る私。

確かに高貴な人の前で、おやきをバクバクと食べていたら、はしたないだろう。


「僕の国の食事を気に入ってもらえると嬉しいです。第一関門突破ですかね。」

「第一関門?」


何の話だろう。


「ええ、市葉さんには僕の花嫁になっていただくために、この国を好きになっていただきたいですから。まずはお食事を気に入ってもらえて良かったです。」

「その花嫁って話、本気なんですか。」

「ええ、僕はあんまり嘘はつきませんから。」


あんまりって、多少は嘘をつくって事じゃないか。


「ふふっ。先ほどまでに比べて顔色が良くなりましたね。」

「そうですか。」

「ええ、最初に見たときはとても顔色が悪かったですから。少しでも元気になっていただけたようで僕も嬉しいです。」


清月は子供っぽいあどけなさと、大人ぽい魅力、どちらも兼ね備えた不思議な雰囲気である。よくわからない人だ。というかわからないことだらけだ。

この国のことも、彼のことも。そして全てを置いて来てしまった自分の国のことも。


でも分からないばっかり言っていても始まらない。どうすればいいのか、自分が働いているときはどうしていた?分からないときは人に聞いていた…?でも、その人が全て正しいことを言っているとは限らない。それに、一から十まで全部教えてください、っていうのは聞かれる立場からすると正直うざい。


自分がそういう立場だったからわかる。じゃあ、どうすればいいのか。


まずは自分で調べてみる、それでも分からないことは聞く、それが正解…だと思う。


「あの、私この国のことまだ全然知らなくて。だから、この国のことがわかる資料とかってないですか?」

「資料?」

「はい。国の成り立ちとか、記録とか、就業規則…というか、決まりごととか。」

「ああ、なるほど。そういうことでしたら、書庫に行けば色々とわかるかもしれません。今から向かいますか?」

「ぜひ!」


私は立ち上がった。


「あ、その前に。」


私に顔を近づける清月。そして彼は私の口角を指先で軽く拭った。


「口元についてましたよ。」


微笑む清月。なんだか恥ずかしくて、私は手でゴシゴシと自分の口元を拭った。

どうしてこの人はこんなキザなことをあたかも自然にさらりとできてしまうのだろうか。こんなの少女漫画やドラマでしか見たことがない。


「書庫には気難しい人がいますが、知識量はとっても豊富な方です。何か分からないことがあれば聞くといいですよ。案内しましょう。」


私は清月の後についていくようにして書庫へ向かった。

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