4 月花
「お待たせしました〜!私女中の月花と申します〜!」
飄々として現れたのは、見た目は私とさほど歳も変わらなさそうな女性だった。
彼女は、葛篭を開けて服を取り出していく。
「ささ、着せてあげますから脱いでくださいね。」
「えっ。」
「何を恥ずかしがっているんですか?ほら、脱がないと着られませんよ?」
「いや、私はこれで大丈夫ですので。」
「あなたが大丈夫でも私が大丈夫じゃないんですよ。ちゃんと着替えさせないと私が怒られてしまいます。お昼ご飯抜きにされちゃうかも。いや、お昼ご飯だけじゃなくって晩御飯まで抜きになったり、おやつも抜きかも…。」
そ、それは可哀想だ。なんかめちゃくちゃ悲しそうな顔をしている。
でもこの服…っていうかもはや衣装にはやや抵抗が。
「あの、せめてもっと地味なものはないんですか?」
「地味?どうして?」
「こんな美しくて華やかなものは私には不相応と言いますか。」
「そんなことないですよー!あなたとっても若くて可愛いもの!相応相応!」
ニコッと笑う彼女。
「さあ、自分で脱げないなら私が脱がしちゃいますよ。いいんですか〜。」
笑顔は崩さないまま、ジリジリと距離を詰めてくる月花。
「わかった、わかったから!脱ぎます!脱ぎますから!」
「わかればよろしい!というわけでテキパキ行きましょう!」
言われるままに、服を脱ぐ。そして月花は実に良い手際で私に東洋風の服を着せていく。ヒラヒラした袖や裾、きゅっと縛られた腰紐。なんというか、東洋のお姫様みたいな衣装だな。本当に私が着ても大丈夫な服ですかこれ。
「さて、無事着られましたので、次はお化粧です!ささ、座って座って!」
月花に促されるまま座ると、どこからか月花は化粧箱を取り出した。そして、袖捲りをする。
「さ、気合い入れてお化粧しちゃいましょう!こう見えて私化粧は割と得意なんですよ!まあ、あんまり人にすることはないんですけど、まあ大丈夫でしょう!」
大丈夫なのかな、それ。
一抹の不安はあるものの、私は月花の圧に押され、されるがままに化粧を受け入れた。
思ったよりも、肌に触れる時は優しく、柔らかい指の感触がなんとも心地よい。
何よりも月花は良い香りがした。どこかで嗅いだことのあるような香りだけど、どこで嗅いだんだっけ…。
なんて思っている間に、月花は形の良い赤い唇をキュッとあげて美しく弧を描いた。
「よし、完成!我ながら上出来だわ!美しい。綺麗よ。」
フッと笑う笑顔はさっきまでの子供のようなはしゃぎっぷりとは打って変わって、大人の重厚感が漂っている。コロコロと雰囲気が変わる不思議な魅力がある人だな。
月花は手鏡を私に見せた。そこには、誰!?と思うほどに綺麗に化粧されている私がいた。連勤疲れの目のクマや、顔色の悪さは綺麗に抹消されていた。すごい、メイクの力って偉大だな。
「綺麗。」
「そう、あなたは綺麗なのよ!もっと自信持ってね。あと、杜撰な生活していたんじゃない?お肌の調子が大分悪そうだったわよ。ここに来たからには美味しいものを食べて、ゆっくり寝て、元気になってね。」
ニカっと笑う表情は、無邪気な子供のようだった。
「月花さん…でしたっけ。ありがとうございます。」
「いいえどういたしまして!あ、あなたの名前聞いてなかった!お名前は?」
そう言えばまだ名乗ってなかったっけ。
「私の名前は、長月市葉です。」
「あら、お名前に月が入っているのね!私とお揃い!嬉しい!」
微笑みながら月花は私の手を取った。
「仲良くしてね、市葉ちゃん。」
「はい。月花さん。」
「月花でいいわよ!」
「では月花…ちゃん?」
「わ!嬉しい。よろしくね。」
その時、戸の奥からトタトタと廊下を歩く足音が聞こえてきた。
「わっ、いけない。私用事があるんだった。市葉ちゃんまたね。」
月花は慌てて立ち上がると、私にウインクをして部屋から出て行ってしまった。
程なくして、部屋に来たのは、別の女中だった。
「お待たせしました。お召替えのお手伝いに参りました…って、もうお済みでしたか。」
「え?あ、さっき着せていただきました。」
「あらあら、そうでしたか。それは失礼いたしました。」
女中は不思議そうに首を傾げつつも、私に向かっては営業的な笑顔を向けて退室した。
なんだったんだろう。
私も首を傾げたのだった。




