2 僕の花嫁に
「コーヒーで良いですか?」
「コーヒー?ですか。」
「ええ。あ、苦手でしたか?」
「いえ、興味あります。それでお願いします。」
興味ありますって辺な回答だな、なんて思いながら私は注文を済ませて席に着く。青年は店内を見渡しては楽しそうな笑みを浮かべている。あまりファストフード店には来ないのだろうか。
「すぐに食べちゃいますので、コーヒー飲みながらお待ちください。」
「ゆっくり食べてください。」
青年は微笑んだ。店内に入って初めて明るいところでまじまじと顔を見たが、やはり整っている顔立ちをしている。髪もサラサラで手入れが行き届いている。社畜の私とは雲泥の差だ。心なしか店内の客や店員もチラチラと彼のことを見ている気がする。そりゃそうだよね、モデルや俳優並みのイケメンが店内にいるんだから。
私はとりあえずハンバーガーを口に運んだ。
青年は、コーヒーを一口飲む。
「なるほど、変わった味だが悪くない。」
初めてコーヒー飲む人か?いやそんなわけないか。なんて心でツッコミを入れながら、私は素早く食べていく。仕事柄早食いには慣れている。その様子をぼーっと見ながら青年が口を開いた。
「随分と食べるのが早いですね。」
「仕事柄慣れてるんですよ。」
「お忙しいお仕事なんですか?」
「ええまあ。」
私はニヘ、と不恰好な作り笑いをした。
「これ食べたらすぐにその地図の場所に向かいましょう。」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。まだ月は出ていますし。」
変なことを言う人だな。
「そういえば、今日って満月でしたね。」
「ええ、とても綺麗な満月です。月は好きですか?」
「好きか嫌いかなんてあんまり考えたことなかったですけど、満月を見て綺麗だなーとは思います。」
「そうですか。」
ニコニコと笑う青年。やっぱり変な人だ。でも詐欺や不審者とは少し違うような気がする。私がジロジロと観察するように彼を見ていると、彼は私に目を合わせてフッと微笑むだけだった。…変な人。
「もう食べ終わりますので、行きましょうか。」
「食べてすぐに動くとお腹に良くないですよ。」
「大丈夫ですよ。仕事柄、食べてすぐ動くのには慣れているです。」
「……あなたはちょっと頑張りすぎですね。まだお若いのに。僕の姉はもっと適当でわがままに生きてますよ。」
ハハッと笑う青年。お姉さんがいるんだ。
「若いって。もういい歳ですよ。結婚して子どもがいてもおかしくない歳で…。」
自分で言っておきながら悲しくなる。話を変えよう。うん。それがいい。
「えっと、お姉さんがいるんですね。」
「ええ。地図の場所を探しているのも、実は姉のお願いなんですよ。姉はなかなか簡単には動けませんから。」
「もしかして、ご病気なんですか?」
「いいえ、とっても元気ですよ。でも国からなかなか出られないんですよ。」
「へ、へえー。」
国から出られない?この人外国の人なのかな?それにしては流暢な日本語を喋ってるけど。
とりあえず愛想笑いをして、私は食べ終わったトレーや紙コップを片付けた。
「では、行きましょうか。地図を見る限り、多分こっちです。」
「ありがとうございます。」
私たちは地図の目的地へ向かって歩き出した。
そして、15分ほど歩いたところ、その地図で指し示されている屋敷の場所へと辿り着いた。
そこはただの公園だった。
「公園ですね。」
「そうですね。」
なんの変哲もない公園。遊具もブランコや滑り台といったオーソドックスなものだ。
青年はブランコへ歩み寄り、腰を下ろす。キィ…とブランコが小さく音を立てた。
「この地図に記されている屋敷はもう存在してないんですね。」
「そうみたいですね。お姉さんにとっては大切なお屋敷だったんですか?」
「ええ、とても。」
青年は何か懐かしむようなそれでいて、寂しそうな目をしていた。
なんだか、せっかくここまで来たのに、何の収穫がなくて申し訳ない。
何か少しでも成果があれば…。
「そうだ!ちょっと待ってください。」
私はポケットから、スマホを取り出して、公園の場所を写真に収めた。何枚か角度を変えて撮影をする。青年は不思議そうに小首を傾げていた。
「どうしたんですか?」
「お気になさらず!」
私はパシャパシャと写真を撮り続ける。そしてある程度撮り終わると、画像がきちんと携帯のフォルダに保存されていることを確認して、頷いた。
「よし、コンビニに行きましょう。」
「コンビニ?」
「ええ。行きましょう。」
私はそのまま青年を連れて近くのコンビニに入り、さっき撮ったばっかりの公園の写真を印刷した。青年は「おおー」と感嘆の声を上げながらそれを見ていた。
「はい、どうぞ。」
出来立てほやほやでまだほんのり温かい写真を青年へ渡す。
「地図の屋敷はなかったけれど、今はこんな素敵な公園になってるってお姉さんに見せてあげてください。今は夜だから人もいないし、暗いですけど、昼間はきっと小さな子供やお年寄りたち、地域のみんなの憩いの場になっていると思います。その証拠にほら、砂場には子供が作ったと思われる大きな山やトンネルまでありました。」
私は写真を指差す。青年はじっと写真に視線を落とす。
「そうですね。ありがとうございます。」
「いえいえ、大したことができなくてすみません。」
「どうしてあなたが謝るんですか。あなたは素晴らしい気遣いを僕にしてくれたのに。」
「そんな大層なことしてませんよ。」
あはは、と乾いた笑いが出る。
青年はそんな私の顔をじっと見た。
「僕からもお礼をさせてください。」
「お礼なんてそんなのいいですよ。仕事で疲れて参ってた分、少しだけど気晴らしになりましたし。」
「先ほどから聞くその『お仕事』って言うのは、あなたがやりたいことなんですか?」
「やりたいこと…なんですかねえ。最近よく分かんなくなっちゃって…。あ、でも生きるためには働かないといけませんから。」
「じゃあ、それをしなくても生きていけるって言ったらどうします?」
「えーなんですか?なぞなぞですか?」
「いいえ、なぞなぞではありません。そのお仕事っていうものが、あなたがどうしてもやりたいものでないのなら、いっそ僕の国に来て、僕の花嫁になってもらうのもいいなとふと思いまして。」
ぴたりと止まる。え、ちょっとこの人何言ってるの。
僕の国?花嫁?なんだって?
私は目をパチクリさせた。
「ご冗談を。」
「冗談ではありませんよ。とりあえず、百聞は一見にしかず。僕の国に来てみませんか?」
「いやー私パスポート持ってないですし。」
頭の中で警鐘が鳴る。
「パスポート?そんなものは不要ですよ。」
青年は一歩距離をつめ、私の手を優しく掴んだ。
「まずは、僕の国に行ってみましょう。そしてもし僕の国、そして僕のことを気に入ってくれたなら、僕の花嫁になってください。」
「へ?いや、その、私もうアラサーですし?」
「アラサー?」
「30歳前後ってことです!いい歳なので、若いあなたとはちょっと、不釣り合いというか申し訳ないというか図々しいというか…」
「30歳なんてまだまだ若いですよ。僕の姉は軽く数百年生きてますし。姉から見ればまだまだお若い。それに僕からみてもあなたは大分年下なのでそこはご心配なく。」
頭の中の警鐘音はどんどん大きくなる。
「いや、でも。」
「さあ、満月が再び雲に隠れてしまう前に行きましょう。お手をどうぞ。」
青年に両手を掴まれ、きゅっと握られた瞬間、私は意識を手放した。




