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15 執務室

「ここが執務室…。」

「相変わらず白兎の執務室は綺麗だけど、生活感が皆無だよね。」

「生活する場所ではありませんので。」


白兎さんの執務室は、書類関係がきちんと整理整頓されており、あまりにも整いすぎて現代でいうモデルルームというか、生活感が本当に皆無というか、機械的というか。

私がキョロキョロと見渡している姿が面白いのか清月様はくすくすと笑っている。


「何が面白いんですか。」

「いえ、落ち着かない小動物のようだと思いまして。」

「そんなに可愛いものじゃありませんよ。」

「可愛いですよ。とっても。」


ニッコリと笑う清月様。

こんな無邪気な笑顔を見せておきながら、この人って王位継承権第一のお偉いさんなんだななんて思うと、どういう態度を取ったらいいのかわからない。


「清月様は…。」

「はいなんでしょう?」

「この国の時期国王なんですか?」

「どうでしょう?僕としてはあまり座りたい椅子ではありませんが。姉が譲ろうとしてくるんですよね。困ったものです。」

「は、はあ…。」


なんと返したらいいものか。

そう考えている間に、白兎さんがお茶を持ってきた。もちろんお茶と一緒に大福も用意されていた。


「お待たせしました。」

「ありがとう白兎。」

「ありがとうございます。白兎さん。」


用意されたお茶とお菓子を囲む3人。


「ああ、そういえば清月様。」


そう言い出して、難しい政治の話を始める白兎さん。

清月様はそれに対して返答をしている。何の話をしているのか私には全くわからない。どうしたものか。二人がまだお茶にも大福にも手をつけていないのに、自分だけが手をつけるなんてなんだか失礼な気がする。


ここは話の区切りがくるまで待つべきかな。そうしよう。


私は両手を膝の上に重ねて、二人の話を聞いていた。

相変わらず何の話をしているのかはわからない。財政とか、そういう話だろうか。私がいた国では聞いたことがない単語も飛び交っており、余計に難しく感じる。


と、そこへ私の肩をトントンと叩く清月様。


私はハッとして清月様の顔を見る。


「どうぞ。」


そう言って清月様はいつの間にか手に取っていた大福を私の口元へ運んだ。

いわゆるアーンである。


驚きのあまり目をぱちくりさせていると、清月様は言葉を続ける。


「口を開けてください。」


「じっ自分で食べられます。」


私は口元にある大福を手で受け取る。

清月様は「残念です。」なんて言いながらクスクスと笑っている。


顔が火照る。恥ずかしさを隠すように、私は大福を口へ運んだ。

控えめな甘さに、滑らかなこし餡。美味しい…!私は目をキラキラとさせた。


「気に入っていただけたようでよかったです。」


ニッコリと笑う清月様。


「清月様。お話はまだ終わっていませんよ。」

「白兎、それより大福とお茶をいただこうじゃないか。冷めてしまうよ?」

「うっ、まあ、それはそうですね。」


白兎さんも難しい話はやめて大福を口へ運んだ。

一瞬顔がニコッと満面の笑みになる。白兎さんってこんな顔して笑うんだ。


でもその笑顔は一瞬で、すぐにさっきみたいな真面目な顔になる。

しかも白兎さん、見たな、と言わんばかりに私を睨むのはやめてください。


「ああ、そうだ。市葉さん。小豆が欲しいと言っていましたよね?何に使うんですか?」


清月様が不思議そうな顔で私に尋ねた。


「小豆を布の袋に入れて温めるんです。それを腹部や肩に乗せると、直接的な鎮痛効果はありませんが、程よい温かさでリラックスできるんです。血行も促進されますし。女性は特に体を冷やしがちですから。先ほどの女官の子に使ってもらえたら良いなと思いまして。」


清月様は興味深そうに聞いている。


「市葉さんは詳しいんですね。」

「いえ、詳しいなんてことはないです。小豆は昔…私が実家で暮らしていた頃に、母が温めたものをよく渡してくれたんです。大人になっても結構愛用しちゃって。」

「そうなんですね。あ、そうだ。」

「なんでしょう?」

「市葉さんと一緒に飲んだあの飲み物。コーヒーと言いましたっけ?あれも何か効果があったりするのですか?」


そういえば、私はこの人と一緒にコーヒーを飲んだんだった。


「コーヒーも、豆からできています。効果としてはカフェインが含まれるので、眠気覚ましには良いかと。ああ、でも摂取しすぎも良くないので程々にしなければいけませんが。私なんてしょっちゅう癖のように飲みすぎてしまって、後で胃痛起こしてましたので。」


あはは、と眉をハの字にして笑う。そういえば、ここにくる前は毎日のようにコーヒーを飲んでいたな。特に夜勤をする時なんて、コーヒーを飲みすぎて、眠気と胃痛と疲労と戦っていたっけ。


「胃痛って…毒ではないのですか?」

「毒じゃありませんよ。適正量の摂取はむしろ色々良い効果があるはずです。何事もほどほどが大事なんですよね…。」


しみじみと語る私に、清月様は少し心配そうな面持ちで私の顔を見た。

なんとなくしんみりした空気をぶった斬ったのは白兎さんだ。


「清月様。コーヒーを飲んだんですか?いつ?」

「ああ、この前。その時に市葉さんに出会ったんだ。色々と助けてもらった。」

「この前姿が見えなかったのはそういうことだったんですね。」

「一応ちゃんと書き置きはしていったぞ。」

「あれは書き置きとは言いません。落書きっていうんですよ。」


どんなことをしたんだ。

メガネをクイっと上げる白兎さんに対して、子供のように笑う清月様。


「ほら、白兎。また眉間に皺が寄っているぞ。」

「寄らせているのは誰ですか?」

「僕だね。」

「大正解ですね。全く。」


はあ、とため息をつく白兎さん。


「良いですか。月の国の外に出る時は…」


どこで息継ぎをしているんだっていうくらいスラスラと説教を始める白兎さん。

そんな白兎さんをよそに、清月様は私にこっそり耳打ちをした。


「白兎のお説教って長いんです。あと1時間は続きますよ。」

「えっ。」

「というわけで、早々にお説教を切り上げてもらいますね。」


そう言うと清月様は白兎さんは私の手を取って、ぐいっと引き上げて立ち上がった。


「わっ。」

「行きましょう。市葉さん。」


私の手を掴んだまま、執務室を出る清月様。


「待ちなさい!」

「断る!」


あははっ、と楽しそうに走り出す清月様。彼に引っ張られるようにして走る私。

私は後ろを振り向いた。白兎さんの姿は見えなかった。


「追いかけてこないんですね。」

「白兎は無駄なことに体力は使いたくない派なので。大丈夫ですよ。」


ある程度走ったところで歩きに切り替える清月様。

私は少し息切れしているが、彼は全く疲れていないようで、平然としている。自分の体力のなさが恨めしい。


「急に走ってすみません。大丈夫ですか?」

「大丈夫…です…。」

「大丈夫じゃなさそうですね。どこかで座りましょうか。」

「心配いらないです。少し歩けば元通りに…わぶっ。」


前をしっかり見ないで歩こうとした私。

何かにぶつかった。


「あれー?清月様じゃないの!こんなところで珍しい!どこか調子悪いのかしら?」


顔を上げると、そこにはスラリと長身で長髪、少しチャラそうな白衣のお兄さんがいた。

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