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これは5年後の夏の事だ。
智久も23になり、子どもも2人出来たらしい。名前は小夜と藤
風鈴もおばあちゃんだ、ごく稀に智久は神社へ帰ってきていた
「母さんはいつ見ても変わらないね」
「ん?」
「いつ見ても若くて綺麗だよ」
「はは、若作り結構頑張ってるんよ」
神だから当然の事だが、智久はそれを知らない。
いつも適当に誤魔化していた。
孫達もばあば~と寄ってきて可愛い
「今日祭りがあるんだ。母さんも一緒に行かない?」
あの時のように誘われた。智久も遠慮がちだったのが、今は期待の目になっている。
「ばあばも行くの!?」
「行きたい行きたい!」
本当は一緒に行きたい。あの頃のようにとは行かなくとも、あの日見た花火を忘れた事は、1度たりともない。
しかし自分には仕事がある、苦渋を飲まされたような顔をして断った。
智久たちも残念そうにした
ーお祭り行きたかったなあ
なんて思いながら穢れを祓う。祭りの日は要注意、それを狙って穢れ達が集まってくるのだ
「ん?この気配・・・久しぶりの大物かな」
気配のする方に足を進めるにつれ、焦りが増していく。こっちの方向は祭り会場の方だ。
遅かった。既に穢れは現れていた。
逃げ惑う人々
なんと穢れの前に居たのはーー
「大丈夫だ・・・!!怖くない、怖くないよ・・・お父さんがいるから大丈夫だ・・・」
智久が孫二人を抱きしめて守って動けないでいる。
穢れの手が智久たちへと伸びていった
迷った、正体がバレてしまう。
しかし、脳裏にあの日の事が過ぎる、一族を根絶やしにされたあの日が。
瞬間、風鈴に迷いはなくなった、足にグッと力を込め踏み出す
圧力でボコっと地面が少しえぐれる
扇子を構え敵に突っ込んだ
「ふっ!」
穢れの手を払い除け、智久たちの盾になる
「・・・母さん?」
智久は、自分の顔に影がかかったことに気づき顔を上げた。
風鈴は後ろから呼ばれ、反射的に振り返る
「・・・・・・よかった。今度は間に合った」
嬉しいような、悲しいような。
きっと自分の親が人外だったなんて知ったら嫌われる。
そうだ、そうに決まっている。
人間は人間を超える力を持つものを恐るから
「母さん・・・何でここに・・・?今の母さんが助けてくれたの?」
「・・・っ、これがお母さんの仕事やから」
顔を背けて話す。穢れから目を離さないように、というのは言い訳で
智久と目を合わせられないから
「そう、なんだ・・・昔からずっと、こんな事してたんだ・・・」
「・・・黙っててごめん」
「あの日俺を連れて行ってくれなかったのってそういう事だったんだね」
「覚えてたんや」
「・・・もう潮時なんやね」
早かったなぁ、もうちょっと黙ってられると思ってた。
「梅ちゃんも来てるんやろ、梅ちゃん連れて神社に逃げ。そこなら絶対安全やし、秀と信が守ってくれる」
智久は何も言わず、神社の方へと向かって行った。
逃げている間、背中からは戦いの音が聞こえていた、自然と目に涙が浮かぶ。
穢れも祓い。夜は明ける
「ただいまー」
「風鈴・・・」
「姉ちゃん」
父と信が心配そうな顔をして出迎えてくれた。
そうだった、今神社には智久一家が来ているのだった、慌てて部屋に行くと4人は仲良く寝ていた
「言うのか?」
「まあ、もう。隠せへんから」
「そうか」
父神は心配そうに風鈴たちを眺める
智久達が目を覚ます。朝ごはんを用意しといた
「わあ!お義母様のご飯!」
「ばあばのご飯すきー!」
「ふふふ、いっぱい食べるんよ~」
梅と孫たちは喜んでご飯を食べるが、智久は中々箸が進まないでいるようだった
「母さん・・・」
一瞬止まる、この子はまだ私を母さんと呼んでくれるのか。
そう思うと思わず笑顔で何?と聞き返す
「いつも、本当にありがとう」
溢れそうな涙をぐっと堪え、急に何よと言う。
ご飯も食べ終わり先に梅ちゃんと孫たちを帰らせて智久だけが神社に残った
「母さん、俺知りたい。母さんの事。
よく考えたら今まで全然母さんの事知らなかった。
爺ちゃん婆ちゃんが今も生きてるの不思議だし。兄さんたちも母さんも昔と全然変わらないのもおかしい。俺って・・・なんなんだ・・・」
きっと今まではそういうものだと思って過ごしてきた。しかし大人になり世間を見るうちに疑問を抱いてきた。
それを聞く勇気が出なかったが、今回の事がきっかけで聞こうと思ったのだろう
「実は・・・お前は・・・・・・」
心臓が早くなり、変な汗が出る
喉も乾いてきた
「ゆっくりで良いんだよ」
ハッとなった。よく自分が智久に言っていた言葉だ
「・・・はは。ありがとう、母さん緊張で大切なこと忘れてた」
すぅと息を吸うと
「実はあんたは母さんが産んだ子じゃないんや」
「え」
「智久はある日、朝帰ってきたら階段の下に捨てられてた赤ん坊やった。それをうちが拾って育てたんよ」
「そ、そうなんだ」
そうなるのも当然だ。いきなりお前は自分の子じゃないなんて言われたら
「母さんは・・・・・・元々は付喪神で、今は・・・天照様に仕える祓い神なんよ」
「天照様・・・?祓い神・・・?」
「そう、母さんも婆ちゃんも爺ちゃんもここに居る智久以外みんな神様」
「そ、そんな事ある訳・・・」
しばらく俯く智久、やがて顔をあげた。
「母さん達祓い神が俺達の平和を守ってくれてるの?」
「・・・!そ、うかな」
「負けたら死なないの?」
「死ぬよ」
「でも母さん、死なれへんの」
「どうして・・・?」
「まあ、天照様にかけられた呪いもあるけど。今は智久が居るからな」
「っ!」
智久はずっと堪えていた涙をこぼす
「おうおう泣くな。男の子やろ?」
「母さんが今まで1人で戦ってきたって知って、俺何も役に立てなくて・・・!悔しくて!!」
「智久が気にすることちゃうよ。あんたは人間やねんやから」
「やだよ!!母さん1人で!」
「なぁ智久」
神として、人間が分からない者として、質問をする
「うち、人間じゃないけど。それでもなんで智久はうちの事母さんって呼んでくれるん?」
「そんなの、母さんは母さんだよ。捨てられた俺を育ててくれた唯一の家族なんだから。母さん以外母さんが居るわけないだろ。」
目を見開く、人間とはこういう生き物なのか。いや、それともこの子だけがこうなのだろうか。風鈴にはわからない。
でもこの子は自分をまだ母として慕ってくれている、ならばそれに応えるのが母である
「ありがとう、ありがとう・・・!智久は、うちの唯一の自慢の息子!」
そう言ってギュッと抱きしめた
そして、梅ちゃんも先に逝き。智久の番になった
「おとぅちゃぁん!!」
「とーちゃん!」
「大きくなったなぁ、小夜。藤」
「死んじゃやだよぉぅ!」
「父ちゃん・・・」
「父ちゃんと母ちゃんは、上で見とくから。お前達はゆっくり来いよ」
そして、智久は永遠に覚めぬ眠りについた。風鈴もそれを近くで見守っていた。それに気づいていたのは智久ただ1人
「母さん!」
「智久!!」
ようやく風鈴と似たような存在になれた智久。梅のもとへ行く前に少し寄り道するそうだ。生前に交わした約束。それは、風鈴の仲間に智久と会わせること
「母さんの友達に会うの楽しみ!」
「ははは・・・友達ではないかな・・・?」
この頃、風鈴はもう祓い神統括。師範に見せられなかったのは残念でならないが燕と天魁はまだ居る
「あ、風鈴!」
「お、師範様じゃねーか」
早速2人を見つけた。智久はさっと後ろに隠れる。人見知りなようだ
「ん?人間?」
「うちの息子」
「はぁ!?息子!?誰との!?」
「取り乱してるの?」
「いや別に・・・」
「人間の子」
「は!?おまっ!」
師範と同じ反応で面白い。誤解を解いて智久を見せびらかす
「と、智久です・・・」
「へー、可愛いじゃ〜ん」
「天魁だ、よろしくな」
しばらく4人で駄弁る。智久も楽しそうにしていて何よりだ。そろそろ天照様が痺れを切らす頃だろうと2人と別れた
「あれが母さんの友達なんだね」
「んー、まあね」
「なんか安心した」
「なんでや」
智久も、姿は無邪気だった12歳頃の姿になっていた、きっとその年が全盛期だったのだろう。
天照の居る間につく。智久もその圧が分かるようで怖がって、風鈴の指をキュッと掴む。
「大丈夫。母さんが居るやろ」
「う、うん」
戸を開くと、天照に加え八柱たちが待ち構えていた。天照は息を吸うと一言
「遅い」
「すみません、少し話し込んでしまいまして」
それだけ言うと、お前の息子を見せろと言う。
「息子・・・」
「・・・・・・」
「と、智久です。母さんがお世話になっています・・・」
「挨拶出来てえらいね~♡よ~しよし」
「何だあの甘甘っぷりは」
智久が風鈴の後ろから出てきて挨拶する。志那都比古神と稲荷神、恵比寿に菅原道真公は可愛がっているようだ。
普段あまり見ない甘さに八意は、気味悪さを覚えたようだ
「で、誰の子だ」
「人間」
普段態度に出さない月読命が、分かりやすく動揺する。
人間は嫌いだが智久達は別だ。早めに誤解を解く、皆風鈴の息子というだけで面白がった
「母さんは凄いんだね」
「まあな、我の傘下に居るからな誇って良いぞ、人間」
「ところで天照様。母さんに呪いかけたんですか」
「ま、まあな。致し方なくじゃ」
「へー」
珍しく天照が押されてて面白いものが見れた。時間いっぱいまで、みんなで笑顔で話した。
そろそろお別れの時間だ、本当にさようならだ。風鈴もいよいよ顔が曇る、なんと八柱も見送りに来てくれた
「ふうちゃん・・・」
「泣くな母だろ」
「そうですよ、息子の旅立ちしっかり見届けてあげてください」
皆に背中を押される。気まぐれで育てた、いつかこうなる事は分かっていた、ぐっと涙を飲み込み笑顔をみせる
「じゃあね」
「違うよ母さん」
「?」
「またね」
そう言って智久は背を向けて歩き出す。風鈴はついに涙が溢れた
「智久、うちの子になってくれてありがとー!!」
智久は止まると後ろを振り返るのを堪えているのか震えている。そして手を挙げて大声で
「俺の母さんになってくれてありがとー!!」
智久は真っ白な世界に溶けていった。
これで本当にお別れだ、きっと死後の世界でも、今まで受けた愛を抱えて楽しく過ごすだろう