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「お母さん、無理しないで」
ある日、袖を捕まれそんなことを言われた
「全然むりしてないよ?」
「ん・・・兄さんたちが母さんは我慢するって言ってた」
秀と信が余計な事を言ったようだ
モジモジと口を尖らせ言葉を探しているようだ。
あのね、と。智久が口を開いた
「今日、村でお祭りあるの。一緒に行きたい。今まで誘った事なかったから・・・ほらお休みもできるでしょ」
この時ようやく気づいた、この子が遠慮して言い出せなかっただけという事に。返事に2択もない、屈んで目線を合わせる。
「うん。行こっか。お祭り」
「・・・!いいの!?」
「おう!」
こうは言ったものの、行くには師範の許しが必要だった、お祭りは夜に行われるから。風鈴は反対されても行くつもりのようだ、許可を貰うと言うよりかは報告に行く気持ちで、すぐに高天原に向かう。そして師範を見つけ出すと
「師範!!今日の見回り休んでもいいですか・・・!」
「は?なんでじゃ」
もちろん理由を聞かれる。師範には言っていない。子どもが居ることを、言うしかないと思いごくりと固唾を飲み込む。
「じ、実は子どもが居て・・・名前、智久って言うんやけど・・・智久が一緒にお祭り行こうって・・・行きたくて・・・」
突然のカミングアウトに脳が処理しきれておらず、言葉も出ない。
子どもだと?風鈴に?そりゃそうなる。
高天原全体に響き渡りそうな大声を出し焦る、祓尊はダラダラと冷や汗をかく。
何か盛大に勘違いしているようだった
「いくつなんじゃ・・・」
「今年で12かな」
「なっ・・・なんで早う言わんのじゃ・・・わしショック」
「神社の前に捨てられてたから・・・見捨てるのも可哀想で・・・いきなりやったし・・・都合が合わんかったって言うか」
「・・・・・・何だ・・・そういうことか・・・・・・まあよい。行ってこい!1日くらいお前が居なくても大丈夫じゃわい。燕達も居るしな」
「し、師範んぅ!!ありがとう!!」
ルンルンで神社に帰る。
その日、高天原で風鈴を見た祓い神の同期達は気味の悪いものを見たと、言っていた。
そして夜、智久と手を繋いで縁日を廻る
今日この会場には、穢れを1匹たりとも近寄らない。
なぜなら風鈴が気配を殺していないからだ。
「~♪」
「嬉しそうやね」
「そりゃーね!」
「おーい!智久ー!」
前から男の子の声が聞こえた。
奥の方から智久を見つけた同い年くらいの子達が駆け寄ってくる。
「お友達?」
「うん!健ちゃんと、成吉くんと、梅ちゃん!」
嬉しそうに友達を紹介してくれる。
子どもたちも礼儀正しく、元気よく挨拶をしてくれた。
いつの間にか息子は友を作っていた。またそれが嬉しく、胸の奥から熱いものが込上がってくる。
「智久くんの母様?」
風鈴をみて梅が智久に問う、智久は自慢気に答えた
「そうだよ!」
「へー!智久のかあちゃん美人だな!!」
「俺の母ちゃんより若く見える!」
なんて言ってくれる。人間ならおほほと照れたような笑いをするだろうから風鈴もそれを真似した。
ーもちろん風鈴は歳を取らない
「智久は、梅ちゃん達と行かんの?」
「うん、今日はせっかくお母さんと来れたからお母さんと回りたいの」
「智久ぁ・・・」
智久は繋いでる手をさらに強く握る、嬉しかった。この子が元気に育つ事それだけを願った。
花火の時間、智久を肩に乗せて空を見上げる。空に咲く花の光が、親子の顔を照らした、子は無邪気に喜び、母は幸せを噛み締める。
この日見た花火を私は忘れない
「いやー、風夏さんは相変わらず綺麗だねぇ。歳を取らないみたいだ」
店主は続けた。
「旦那さんは?子どももいるんだろ?見合いの話も来てるだろうに」
風鈴は少し困った顔、そして嬉しそうに 答える。
「もうすぐ巣立ちの時が来ますね」
店主はしばらく黙ってから、嬉しそうに言った。
「ほう、そうか。そう言えば、智久君ももう結婚する年だろうな」
風鈴は穏やかに微笑んだ。
「ええ、そうですね。もうすぐ、きっと」
今年で18になる智久・・・
そろそろ結婚していい年になってきた。どうやら智久は梅ちゃんと相変わらず仲が良いようで、きっとそろそろ談判に来る頃合いだろう
その三日後梅ちゃんを連れ我が家である神社へと帰ってきた。
智久も随分イケメンに育ったもんだ、爽やかで優しそうな顔つきになっていた
改まった言い方で風鈴と向き合う。他の神々は奥の方に隠れて姿を消していた
「お母さん、話があります」
「なんでしょう。」
「俺、梅と結婚したいです」
「お母様!ぜひお許しを頂きたく・・・!!」
風鈴は、少し考え込む素振りをした。しかし考えるまでもない、既に答えは決まっている
「良いでしょう。私は貴方方の結婚、認めます。智久、梅ちゃんを幸せにするんよ?泣かせたらお母さん許さへんでぇ!」
「・・・!ありがとうお母さん!!絶対幸せにする!」
「お義母様!ありがとうございます!!」
「母さん大好き!」
「ははは、たまには帰ってくるんやで」
あとは向こうから許しを貰うだけだ。
ーー結果は良くなかったようだ。
梅は、実は商家の娘でお金持ちであった。身分の違い・・・もあるが、1人だけの愛娘、手放したくないのだろう。
仕方ないと風鈴は立ち上がった。
綺麗な着物を着て、少し化粧をして身なりを整えた
向かう先は梅の家。大きな門に圧倒され中に入った。
なんとか使用人に取り次いでもらい、旦那様に合わせて貰えた
「突然の訪問、誠に失礼致します。私、智久の母。風夏と申します」
「ふん、で。なにようかな」
「はい、此度はですね」
ずんと、大きい図体に客人に対してふてぶてしい態度。それに怯みもせず話をした
下から、下から・・・先程から浴びせられる罵倒、罵詈雑言。我慢して下出に出る。
ーいよいよ。カチンときた
「智久くんは結局私の娘には似合わない」
「・・・何故ですか」
「金がないからだ」
「・・・お金ならいくらでも」
「娘は、私が用意した相手にしようと思っていてな。それなら梅も幸せだろう」
「本当にそうですか?」
風鈴が下げていた頭を上げ、相手を真っ直ぐと見た。
相手側は怯む、部屋中が凍りついたような感覚に襲われ動けない。
怒らせてはいけない何かを怒らせたような焦燥感に駆られた。
「なに?」
「本当に好きでもない人と一緒になって幸せなのでしょうか。」
「貴方、梅さんの事しっかり見ていましたか?」
「なん、だと」
「親ならば、子の幸せを1番に願うべきです。私はあの子にも、梅さんにも幸せになって欲しいのです・・・・・・
ー失礼、取り乱しました。私はこれで失礼致します」
息を切らしている自分に気がつくと、簡素に謝罪をして立ち上がる。
風鈴が去ると冷たい空気も溶けていた。
「梅の幸せか・・・・・・今思えば見合いの話で笑う梅を見た事がなかったな・・・・・・」
足早に神社へと帰る
しっかりと見ていましたか?、なんて自分が言える立場じゃない。
「母さん・・・?どこ行ってたの」
「ちょっと散歩、すぐにご飯にしよう」
ー次の日、智久は梅父に呼び出されたらしい。
ハラハラして待っていると、笑顔で帰ってきた
「母さん!」
「も、もしかして」
「俺!梅ちゃんと結婚する!」
「ぃやったぁー!!」
親子2人抱き合って喜んだ。
そして事はあっという間で、式も挙げ、婿入りする事となった智久は神社を出ていったのである。
「じゃ、母さん。今までありがとう」
なんて最後の別れみたく泣くものだから、つい泣いてしまった
「アホか、これからもまたね、よろしくやろ。たまには帰ってきぃや。早く孫の顔も見せてよ」
と言って見送った。秀と信は寂しそうだ。
智久が出て行って早半年、半年前から約18年前と同じ生活に戻った。
茶屋も辞め、寝る時間も出来た。
「寂しいのか?」
「ぜーんぜん」
「人間はあっという間ね。あんなに大きくなって」
父神と母神は心配していた、風鈴が少し寂しそうに見えたからだ。
初めて、手塩にかけて人間を育てた。
それは本当に神の気まぐれ。
特に人間がそんなに好きでない風鈴だ。