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紅き瞳の真実

「へぇ……坊主までいるとはねぇ。ククッ、人間って飽きねぇなァ。」


闇に沈む森の中、低い笑い声が響く。


目の前の男は、どこか気怠げに肩をすくめながら、それでも確かな敵意をこちらに向けていた。


「お前は……あの時の店主か。」


僕は目を細める。


どこかで見たことがある、と思ったら、あの市場の魔導具屋だ。


「嬢ちゃん、置いてけよ。……ハハ、大事にしてやるさ、"モノ"としてなァ。」


「嫌だね。」


即答だった。


男は、唇の端を吊り上げる。


「死んでも守りてぇもんなのか?」


「当たり前だよ。」


空気が、ぴんと張り詰める。


「嬢ちゃんはどうなんだァ? 恐ろしい相手に守られたくねぇだろ?」


男の視線が、背後のミアを射抜く。


僕は、ミアの表情が一瞬強張ったのを見逃さなかった。


そして——ミアの瞳が、かすかに揺れる。


まるで、何かを思い出しているような顔。


震える指先。


ぎゅっと唇を噛む。


(怯えてる……?)


「ミア?」


ほんの一瞬、ミアの足が引きかける。


けれど——


小さく、息を吸った。


「ミア、大丈夫?」


ミアは視線を落とした。


「……うん。」


けれど、その声はどこか弱々しくて——。


一瞬、迷いが見えた。


けれど、ミアは小さく息を吸い、 ゆっくりと顔を上げる。


まるで、迷いを振り払うように。


「手鏡の……いえ、もう私は恐れません!」


まっすぐに男を睨み返した。


紅い瞳に、確かな決意を宿して——。


(ミア……強くなったね……)


それを見た男は、興味を失ったように肩を竦める。


「チッ……つっまんねぇなァ。」


「“呪縛”から解放してやろうってのによォ。」


「呪縛……? ふざけるな! お前、一体何を企んでる!!」


僕が声を荒げると、男は愉快そうに目を細めた。


「なぁ、知ってっか? そいつ、魔族なんだぜ?」


「は? 何言ってんだよ!? そ、そんなの……あるわけない!!」


咄嗟に否定する。


けれど、ミアが小さく息を吸い――


「いえ、私には魔族の血が流れてるわ。この紅い瞳は……魔族の証なの。」


静かに、けれどはっきりと、そう言った。


僕の心臓がドクンと跳ねる。


「だから……」


思わず拳を握りしめた。喉がひりつく。


「だから何だよ!!」


足が震えてるのか、地面が揺れてんのか、もうわからない。


でも、それでも叫ぶしかなかった。


「そんなの関係ないだろ!! ミアは……ミアだろ!!」


僕の声が、静寂の森に響く。


ミアは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


そして、そっと微笑む。


「……うれしいわ、アーサー。」


ふっと、小さく息を吐く。


紅い瞳に宿るのは、どこか切なげな光。


「でもね……それでも私には、魔族の血が流れてるの。」


小さく微笑む彼女を見て、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


何か言わなきゃ、でも言葉が出てこない。


だから、僕は男を睨みつけて――低く問いかけた。


「……それで? だから何だって言うんだよ。」


「その教会なァ……


神を拝む場所? 違ぇよ。


——魔族の、"儀式場"だ。」


焦らして楽しんでるのが見え見えで、無性に苛つく。


「それで?さっさと言えよ。」


僕は言葉を切り捨てるように返す。


男は口の端を吊り上げたまま、ゆっくりと続けた。


「“紅い瞳”を引っこ抜く儀式があるんだよ。ククッ……目ェ抉られる感覚、想像つくか?」


「……チッ、邪魔されちまったがなァ。気に入らねぇな。」


「ふざけんな!! そんなこと、絶対にさせるか!!」


怒気を含んだ声が、僕の喉から飛び出した。


だが、男は意に介さず、ただ淡々と告げる。


「……あのお方を復活させるにゃ、どうしても要るんだよなァ。」


男が唇を歪ませる。


「処女の瞳が、な。」


「あのお方……?」


男は、愉快そうに目を細めた。


「……知りてぇか?」


「……っ?」


「やめとけよォ。知った瞬間、お前の“魂”が耐えられっかねぇからなァ。」


沈黙が張り詰める。


「……さて、と。


どうするよ、坊主。


選択肢は二つだ。嬢ちゃんを差し出して"生きる"か……


——ここで、死ぬかだ。」


男の声が、静かに響いた。


「下がって!ミア!!」


僕はミアの肩を掴み、後方へと押しやる。


けれど、ミアもまた、彼をじっと見つめていた。


男は静かに笑う。


けれど、その笑みは“ズレて”いた。


「……ははっ……」


その瞬間、男の頬が、ゆっくりと“沈んだ”ように歪む。


まるで皮膚の下を何かが這い回っているように――。


そして――


ズルリ。


男の肌が、影のように黒く滲んでいく。


人間の姿が、徐々に形を失っていく。


「……!!」


僕は咄嗟に構える。


ミアが、息を呑んだ。


朽ちた村の薄明かりの中、ゆっくりと"それ"が姿を変えていく。


肌は影そのもの。血の気など、微塵も感じられない。


目から、不自然なほどの赤い光。


指が異様に長く、関節がまるで逆向きに折れ曲がっている。


そして――


「ハッハッハッハ!!」


その瞬間。


ミシッ……ベリベリッ……。


口元が裂けていく。


皮膚が引きつり、耳の端まで裂けた唇が、笑い声とともに大きく開く。


異様に伸びた顎の奥には、白く鋭い牙がぎっしりと並んでいた。


「やっぱり……魔族だったの……!?」


ミアの声が、震える。


「これが……魔族か……」


僕は、拳を握りしめたまま、目の前の"それ"を見据えた。


目の前にいるのは、もはや人間ではない。


ただ、"異形"の存在――。


——シン……と、世界が静まる。


誰も、何も言えない。息をすることさえ、忘れるほどに。


「さて……楽しもうぜェ?」


男の笑みが深まり――その瞬間。


空気が 歪んだ。


いや、違う。“捻れた” のだ。


まるで世界そのものが彼に適応しようと軋むように。


ズズ……ズズズ……


闇が男の足元から滲み、広がっていく。


それは 影ではない。


“侵食”だ。


男がそう言った次の瞬間。


ビュンッ!!


目の前の木の幹が、"一瞬遅れて"スパッと裂けた。


風のように静かで、"見えなかった"。


「……!!」


体が 勝手に動いていた。


ミアの手を掴み、思い切り引く。


その瞬間――僕の立っていた場所が、まるで大鎌で薙がれたように 闇に喰われた。


(速い――!)


背筋が粟立つ。


「ミア、離れろ!!」


「でっ、でも!」


「いいから急げ!! 邪魔だ!!」


「邪魔ですって!? ちょっ――」


「あーもう!! 早くしろ!!」


「……わ、わかったわよ!!」


ミアが渋々後退した、その瞬間。


ビュンッ――!!


また影の槍が飛んできた。


「くそっ……!」


咄嗟に障壁を展開——次の瞬間、"叩きつけられる"ような衝撃!!


指先がジリッと痺れる。


クソッ……これ、"ただの槍"じゃない……!!


(だけど、魔力……戻ってきてる。これなら――いける!!)


「小僧にしちゃ、やるじゃねぇか。」


「甘く見ないでほしいね……!」


口では強がるけど、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。


(くそっ、まともに魔法戦闘するのなんて初めてだぞ!)


焦りを振り払うように、僕は土の槍を放つ。


が――あっさりと避けられた。


(やっぱ直線じゃダメか!)


ならば、とっさに水魔法を放ち、そこに土を混ぜる。


ぬかるんだ泥が相手の足に絡みついた。


「――ッ!」


相手がわずかに動揺したのを見逃さない。


風魔法を叩きつけると、敵の体がボロボロの民家に吹き飛ばされた。


ドガァンッ!!


土埃が舞い上がる。


(や、やったか?)


緊張が一瞬だけ解け――その隙に、襲いかかる眠気。


体がふらつく。


「アーサー! やったわ!!」


ミアがぱっと顔を輝かせる。


「……それ、フラグでしょ?」


思わずぼそっと呟いた。嫌な予感がする。めちゃくちゃする。


――ゴォォ……。


埃の中から、ゆっくりと影が立ち上がる。


やっぱり、このくらいじゃダメか。


「少しはやるようだね。」


強がりを言うが、背中にじっとりと汗が滲む。


「へぇ……こんだけ魔法使えんのかよ。意外だなァ。」


男は愉快そうに笑い、懐から何かを取り出した。


……鏡?


(なんのために?)


「どうしたァ? 来ねぇなら、こっちから行くぜ?」


言葉と同時に――影が伸びた。


「ッ!」


地面から黒い腕が数本、蛇のようにうねりながら襲いかかる。


(あれはまずい!!)


僕はとっさに土の壁を出す。影の手が壁に絡みつき、ボロボロと崩していく。


(長くは持たない――なら!)


そのまま壁を回り込み、距離を詰める。


「くらえ!!」


渾身の土弾を放つ。狙いはバッチリ、当たる――はずだった。


だが――


キィンッ!!


土弾が鏡に近づいた瞬間――スッと消えた。


(……消えた!?)


「なっ――」


嘘だろ、そんなのアリかよ!


——次の瞬間、"歪んだ時間"が弾けた。


元の速度の倍になった土弾が、逆向きに"弾き飛ばされる"!!!!


「は!? ちょ、待――」


「アーサー!避けて!!」


ミアの叫びが聞こえた時には、もう遅い。


ドスッ!!


鈍い衝撃が肩に走る。


「ぐっ……!! くそっ、いてぇ!!」


衝撃に耐えきれず、地面を転がった。


体を起こそうとするが、じんじんと痛む肩に思わず顔をしかめる。


まじかよ。魔法、吸い込まれた!?


いや、それだけじゃない……強くなって戻ってきた。


鏡を持ったまま、男がククッと口元を歪める。


肩を押さえながら、僕はぐらつく足で立ち上がった。


「この鏡なァ……魔法を反射すんだよ。」


男が手の中の鏡をひらりと持ち上げ、愉快そうに笑う。


鏡の表面が、ぞわりと不気味に歪んだ気がした。


僕は歯を食いしばりながら、睨み返す。


「随分とおしゃべりだね。それがないと勝てないの?」


正直、強がりだった。


男がピクリと眉を上げ、鏡をゆっくり撫でる。


「なァ……こいつ、面白ェよなァ?」


まるで"鏡と会話している"。


愛おしそうに。


「ちっ……厄介なの持ってるな……!」


僕は小声で漏らした。


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