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心の傷は誰のもの?

ソフィー様を追って集会場を出た。足音が響くたびに、息が乱れる。


冷静にならなきゃ。だが、胸の中で不安が膨らんでいく。村の空気が、変だ。


目線が刺さる。振り向けば、誰かがこっちを見てる。


でも、そんなことにかまってる暇はない。足が速く動かなくなったら、何が待ってるかわからない。


冷静に、冷静に。今はただ、ソフィー様を見つけることだけ。


けど、心臓の鼓動がうるさくて、どうにも落ち着かない。


「村の方々も心配ですが今は」


そうつぶやくけど、落ち着けるわけもない。


「早くソフィー様を見つけないと…」


市場が近づいてくる。いつもなら賑やかな場所が、まるで空気を抜かれたみたいに静かだ。


目に入った男と、一瞬目が合った。


その瞬間、頭がぐわっと重くなって、足元がふわりと浮く感覚がした。


「っ…」


息を呑んで、目眩が一瞬にして襲ってくる。


身体がふらつき、視界がぶれて。


(なに?なんだろう、この感覚…ちょっとおかしい。今は、それよりも…)


ふらつく足元を必死に支えながら、心の中で冷静を取り戻そうとする。


けれど、背筋に走る冷たい何かが消えない。


振り切るように、足を速める。


「あれは?」


目の前に、村人たちに囲まれたソフィー様が見えた。


「ソフィー様!どうされたのですか!?」


叫んだ瞬間、声が空気を震わせて、響き渡る。自分の声さえもどこか遠く感じる。


ソフィー様は、私を見て、ほんの一瞬、ほっとした顔を見せたけど、すぐに眉をひそめて言った。


「わからないわ!村人たちがこの子を罵倒していたのよ!」


その言葉を聞いた瞬間、心臓がグッと止まりそうになった。


目の前で泣いている、あの子――


「ママー!ママー!」


その声が、妙に冷たく響く。


機械じみていて、どこか感情が抜けているような気がして、ゾッとした。


私はその子をじっと見つめる。


涙を流しながらも、どこか無機質なその声が、どんどん耳に残っていく。


「ママー!ママー!」


耳をふさいでも、脳内で何度も繰り返されるその声。


もう空間全体を支配しているように感じて、息が苦しくなってきた。


周りの村人たちは、ただ立っているだけ。


ただ見ているだけ。


何も言わず、何も感じていないかのように。


「ソフィー様!とりあえずその子とこちらへ来てください!」


「ええ!わかったわ!!」


村人たちをかき分けながら、ソフィー様が子供を抱え、私のもとへと駆け寄ってくる。


彼女の表情は強張り、息が乱れている。


「早く集会場に連れていきましょう。あそこなら安全です!」


急かすように言う。今はとにかくここを離れなければ。


「で…でも、アーサーが!!」


アーサー様…。彼も今どこかで危険な目にあっているのかもしれない。でも――


「今は落ち着いてください!ソフィー様までいなくなれば、対応できなくなります!」


「嫌よ!私が必ずアーサーを見つけるんだから!!」


ソフィー様の『青い瞳』には強い決意が宿っていた。


けれど、今はそれよりも優先すべきことがある。


「ソフィー様。剣士であれば、時には冷静に対処することも必要なんです。おわかりください。」


私の言葉に、彼女は苦しそうに唇を噛む。


「くっ…」


「それに、その子を放ってはいけません!早く行きましょう!」


言いながら、周囲を見渡す。


何かが、おかしい。空気が重く、息苦しく感じる。


まるで、どこかから視線を感じるような――


背後に、冷たい気配がする。


(……村人?)


その瞬間、異様な音が響いた。


ガッ…!


一瞬、耳を疑うような音がした。振り向く暇もなく、村人たちが一斉に襲いかかってきた。


手に持っているのは、畑を耕すための道具――鍬、ナイフ、鎌…だが、今それらは


すべて武器となり、私たちに向かって振り下ろされる。


その目は、もう人のものじゃない。どこまでも冷徹で、ただ命令に従うような顔。


「ちっ。なんなの!?」


とっさに身を引く。刃物が空を裂き、私の頬をかすめた。


「ソフィー様、下がって!!」


混乱する頭を無理やり働かせる。何が起きているのか――いや、考えている暇はない。


村人たちの目。焦点が合っていない。まるで、何かに操られているみたいに。


「……おかしい。」


鼓動が速くなる。これはただの暴動じゃない。


何かが、この村全体を狂わせている。


だけど、今は戦うしかない。


「ソフィー様、早く行ってください!ここは私が対処します!」


「ダメよ!カレンを置いていけないわ!」


女の子を抱えたソフィー様が、必死の形相で私を見つめる。


「今はそんなこと言ってる場合じゃない!早く行きなさい!」


迫りくる村人の攻撃をかわしながら、叫ぶ。


ソフィーが躊躇している暇はない。ここに留まれば、あの子も危ない。


「で…でも…」


「あなたに村人を傷つけることはできません!モタモタしてないで行って!!」


この状況で、戦えないのなら、今できることをするしかない。


ソフィー様は剣士だけれど、村人相手に刃を振るうことはできないはず。だからこそ――


「わっ、わかったわ!」


ソフィー様は女の子を抱きしめるようにして、集会場の方へ駆けていった。


「やっと行ってくれたわね。本当に頑固なんだから…ふふっ」


小さく笑いながら、村人たちの攻撃を避ける。


「ふぅ…村人の攻撃を躱すのは簡単だけれど、どうしようかしら…」


大きく振り下ろされた鍬をかわし、横から振るわれたナイフをひらりと避ける。


動きは単調で、隙だらけ。攻撃をかわしながら考える。


(あまり村人に傷はつけたくないのだけれど…申し訳ないですが――)


瞬間、体が反応する。


一人の村人の懐に素早く入り込み、手刀を首元へ。


鈍い音と共に、その場に崩れ落ちる。


「はぁっ…!」


短く息を吐きながら、次の村人へと駆ける。


一撃、二撃。気絶した村人たちが、地面へと倒れていく。


「ぐっ…あ…」


うめき声が響く。


どんどん、村人たちが崩れ落ちていく。


(こんなところかしら…)


ようやく静かになった。しかし、まだ終わってはいない。


この異常な状況、一体何が起こっているのか。


その答えを探すように、私は必死に周囲を見渡す。


――その時。


ザッ。


足音が近づく。


一人の男が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


この男、ただの村人じゃない。


直感が、鋭く警告を鳴らす。


「…いいのか?大事な村人たちに、そんなことをして。」


背筋に冷たいものが走る。


その声、静かに空気を切り裂く。


私は瞬時に身構える。


「あなたは…いえ、あなたが村人たちを操ってるの?」


口にした瞬間、自分の直感が正しかったことを確信する。


この異常な状況、村人たちの目の焦点が合っていなかったこと、男の登場…全てが繋がった瞬間だった。


「…だとしたら?」


男は口元をわずかに歪ませる。


「すぐに解くか、死ぬかのどちらかね。」


拳をぎゅっと握りしめる。


力がこもる。


「ふん、その程度の実力で笑わせる。」


男は鼻で笑う。


「…あら、私の何を見たのか知らないけど、簡単にはやられないわよ。」


じわりと、額に汗がにじむ。


何かが、おかしい。


男の態度が妙に落ち着いている。


「ほう。」


男が首を傾げると、無表情で続けた。


「だが、私が相手をするまでもない。」


「……なんなの!」


その瞬間、倒したはずの村人たちが、ゆっくりと立ち上がった。


「っ…!!」


息を呑んで、その光景を見つめる。


首が不自然に傾いている者、体を震わせながら立ち上がる者


まるで糸で吊られているかのように、ぎこちなく動き出す者――


確かに気絶させたはずなのに…


「一体…何なのよ!!!」


声が裏返る。


これは、普通じゃない。


私は確かに気絶させた。なのに――


目の前で起こっている光景が、どうしても理解できない。


その中の一人が、血の滲んだ口元を引きつらせながら、かすれた声を漏らした。


これが現実だなんて、信じられない。


でも、確かに目の前で――


「……カレン……」


その一瞬、心臓が止まりそうになる。


「これは……あなたの魔法ね…」


その言葉を聞いた男が、目を細め、ゆっくりと口角を上げる。


「さあ、せいぜい踊ってみせろ。」


胸の奥が、嫌なほどざわついた。


この男――本当に、ヤバい。


男の声が、耳の中で響く。両手を広げたその姿は、まるで私を試すように見えた。


その瞬間、周りの村人たちが口を開いた。


「カレン……お前が何をしているのか、わかっているのか?」


「この子に触れたら、村がどうなるか知らないぞ。」


「お前、もしかして……忘れたのか?」


「な、何言ってるのよ…!」


私の声は震えた。どうしてこんなことになってしまったんだろう。


目の前にいるのは、倒れたはずの村人たちだ。彼らが次々と立ち上がり、私を取り囲んでいく。


「俺たちを傷つけて……何が変わるんだ?」


「誰かが、誰かを守るために、何かを犠牲にしなければならないんだ。」


その言葉が頭の中でぐるぐると回り続ける。


何度も、何度も繰り返す。そのたびに、胸が締め付けられていく。


私は必死に息を吸って、声を絞り出す。


「やめて!私は…私は違う!!」


また、倒れたはずの村人が、まるで操り人形のように、ぎくしゃくと立ち上がる。


「カタ…カタ…カタ…」 関節が軋むような音を立てながら、歪んだ笑みを浮かべる。


「カレン……」


「お前は……何をしている……?」


私の足元がふらついて、視界がぼやける。体が動かない。


「どうして…どうしてお前は…」


「俺たちを裏切ったのか?カレン…」


「お前が変わってしまったからだよ。」


「違う!」


私は叫んだ。だけど、心の中でその言葉が反響する。


裏切ってなんかいない。私は、ただ……届かなかったんだ。


膝をつき、地面に顔をうずめる。


目を閉じても、耳に入ってくるのはあの声、あの言葉ばかり。


「お前、あの時……本当にあの子を見捨てたのか?」


村人の声が、私の耳の中でこだまする。


「お前、何をしてるんだ。あの子を助けなかったのか?」


「子供を助けたのはいい。けど、あの時『アリス』が怪我をしたのはお前のせいだぞ。」


「あの子はお前の仲間だろうが……」


「裏切り者。」


「お前が、あの時アリスを見捨てたんだ。」


……違う……そんなこと……私は……


「違わない。」


(!?)


目の前の村人が、歪む。


空気がねじれるように、視界がぐにゃりと歪んで、音が遠のく。


(……今、誰が喋った?)


村人の口が動いている。


でも、聞こえてくる声は—— 私自身の声だった。


「私は…私は選んだんだのよ!選ばなきゃいけなかったの!」


けれど、それでも村人たちの声は止まらない。


どんどん強くなって、私の中にまで響いてくる。


「負けることは恥じゃない…お前はもう、限界だ。」


「まだ戦うのか、カレン?お前の力では、もう無理だよ。」


私は、耳を塞ごうとするけれど、それでも声は、言葉は、止まることなく迫ってくる。


「私だってこんなことしたくないわ…誰も傷つけたくない…!」


そして、私はあの時アリスが言った言葉を思い出す。


「裏切った…」


その声は、私の心に永遠に刻まれていた。


ドンッ!!!


背中に鈍い衝撃が走る。


呼吸が、一瞬で止まった。


目の前が白くなり、体が宙に浮く。


「あ……」


声が出ない。


ゴッ……!!!


地面に叩きつけられる。


痛みが全身を襲い、指先が痺れる。


(……くそっ、何……これ……?)


まるで何かに押しつぶされたみたいに、息が止まる。


頭がガンと揺れて、視界が暗くなった。


「あっ……!」


私は、その場に力なく倒れこむ。


体のあちこちが痛み、呼吸が苦しい。目を開けることすらできない。


ただ、耳に残るのは、村人たちの言葉の嵐。


それと共に、胸の中に広がる無力感。私は…もう、限界なのか。


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