守るつもりで、遠ざけた心
石造りの村の集会場。普段は静かなその場所が、今は異様な熱を帯びていた。
「おい!フラウはいるか!」
カトリーヌがライラを抱えながら、ドアを勢いよく押し開けた。
「どうした!?何が起こった!?」
ラルフがその場に飛び出し、驚愕の表情でライラの怪我を見つめた。
「説明は後だ!今すぐフラウを呼んでくれ!」
カトリーヌの声は焦りに満ちていた。
「おい、そこのもの!すぐにフローレンスを呼んできてくれ!」
ラルフは村人たちに命じるように叫んだ。
「フローレンスが来るまで、手当てを手伝う。」
ラルフは言葉を短く切り、すぐさまライラのそばに駆け寄り、手当てを始める。
村の集会場が、普段の静けさを一変させ、慌ただしく動き回る者たちの足音と息遣いだけが響く。
「くそっ、一体何が起こってんだよ!」
カトリーヌの怒声が集会場に響き渡る。
「私達も、村がおかしいと思ってみんな集まっていたところだ。」
ラルフが冷静に答えるも、その声の奥には不安が滲んでいた。
「そっちではなんかあったのか?」
カトリーヌが鋭い眼差しを向ける。
「ああ、どうも村人たちの様子が変でな。全員ってわけじゃないが、一部が感情がなくなったというか、虚ろな状態になっている。」
ラルフは言葉を選びながら話す。
「やっぱりか…アタシも、市場の方に向かうほど、村人たちがどうにもおかしかったんだ…」
カトリーヌが息を呑み、暗い表情を浮かべる。
その時、集会場の扉が勢いよく開かれ、フローレンス、ダリウス、クリス、ソフィー、カレン、レナの6人が入ってきた。
彼らの顔には、緊張が色濃く滲んでいた。
「ライラ!?」
ダリウスが目を見開いて驚き、声を震わせる。
「それは…なにがあったの!?」
フローレンスが思わず声を上げる。だが、カトリーヌはすぐに口を挟んだ。
「話は後だ!ライラを治癒魔法でなおしてやってくれ!」
カトリーヌの声に、フローレンスは一瞬戸惑ったが、すぐに覚悟を決め、ライラに手をかざす。
「えっ、ええ、わかったわ!」
フローレンスが息を呑みながらライラに魔法をかけ始める。
その光が集会場に満ち、誰かが小さく息を吐いた。
「ミアは!ミアはどうしたんだ!」
ダリウスが一歩踏み出し、カトリーヌを睨むように問いかけた。
「わからねえ…あの場に行ったときにはいなかった。」
カトリーヌが冷静に答えるが、その表情には隠せない焦りが見え隠れしている。
「まさか!くそっ…」
ダリウスが歯を食いしばり、拳を握りしめる。
「あん?てめえ、さてはなにか知ってやがったな?」
カトリーヌが鋭い眼差しを向け、低い声で問い詰める。
「い…いや、ちがうんだ。」
ダリウスがその目を避けるように言い訳をする。
「何が違うんだ言ってみろよ!!」
カトリーヌが一気に声を荒げて迫る。
その瞬間、全員が息を呑む。
「すまない。」
ダリウスが小さく呟くが、カトリーヌの怒りが収まるはずもない。
「あやまってんじゃねえ!何を知ってんだ!」
その声に、空気が張り詰める。
「ふぅ…私は…ミアが狙われているかもしれないと思っていた…」
ダリウスがその言葉を吐き出すと、周囲は一瞬の沈黙に包まれた。
「て…てめえ!」
カトリーヌが歯を食いしばり、拳を握り締める。
「どういうことだ!お前のせいでアーサーや村人まで巻き込まれてんだぞ!ふざけやがって!」
その怒声に、ダリウスは言葉を失う。しかし、カトリーヌの怒りはおさまらない。
「アー…サー…」
ソフィーが、呟くようにその名前を口にした。彼女の顔は一瞬にして引き締まる。
その瞬間、バンッ!と、集会場の扉が勢いよく開き、ソフィーは無言で部屋を飛び出した。
「カトリーヌやめて!!怪我人がいるのよ!!」
フローレンスが冷静に声を張る。
カトリーヌの怒りが一瞬止まるが、すぐに顔をしかめる。
「カレン、ソフィーを追いなさい!連れ戻してきて!」
フローレンスは即座に指示を出す。カレンは無言で駆け出し、部屋を飛び出した。
「ちっ、それで?話の続きを教えろよ。」
カトリーヌが舌打ちし、不機嫌そうにダリウスを睨む。
ダリウスは圧倒されながらも、黙り込む。
ラルフは沈黙したまま、ダリウスを見つめていた。
その視線は鋭く、突き刺さるようだった。
ダリウスは耐えきれず、目を逸らす。
「私は…すべてを知っていたわけじゃないんだ。ミアのこと、どうすればよかったか、わからなかった。」
ラルフがゆっくり息を吐き、一歩前に出る。まだダリウスを見据えたまま。
「ここ最近、国に魔族が入り込んでいるという情報があった。」
ダリウスは低く、搾り出すように話し始めた。
「目的は不明だが、特別な力を持つ者が狙われているらしい。」
彼の言葉が落ちると、部屋の空気が沈んだ。
「そして、私の家系は闇属性を持っている。魔族から受け継いだこの紅い瞳には、特別な魔力が込められている。代償は大きいが…」
その瞬間、カトリーヌは無言で鼻を鳴らした。
「ふんっ。」
軽蔑が滲む一言だった。
「私の領で不審な動きを捉えたが、掴むことはできなかった。」
ダリウスは苦々しそうに言葉を続ける。
「だが、私やミアが狙われている可能性が高いと思っていた。」
カトリーヌの眉がピクリと動く。
「……お前は、最初から気づいてたのに、何もしなかったってことか?」
ダリウスの肩がピクリと揺れる。
「……違う!」
声が震える。
「違うんだ……私は……!!」
言葉が詰まる。
「何が違うってんだよ!はっきりしろや!!」
カトリーヌの怒声が飛ぶ。
「ミアのことなんだが…」
ダリウスは言葉を詰まらせ、目を伏せた。
「ミアは…幼い頃から町の中で疎まれてきた。この力のせいで…」
言葉を選びながら、ゆっくり続ける。
「それから、屋敷にこもり、いつも1人だった…」
顔に、かすかな苦しみが浮かぶ。
「私はそれを見るのが辛かった…苦しかった…」
ダリウスの目に涙が浮かぶ。だが、彼はただ唇を噛みしめるだけだった。
沈黙が落ちる。
「かつて私も、魔族に迫害され、孤独に耐えながら生きていた。」
ダリウスの瞳は、遠い記憶に沈んでいた。
「ミアには、もっと強くなってほしい。私みたいに孤独を乗り越えて、力強く生きてほしい…けど、あんな思いはさせたくない。」
迷いと悔恨が、その声を濁らせる。
「でも、私は…私がしたように、ミアにも自分の力で乗り越えてほしいと思っていた。」
静かに、そう呟いた。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに——
「ふざけんな…ミアはお前じゃねえんだ!!」
カトリーヌの怒声が、空間を切り裂いた。
ダリウスは驚き、目を見開く。
「わかっている…わかっているけど、私はただの人間の父親じゃないんだ。貴族として、領地を守らなきゃならない。それを捨てて、感情だけで行動するわけにはいかない…!」
「悩んでるのはわかる。でもよ、それでミアは救えんのか?」
カトリーヌは拳を机に叩きつけた。
「……心の中ではわかっていた。…本当はもっとミアと…」
その声は、彼自身の内面の葛藤そのものだった。
「てめえ、なんでそんなに!」
カトリーヌが怒りを露わにする。
怒鳴り声が、部屋を揺らした。
「待て、カトリーヌ。落ち着くんだ。まずは聞いてやろう。」
ラルフが静かに言った。
カトリーヌは唇を噛み、目を閉じる。
「アタシは守れなかったんだ…お前は近くにいれただろうが!」
怒りと悔しさが、その目に宿る。
「すまない…」
ダリウスは肩を落とし、そう呟いた。
沈黙が落ちる。
カトリーヌはまだ怒りを滲ませたまま、ダリウスを睨む。
ラルフも何かを考えるように視線を落とした。
ダリウスはふっと息を吐くと、ゆっくりと口を開く。
「……私は、リリーという商人からトランプを購入した。ミアに遊ばせるためだ。」
「トランプ?」
カトリーヌが訝しげに眉をひそめる。
「ミアは喜んでくれた。初めて見るものが嬉しかったのかもしれない。」
ダリウスは笑った。だが、それは痛みを滲ませた笑みだった。
「それから、ライラたちとも遊ぶようになり、徐々に笑顔を取り戻していった。」
ダリウスの目に、薄く涙が光る。
「私は、それが嬉しかった…嬉しかったんだ!」
拳を握りしめ、声を震わせる。
「そういうことか…」
ラルフが低く呟いた。
「私はトランプ大会があると聞き、ミアに話してみた。」
ダリウスは言葉を選びながら、目を伏せる。
「ミアは…ミアは初めて自分から外に出たいと言ってくれたんだ…」
言葉を噛みしめるように、続ける。
「ここに来ることを決めた。危険はあるかもしれないが、私はラルフやカトリーヌ達がいるなら問題ないだろうと甘く考えていた。」
「……ってことは、ダリウス。」
カトリーヌが食い気味に怒鳴る。
「利用しやがったのか!」
「……ああ。」
ダリウスは一瞬、目を見開き、続けた。
「君達がいれば安心だろうと思っていた…」
「だが、違った。私は間違っていた…」
肩を落とし、深く息を吐く。
その言葉に、カトリーヌの顔が怒りで紅潮する。
「お前が間違ってんのはミアのことだろうが!」
声が震えていた。
「どうして自分で守ってやらねえ! てめえがやってんのは丸投げだろうが!」
「……っ」
ダリウスは壁に背を預け、静かに吐息を漏らす。
「私がもっと早く気づけば、こんなことにはならなかった。」
彼は立ち尽くした。
「ダリウス、俺は利用されるのは構わない。」
ラルフの声が、冷静に響く。
「お前が言った時、助けてやるつもりだった。」
一歩、踏み出す。
「だが、どうしてミアに寄り添ってやらなかった。なぜもっと支えてやらなかった?」
ダリウスをじっと見据える。
「たしかに、お前は昔から強かった。ミアとお前は同じではないだろう。」
静かに続ける。
「見守るのはいい。だが、もっとミアの気持ちを考えてやるべきだったな。それが親というものだ。」
その言葉が、部屋の中で静かに響いた。
ダリウスは言葉を噛みしめ、ただ黙っていた。
「今からでも遅くない。一緒に、子供たちを支えていこう。」
ダリウスは肩を落とし、深く息を吐く。
「……ああ……すまなかった……」
低く絞り出した声には、後悔と自責の念が滲んでいた。
部屋に静寂が満ちる。
誰もが言葉を探すように、一瞬の間が空いた。
沈黙を破ったのは、フローレンスだった。
「後悔は、誰にでもあるわ。」
彼女の声は優しく、しかし、どこか厳しさを孕んでいた。
「大切なのは、そこからどう立ち上がるかよ。」
ダリウスは、ゆっくりと顔を上げた。
その目に映るのは、静かに微笑むフローレンス。
「さあ、もう大丈夫。」
フローレンスがそっと頷く。
「命に別状はないわ。」
その言葉が場を包み、張り詰めた空気がわずかにほどける。
「……よかった……本当に……」
ダリウスの視線の先には、穏やかに眠るライラの姿がある。
「……ライラ……巻き込んですまなかった……」
ライラの様子を見て、他の者たちもほっとしたように息をつく。
「さあ、私達で子供たちを守りましょう。」
フローレンスの声は穏やかだが、どこか落ち着きがあった。
「おう、ダリウス!全部終わったら覚悟しとけよ!?ボッコボコにしてやるからよ!!!」
カトリーヌは、ようやく落ち着いたのか、冗談めかして笑う。
その後、フローレンスは静かに、けれど確実にみんなを見渡す。
「まずは状況を整理しましょう。それから、次にどうするかを決めるのよ。」
彼女は冷静に呟いた。
誰もが次の言葉を探すように、沈黙が続いた。
ーーその時。
バンッ!!
勢いよくドアが開く。
「助けて!!!」
ソフィーの悲鳴が、空気を引き裂いた。
彼女の腕にはーー 小さな体。
「カレンが!!カレンがっ!!!」
荒い息を吐きながら、ソフィーは叫ぶ。
「なんだ!?」「どうしたの!?」
ラルフとフローレンスが、驚愕の表情で立ち上がる。
「はああ!?今度は何だよ!?クソったれがっ……!」
カトリーヌが悪態をつくが、声には動揺が滲んでいた。
「あなた、それ……何を抱えてるの?」
ピタッ……。
まるで、空間そのものが凍りついたような感覚。
「……何って……そんなの決まってるじゃない! 逃がしたのよ、カレンが……!」
ソフィーが息を整えながら、自分の腕を見下ろした。
次の瞬間。
「……え?」
彼女の顔から、血の気が引く。
息を飲む音が響いた。
「嘘……?」
柔らかいはずの感触が、妙に硬い。
ソフィーは 視線を落とした。
小さな指が見えた。
だがーーそれは違った。
"布"だった。
ふっと、世界が静止する。
ソフィーは ゆっくりと 、腕の中のものを見つめた。
そこにあるのは、子供ではなかった。
ただの ボロボロの人形。
泥まみれで、服には 赤黒い染み がこびりついている。
「私、確かに……この子を抱えてたのに……」
手のひらには、まだ小さな手を握っていた感触が残っている。
なのに、その手は、どこにもない。
「……そんな……そんなわけ……」
青ざめたソフィーの唇が震える。
音がない。心臓の鼓動さえ、遠くで響いている気がした。
——誰もが、理解を拒んでいた。
そして、恐怖に満ちた目で、叫んだ。
「カレンが、まだ戦ってるの!!!!」
「……何!?」
「この子を逃がすために……カレンは、残ったの!!!」
だが。
ーーそもそも、本当に『その子供』は存在したのか?




