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見なかった痛み、見える覚悟

陽が沈む。


赤く染まった石畳。長く伸びる影。熱が残る空気。


走る音。荒い息。焼けるような喉。


「ミア!!」


叫ぶ。返事はない。


市場を駆け抜ける。人の群れ。揺れる松明。遠くで猫が鳴いた。


ミアの姿は――ない。


「……どこだよ、ミア……っ!」


だが、そこにあるのは、ざわめきではなく、沈黙だった。


(おかしい……)


まるで、この村の時間だけが止まってしまったような。


だが、その中にミアの姿はない。


「ミア!!」


返事はない。


くそっ!!


脳裏に、あの時のミアの顔が焼きつく。


震えてた。泣きそうだった。


なのに——僕は何もできなかった。


歯を食いしばる。胸が痛い。


「ミア……っ!!!」


どこだ。どこに行った!?


鼓動がうるさい。全身がざわつく。


——どこにいるんだ、ミア……。


走り回った。


けど——どこにもいない。


夕焼けに染まる屋台の布が、風にあおられて揺れている。


気づけば、足が止まっていた。


「……ふぅ。」


額に手を当て、荒い息を整える。


呼吸を深く——。


冷静になれ。焦っても見つかるわけじゃない。


それでも、胸の奥のざわつきは収まらない。


ほんの少しだけ、空を仰ぐ。風が冷たい。


落ち着け……考えろ。


ミアは——たしか、こっちに向かって走っていった。


なのに、影も形も見当たらない。


おかしい。


村人たちは、なぜあんなふうに豹変した?


やっぱり、あのフードの男が仕組んだことなのか?


あいつの言葉。


違和感はあったのに——僕は深く考えなかった。


それに、あの時……体が動かなかった。


目の前で、ミアが壊れそうになっていたのに。


何もできなかった。何も——。


「……っくそ!!!」


拳を握る。爪が食い込むほどに。


僕がもっと早く気づいていれば……。


その手を、迷わず掴んでいれば。


考えても、遅い。


わかってる。わかってるのに——


「僕は一体、どうすればよかったんだ……!!」


心は大人だからと余裕ぶって——。


転生して、強くなったはずだった。知識もある。特別な力もある。


だからこそ、焦る必要なんてない。


そうやって、勝手に思い込んでた。


いつもめんどくさがって、かっこつけて、盲目的で。


何もかも「大したことない」って顔をして、


大事なことからは全部、目を逸らしてきた。


魔法が全属性使える? 特別な力がある?


……だから、何だっていうんだ。


そんな力、誰かを救えないなら、何の意味がある。


扱える力があったのに、僕は使おうともしなかった。


何かが起こっても、常に周りを気にして、


「今は動くべきじゃない」なんて、勝手に判断して——。


逃げた。


ただの傍観者だった。


いつも俯瞰して、物語の外から見てる気分で。


なのに、本当に大切なことには、何一つ気づけなかった。


それがどれだけ愚かで、どれだけ取り返しのつかないことか——


今さら、思い知る。


「……バカだ、僕は……!!!」


風が頬を撫でる。ひどく冷たい。


膝をつく。


指先が震える。


ぎゅっと拳を握り——


「うわあああああああああ!!!」


拳を振り下ろす。固い地面に叩きつける。痛みなんか、どうでもいい。


皮膚が裂け、じわりと赤が滲む。


もし今から探しに行ったところで、また何もできなかったら?


もし見つけても、ミアに「あなたにはわからない」って突き放されたら?


……僕は、本当にミアを助けられるのか?


足が震える。


奥歯を噛みしめ涙を堪える。


「くっ……!」


なんで僕は、こんなにも鈍感でバカなんだ。


だけど——。


手のひらをギュッと握る。


迷ってる時間なんてない。


このままじゃ、また何もできないままだ。


ミアを失いたくないなら——僕にできることは、ただ一つ。


考えるな。動け。


震える足を踏ん張り、よろめきながら立つ。


強く腕に力が入り、一歩を踏み出した。


——いや、走り出した。


祭りの飾りが風に揺れ、視界の端で鮮やかに揺らめく。


砂利を踏む音だけが、やけに大きく響く。


呼吸が荒くなる。


けれど、止まってる時間なんてない。


ミアを探して、周囲を見渡す。


——その時。


視界の端に、見覚えのある光景が映った。


足が、ピタッと止まる。


あれは……。


昼にミアと訪れた、あの怪しげな露店だ——。


脳裏に、言葉が蘇る。


「見ると最も恐ろしいものを映し出す」


——あのときの、店主の言葉。


手鏡のこと。


「っ……」


あの時、僕は気にしていなかった。


けれど——ミアに映ったのは、僕と村人だった。


なんで……?


僕たちの何が、そんなに怖かった?


……ミアが恐れていたものって、僕? 村人……? 人の、心?


もしそうなら——ミアはずっと、あの目で僕を見ていたのか?


"怖い" って。


胸が、ざわりと軋む。


「くそっ……!!!」


ドンッ!!


地面を踏みつける。衝撃が足元から響く。


僕はあの時、何を言っていた?


ただ、闇魔法が使えるミアが「すごい」と思ってた。


それだけだった。


……違う。


僕は何も見えていなかった。


ミアは、村人の笑顔が見たいと言った。


——どんな思いで、その言葉を口にした?


ババ抜きでは、自分の身まで賭けてくれた。


あの時、ミアはきっと……怖かった。


それなのに。


それなのに、僕は——。


「……っ!!!」


力が入らない。


震える指を、なんとか握ろうとする。


目の奥が、熱い。


「くそっ!! なんで気づかなかったんだ……!!!」


ずっと隣にいたのに。


ミアが何を思ってたのか。


何を恐れていたのか——。


僕は……僕は……!!!


いや、違う。


見えなかったんじゃない。


——見ようとしてなかったんだ……!!!!


視界が揺れる。


歯を食いしばる。爪が掌に食い込む。


「ミアは……ずっと、ずっとこんな気持ちで生きてきたんだ……!!!!」


叫ぶように、声が零れた。


熱いものが、頬を伝う。


怒りと、悔しさと、情けなさと、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって——。


その時だった。


——目の隅に、ふわりと何かが入った。


それは、道端に落ちていた、ミアのハンカチ。


(……あのハンカチは……)


手に取ると、泥がこびりついていた。


そのすぐ近く。深く刻まれた轍の跡。


馬車の轍が、異常なほど乱れている。


……馬車の跡? 村に、馬車なんてないのに——。


違和感が、胸をざわつかせる。


その瞬間、頭の奥で何かが引っかかった。


ほんの一瞬、「まさか」という疑いが脳裏をよぎる。


だが——それを振り払うように、心臓が鳴った。


どくん。


どくん。


その鼓動が、理性よりも先に答えを出す。


——ミアは、奪われたんだ。


確信が、稲妻のように背筋を駆け抜けた。


「……なんで」


喉が焼ける。息が苦しい。


「なんで……なんでだよ……っ!!」


足元がふらつく。目の奥が熱い。


「くそっ……!!! ふざけんなよ……!!!」


そして——


風が吹いた。


ハンカチが、ふわりと飛んだ。


「……っ!!」


目の隅に、それが映った瞬間――まるで、道が開けたような気がした。


『ミアは、こっちにいる……!?』


静かに、ハンカチへ歩み寄る。


震える手を伸ばし、そっと掴んだ。


ぎゅっと、強く握りしめる。


目を閉じる。


「……今なら、見える……!!!」


——


「ミアのことが!!!」


そして—— 深く息を吸う。


「……感じろ、ミアの気配を。」


迷うな。やるしかないんだ。


胸に手を当て、静かに息を吐く。


そして——すべての感覚を研ぎ澄ませる。


僕の胸の奥で、鼓動がひとつ、大きく鳴る。


風の流れを読むように……感じるんだ、ミアの気配を。


その瞬間——。


——ハンカチが、教えてくれる。


手にぎゅっと握ったそれを見つめ、記憶が鮮明に蘇る。


「すごい汗ですわよ。お使いなさいな。」


「ありがとう。助かるよ。」


あの時は、それ以上深く考えなかった。


ただ、少しだけ手に残る温もりが、なんとなく心地よかったのを覚えている。


だけど、渡してくれるミアの手はほんの少し震えていたような気がする。


ミアはどれだけ怖かったのだろう。どれだけ辛かったのだろう。


それでも、僕には笑って見せてくれた。


「あなたは、ほんとに男らしくないですわね。」


いつもの声を思い出す。


まるで、背中を押してくれた。


……頼ってばかりの僕でごめんね。


でも——


「……今度は、僕が助ける番だ!!」


もう迷わない!! もう後悔しない!!!


僕は、自分の頬を叩く。


そして——。


「ミアは、どこだ!!!」


風が吹いた。ハンカチが、導くように揺れる。


……静寂。


世界が、一瞬止まったように感じた。


こっちか?


……ミアの魔力。


その瞬間——僕は、確信する。


「見つけた……!!」


そして、迷わず走り出す!!


もう二度と、見失わないために——!!!

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