ババ抜き最終決戦 〜見えないジョーカーを探せ〜
食堂の中央に置かれたテーブル。
ろうそくの炎が、わずかに揺れている。
向かい合う僕とフードの男。
まるで、静寂の中で張り詰める弦のように――。
その場の空気は、一触即発の緊張に満ちていた。
誰も息をすることすら忘れたかのように、ただ見つめる。
背後で、誰かの喉が鳴る音がした。
(これで決める――!)
一瞬、呼吸を整える。
「負けるわけにはいかない。」
「まあ、見せてみろ。お前がどこまでできるのか、興味が湧いた。」
フードの男は、指先でジョーカーをつまみ上げた。
まるで、何かを吟味するように。
その動作が、妙にゆっくりと感じられた。
口角がわずかに歪んだ……まるで、不快そうに。
(今の顔……? ただカードを拾っただけ、なのに……)
カードをゆっくりと擦る仕草が、妙に念入りに思えた。
息苦しさを覚え、思わず俯く。
冷静になれ。
絶対に、突破口があるはずだ。
カトリーヌの言葉が脳裏をよぎる。
魔法でイカサマ……いや、あり得るのか?
ゆっくりと頭を上げる。
視界が徐々に広がる――そして。
目の前に――あり得ない光景が広がっていた。
『は、はああ!?』
頭が一気に真っ白になる。
ただ一枚のカードが、表向きにこちらを向けている。
まるで僕を挑発しているかのように、ゆっくりと揺れて見えた。
そして、ようやく――その数字が目に入った。
「ん?どうした?」
フードの男が、こちらをじっと見つめる。
その目の奥に――氷のような冷たさが宿っていた。
口が動かない。言葉が、出ない。
目の前の現実を、まだ信じられない。
もう一度、視線を戻す。間違いだと言ってほしくて。
目の前にあったのは――たった1枚のカードだけ。
しかも、その数字は――7。
……確かに見えている。
こんなのありえない!!
頭の中がぐるぐると回りだす。
(カードの……向きが、逆!?)
――イカサマ?
いや、それだけじゃない……!
「ほら、どうした?早く引け。」
相手は、僕を急かすように言った。
「……おかしいね。1枚しか見えないし、数字が見えてるんだけど?」
カードを凝視する。
目をこすっても、変わらない……!
こんなはずない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「え? 何を言ってますの? 普通に2枚ありますわよ。」
ミアが冷静に答えた。
「はい、カードも普通のようですが。」
ライラも少し困惑しながら口を挟む。
(どうなってるんだ?)
その時、背後で聞こえたのは――
『グフフ……』。
背筋が凍るような、濁った笑い声。
その声に、どこか余裕を感じる。
もう間違いない。これは、魔法だ!
息が詰まる。目の前にあるカード、確かに“7”にしか見えない。
だけど、この感覚…まるで視界が歪んでるみたいだ。
自分でも、今見えているものを疑いたくない。でも、やっぱり――
「こんな風にしか見えないの、なんでだ?」
その疑問が頭の中をぐるぐる回る。
冷静に考えてみろ、こんなこと――あり得るはずがない。
けど、いくら考えても、答えが出てこないし…
魔法だと問い詰めても意味がない。
ミアたちが普通に見えている以上、証拠がない。
今、そんなことを考えてる暇はないか…
いつもの僕なら、ここで諦めていたかもしれない。
ミアが賭かってる。負けるわけにはいかない。
逃げちゃダメだ。
逃げ道なんてない。
「なら、打ち破るしかない!!」
手が震えるのを感じながら、必死で思考を整理する。
「ふぅ…いいよ。そういう事するんだね。少し考えてもいいかな?」
フードの男が不敵に笑いながら言った。
「…ああ、いいぞ。無駄だと思うがな。」
数字が見えている。
あれを引けば、勝ちだ。
そんな簡単に終わっていいのか?
じゃあ、1枚見えないのはなぜだ?
魔法…魔法を使ってる…
――その瞬間、頭の中で何かが弾けた。
目の錯覚?
魔法で錯覚させているとしたら?
……もう少しだ。
僕には普通に見えていたものが、今、違う景色に見える。
そうか!
見えていたんじゃない。
僕が、“見せて”いたんだ!!
あの時――僕は、カードを逆に持っていた…!!
その言葉が、頭の中で響いた瞬間、
世界が一瞬で静止したかのように感じられた。
しばらくその余韻に浸り、
思考が落ち着くのを待つ。
すべてが、繋がってきた…
……幻覚?
――バンッ!!
反射的に、テーブルを叩いていた。
その衝撃が手のひらを駆け抜け、体中に伝わる。
(やられた!)
「きゃっ!」
ミアが驚き、思わず後ろに一歩下がる。
「あっ、ごめん!」
慌てて声を上げ、フードの男の方に顔を向けた。
その瞬間、相手の笑みが、ぐにゃりと捻じ曲がった。
(くそっ、幻覚か!!)
目眩がしたときのことを、ふと、思い出す。
あのとき、すでに…かかっていたんだ!
ふっ、ふざけんなよ……!
怒りが湧いたが、すぐに冷静さが戻る。
ミアたちも、恐らくかかっているんだろうな。
まずい。
下手に動いたら、取り返しがつかないかもしれない……。
全員に危険がある以上、魔法は使えない。
だめだ。
もう、このゲームに勝つしかないんだ!
汗が頬をつたう。でも、拭う余裕すらない。
手の感覚が……鈍い。
指を動かしてみるが、なんとなく違和感がある。
いや、今はそれどころじゃない。
必ず糸口があるはずだ。
もう1枚のカードを探さなきゃ。
よく見ろ…
どこだ……どこにある……!?
見ても、わからない!!
……なにか方法はないか。
僕はふっと天井を見上げた。
張り詰めた空気が、ほんの少しだけ揺らぐ。
呼吸を整え、ゆっくりと周りを見渡す。
窓から差し込む陽射しが、食堂の木の床に淡く広がる。
昼下がりのわりに、空気は妙に冷たい。
村人たちは静かに立っている。いや、静かすぎる。
本来なら、歓声や談笑が響くはずなのに。
ふと、窓の外へ視線を移す。
――強烈な光が、視界を焼いた。
「っ……!」
鋭い光が、目に突き刺さる。思わず顔をしかめる。
でも、こんなもの見てる場合じゃない……。
目を逸らしかけた、その時。
視界の隅で、何かが揺れた。
――人影?
その瞬間――バチン、と脳内で何かが弾けた!!
「――あっ!!」
思考が一気に繋がる。まるで稲妻が走ったかのように。
(そうだ!! 影だ!!!)
今、この瞬間を逃すわけにはいかない。
「やるしかない。」
そっと息を吐き、ランタンの影を確認した。
……確かに、落ちている。
あとは……
指先が微かに揺れる。落ち着け……大丈夫、やれる。
「ライラ、悪いけど、そこのランタン……持って、真ん中に立てる?」
突然、僕はライラに声をかけた。
彼女は少し驚いたような顔をして、すぐにその頼みを理解したのか、頷く。
「ランタンですか?わかりました。」
しばらくの沈黙。
相手の視線が刺さる。
ジリジリとした圧を感じる。
僕は少し顔を逸らす。
(このタイミングで…できるかな?)
ライラがランタンを手に取る。
彼女が真ん中に立つと、ランタンの灯りが広がった。
「お前の考えなど、すべて見えているがな。」
――圧倒的な余裕。
「すぐ終わるから大丈夫だよ。」
僕は一言だけ返した。
ランタンをかざすと、影が2つ浮かび上がった。
よし!これで2枚あることは確定だ!
……いや、待て。これすら幻覚だったら?
僕は今、何を信じればいい?
「どうする…何か見破る方法はないのか…」
触って確かめてみるか!?
だけど、すぐに手を出すのは少し怖い。
――その時。
ミアがそっとハンカチを差し出してくれた。
けれど、その指先は、わずかに震えていた。
それでも、彼女は微笑んでいた。
「すごい汗ですわよ。お使いなさいな。」
その声は、まるで僕の動揺を包み込むようだった。
胸の奥が、言葉にならない感情でいっぱいになる。
そっとハンカチを受け取る。じんわりと温かい。
なのに、指先が妙に冷たく感じた。
「ありがとう。助かるよ。」
その瞬間、胸に小さな何かが残った。
「ふぅ…」
ハンカチを広げ、指先からそっと拭う。
少し息をついて、心の中で整理する。
いくつかの方法が浮かぶけれど、今はそれを選んでいる場合じゃない。
「もう、これしかない気がする。」
深く息を吐く。
勝つには――見破るしかない。
「よし、いくぞ!」
僕は相手を見つめながら、静かに言った。
「ねえ、ちょっとカードに触らせてよ。」
フードの男は、じっとこちらを見つめる。
「……ほう?」
指先でカードをなぞりながら、口角をわずかに上げる。
「いいぞ、ほら。」
その言葉が、僕の心に響く。
僕はゆっくりと腕を伸ばし、カードに触れた。
指先が、二枚目の端をかすめた――違和感。
「ん?」
(あった!やっぱり二枚あったぞ!けど、今のは…)
……なんだ、この感触?
深呼吸を一つ。
落ち着け、冷静になれ。
見えてるのは7。
一枚見えない。けど、触ると確かにあった。
そして――幻覚。
(なら、あの7は、ジョーカーだ!)
息を整える。
見えてない方を引けば、勝てる!!
手が見えないカードに伸びていく。
だが――
僕の中の何かが警鐘を鳴らす。
(なんだ?これでいいはずだ。……なのに、どうして?)
視界の端が、じわりと滲む。
手が震える。だけど、それだけじゃない。
“引けば勝てる”はずなのに――!
くそっ、何が僕を止める!?
「早くしろ。」
声が、揺さぶるように低く響く。
「ちょっと待ってね。」
はぁ……クソ、何かが引っかかる!
それが何なのか、まだ掴めないまま――指先が、カードに触れかける。
全てを絞り出せ!!
「……おかしい。」
なぜすんなり触らせた?
……触れた瞬間、違和感があったはずだ。
手についた、この感触は――
もし『アレ』だとしたら僕もジョーカーを持っていたはずだ。
……なのに、なぜ気づかなかった?
いつも無表情だった男のジョーカーを拾った時の、あの表情。
あの瞬間、何かが決定的におかしかった。
――そして、魔法を自分からバラしたとしたら?
幻覚……。
『見えてるのに、見えないもの』――!!
……うん。
すべてが繋がる。
ミアが渡してくれたハンカチ。
あの時、ただ何気なく手を拭った。
けれど――あれが違和感の始まりだった。
何も考えずに受け取って拭った。
今振り返ると、あの無意識の行動が鍵だったんだ。
汗まみれの手を拭いただけで。
……今になってわかる。
これが、最後のピースだ。
「ありがとう、ミア…」
静かに息を整える。
――君のおかげで、勝てるよ。
ゆっくりと息を吐く。
「やってくれたね。」
そう言いながら、僕は 静かに 「見えている数字の 7 」に手を伸ばした。
その瞬間、相手の表情が――ほんの僅かに 歪んだ。
「……っ!!?」
たった一瞬の 微かな動揺。
だが、それは確かに 「確信していた勝利」が崩れた証拠だった。
僕は ゆっくりと 息を吸い込む。
そして、 静かに口元を歪めた。
「見えてるものが全てじゃない。」
小さな声。だけど、確信に満ちた言葉。
フードの男は少し黙ったまま、静かに目を細めた。
彼の指先が、 ピクリと動く。
「見えなくても、結果は変わらない。」
まるで、 仕組まれていた運命を"覆す" かのように。
「――あなたの負けだよ。」
沈黙。
指がカードに触れた瞬間――
パキンッ。
"何か" が砕けた。
――空気にヒビが入る。
カードを引いた。ペアを作った瞬間――
世界が、波紋のように揺れ、元に戻る。
ミアが驚きに目を見開いた。
「……えっ!? 何が起こったんですの!?あなたには見えていなかった?」
動揺しながら僕に聞いてきた。
フードの男の瞳が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
「…………ほう。」
その言葉だけが、静寂の中に響く。
ミアがすぐに満面の笑みを浮かべ、勢いよく僕に抱きついた。
「やりましたわ!!!!」
その瞬間、全てが解けたような気がした。
肩の力が抜けた。全てが、溶けていくような感覚。
(……これで、終わった。)
でも、それだけじゃなかった。
僕の胸の中に、温かい何かが広がっていく。
これまで、何度も立ち止まりそうになったけど、ミアのおかげでここまで来たんだと、自然と実感が湧いてきた。
「助かったよ、本当に、ミア。」
その一言が、口をついて出た。




