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魔法の鍵と村の祝祭

食堂の中は、熱気でむんむんしていた。


村唯一の食堂で、広いとはいえ長年使い込まれた木造の柱や梁が、温かみのある空間を作っている。


中央には大会用に並べられた長テーブルがいくつもあり、どこもかしこも村人たちで溢れていた。


村人たちがテーブルを囲み、トランプを片手に練習している。


「やった!」「ちくしょう、また負けた!」そんな声が飛び交い、肉を焼く香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


そんな中、僕は目の前のカトリーヌを見て眉をひそめた。


「……あの鍵が他の誰かの手に渡るのは、ちとまずいな。」


カトリーヌが酒瓶を片手に、ぼそっと呟く。


「鍵? さっきから気にしてるけど、どうしたの?」


「気づいてねえのか? アーサー、お前も魔力感知くらいできんだろ?」


「え?」


カトリーヌの言葉に、横でお茶を優雅に飲んでいたミアがゆっくりと視線を上げた。


「ええ、わたくしでも気づきましたわ。あれはただの鍵ではありませんわね。王宮の宝物庫に置いてあってもおかしくない代物ですわ。」


ミアが手袋を直しながら、眉をひそめる。


……え? そんなにすごいものだったの?


「えぇ!? まったく気づかなかったんだけど!?」


僕が素っ頓狂な声を上げると、ミアは深々とため息をついた。


「ほんとにあなたって人は鈍感ですわね。」


「いや、そこまで言う!?」


「ありゃ、とんでもねえ密度の魔力が凝縮してる鍵だ。何に使うかわからねえが、使い道によっちゃヤベえことになんだろうな。」


カトリーヌが酒瓶をテーブルに置き、腕を組む。


(へえ……カトリーヌの酔いが覚めるくらいだから、相当やばいんだろうな)


「おい、聞いてんのか? 毎日訓練してやってんのに、魔力感知もまともにできねえとは情けねえなあ!」


「聞いてるよ! でも、なぜか感知しようとしても何かが邪魔して……っていうか、それよりその鍵、どうするの?」


「ん? そうだったな。すまねえ、忘れてたわ。」


カトリーヌが頭を掻き、すぐにニヤッと笑う。


「鍵か? そうだな……魔術師に見せる手もあるが、せっかくだし自分で試してみてえ」


「は?」


「だってよ、アレ、ただの鍵じゃねえだろ?」


カトリーヌがグラスを置き、ニヤリと笑う。


「もしかしたら財宝の鍵かもしれねえしな!」


ぞくり、と嫌な予感がした。


「それ、めちゃくちゃ嫌な予感しかしないんだけど……僕も巻き込もうとしてないよね?」


「当然だ! 大いに巻き込んでやるから安心しとけ!」


カトリーヌが豪快に笑う。


(そんな堂々と言うことじゃないでしょ……まあ、ここで言い返してもどうせ巻き込まれるんだよなあ。逃げるって選択肢ができればいいんだけど…)


「もういいよ、諦めた。それで、そろそろ試合が始まるみたいだけど行かなくていいの?」


僕が話を切り替えると、カトリーヌはハッとして立ち上がった。


「おっと、すっかり頭から抜けてたわ! かっこいい師匠の姿をしっかり目に焼き付けろよ!」


「わたくしも行ってまいりますわ。この優雅で可憐な姿を脳裏に刻みなさい。そして、跪いて平伏しなさい!!」


ミアがくるりと踵を返す。


「それじゃ見えないでしょ。いいから早く行きなよ、めんどくさい」


僕が呆れながら言うと、ライラが静かに微笑んで一礼する。


「では、私もお嬢様に付いてまいりますので失礼いたします」


そう言って、3人は大会用のテーブルへと向かっていった。


(ふぅ、やっと静かになったよ。どっちも応援したいけど、カトリーヌが優勝すると面倒なことになりそうなんだよなあ。あの調子で勝ち続けたら、家でずっと武勇伝を聞かされる羽目になるに違いない)


「まっ、その時考えればいいか」


僕は椅子にもたれながら軽く呟いた。


食堂にリリーの明るい声が響いた。


「それでは、第1回戦始まりますよ!試合開始です!」


これだけ広い空間でも、今は立ち見の村人までぎっしりだ。


普段はのんびりした食堂も、今日はちょっとした闘技場みたいだな。


場内のあちこちで「ババ抜き」の勝負が繰り広げられ、カードを引く音、笑い声、時折響く悔しげな声が入り混じる。


(みんな、めっちゃ楽しそうだなあ。ババ抜きなんて単純な遊びなのに、これだけ盛り上がるのはこの村だからこそ、かもね。まあ、僕は参加しないから気楽に見てられるけど。)


適当に視線を巡らせていると、ミアのテーブルが目に入った。


「おっ、ミアもうあんな枚数なんだ。運がいいな。」


一方、カトリーヌのテーブルを見ると――。


「えっ!?早すぎるでしょ!もう上がったの!?」思わず声が出た。


カトリーヌが勝ち誇った顔でこちらに向かってくる。


「一回戦じゃアタシの相手になる奴いなかったみてえだな! ハッハッハ!」


(村の人たち、ついていけてる? いや、でもカトリーヌらしいっちゃらしいか……。)


苦笑しつつ、僕は声をかける。


「お疲れ様。やるじゃんカトリーヌ、かっこよかったよ。」


「だろだろ? 照れるじゃねえか! 家ではお前に勝てねえけど、村人相手ならこんなもんよ! もっと褒めろよなあ!」


胸を張るカトリーヌに、僕は肩をすくめながら返す。


「あーはいはい。まだ一回戦なんだから調子に乗らないでね。次も頑張ってよ。」


「うるせえ! 次も余裕だろ。それより、あの嬢ちゃんはどんな感じだ?」


カトリーヌの視線がミアのテーブルへ向かう。僕もつられてそちらを見ると――。


「お嬢様、それではありません! 右です右!」


ライラの必死な声が響き渡る。


「うるさいですわね。わかってますわよ!」


ミアは眉間にしわを寄せ、カードをじっと睨んでいた。


いつもの余裕たっぷりの態度は消え、指先がテーブルの端をトントンと叩いていた。


(……珍しいな。ミアがこんなに真剣な顔するなんて)


「もう! それじゃありませんよ! 本当に分かってます!?」


「わたくしが考えていますの! 黙って見ていなさいませ!」


テーブルを叩く音が、さっきより少しだけ強くなる。


(ライラ、もはやミアより真剣に戦ってない?)


「考えるのはいいですが、次のターンまでに決めてください! 早く右のカードを引いてください、お嬢様!」


ライラがカードを指さし、めちゃくちゃ焦らせている。


ミアは苛立ちを抑えるように、手を伸ばし――。


「これかしら? ……えいっ!」


ミアがカードを引く。


……沈黙。


一秒。二秒。


そして――


「……やりましたよ、お嬢様! 勝ちました!」


どっと歓声が上がる。


パチパチと拍手が響き、ライラが拳を握りしめて飛び跳ねた。


いつも気取ってるくせに、今は子供みたいに顔を輝かせてる。


(……なんか、ちょっとかわいいじゃん。)


そう思ったことは、もちろん口には出さないけど。


「まさか、お嬢様が初めてトランプで勝利する日が来るとは……感無量です!」


ライラが冗談めかして涙を拭う仕草をすると、ミアは鼻を鳴らしながらも満足げに胸を張った。


「当然の結果ですわ! 庶民に負けるわけがありませんわ!」


(いや、半分以上ライラのおかげだけどな。)


僕は静かに見守ることにした。


その様子を見ながら呟く。


「あれは喜んでいいの?ライラも参加したら良かったのに。」


カトリーヌが肩を揺らして笑う。


「あはは、なんだよあれ。嬢ちゃんが指示されてんのか、メイドが戦ってんのか分かんねえな!」


(観客の方もみんな盛り上がってるな。あの親子なんて、子供が親に指示してるし……)


ミアとライラがこちらに歩いてくる。ミアは誇らしげな笑みを浮かべていた。


「見ていましたか? わたくし勝ちましたわよ。まっ、当然のことですわよね。庶民に負けるはずがありません。さあ、わたくしに称賛の言葉をいいなさいませ。」


(さっきまで初めて勝ったって喜んでたの、忘れたのかな……。)


カトリーヌがライラに向かって笑いかける。


「お前、ライラだっけ? いいセンスしてるな! こりゃ本気で戦いたくなっちまうぜ!」


僕も軽く笑いながら言う。


「ライラがあんなにトランプ好きなんて知らなかったよ。楽しんでもらえて僕も嬉しいよ。」


ライラは恥ずかしそうに、少し赤くなりながら答えた。


「い…いえ、お恥ずかしいところをお見せしました。次も頑張りますので応援よろしくお願いいたします。」


「なんでそちらを褒めてるんですの!! わたくしを褒めなさいよ! 勝ったのはわたくしですのよ!」


「だって、めんどくさそうだったし。」


「褒めてよ! 初めて勝ったの!!」


(え、これどう褒めたら正解なの? 下手に言うと怒られるし、何も言わなくても怒られるし……難易度高すぎる。)


僕は観念して手を挙げた。


「ごめんって。よく頑張ったねミア! 次も応援してるから絶対勝ってね!」


「全く言葉が足りませんけれど、わたくしの寛大さに感謝なさいませ。」


ミアは胸を張りながら言う。


「次も勝ちますから、わたくしにふさわしい称賛の言葉をしっかり用意しておきなさい。そして、敬意を持って述べなさい!」


(めんどくさっ。)


僕は心の中で呟いた。


食堂内はますます活気に満ちていた。


トランプを手にした村人たちが声を上げながら盛り上がり、控えめな笑い声や応援の声が飛び交う。


そのざわめきの中、リリーの明るい声が響く。


「それでは、2回戦を始めまーす! 選手の方はテーブルへお越しくださーい!」


ミアが椅子から立ち上がった。


隣では、すかさずライラが続く。


「お嬢様、それでは参りましょうか。この勢いで次も勝ち進みますわ!」


だが、ミアはピシャリと手を振り払うような仕草をして、即答した。


「いいえ、あなたは来なくて結構ですわ! わたくし一人の力で勝ってみせます。それに、耳元でいちいち指示されると、落ち着きませんのよ。」


ライラが慌てて反論する。


「そんな! お嬢様、それではまた危ない場面に……!」


「危ないですって? 失礼ですわね。わたくしを誰だと思ってますの? ライラは余計なことばかり言うんですから、もう留守番してなさい!」


ライラは一瞬、言葉を飲み込むように黙り込んだが、それでも食い下がる。


「うぅ……お嬢様、私だってお嬢様の力になりたいのです……!」


ミアはツンと顎を上げ、勝ち誇ったように胸を張る。


「わたくしは一人で十分ですわ! 大人しくここで応援でもしていなさい!」


ライラは頬を膨らませながら抗議した。


「嫌ですよ! 私だってトランプしたいんですから。お嬢様ばっかりずるいですよ!」


(ライラ、そんな熱くなるタイプだったのか。意外だな。なんとなくレナに似てる。ほんと、女の人ってわからないなあ……。)


このまま放っておくと面倒なことになりそうなので、僕は二人の間に割って入る。


「二人とも、トランプ大会は戦う相手とやるもんでしょ? ほら、ライラは僕と一緒に応援しよう。ミアなら絶対に勝ってくるから大丈夫だよ。」


ライラは一息つき、深く頭を下げた。


「はっ! 申し訳ございません、皆様。ですが、お嬢様が私のお力を必要とされた際には、すぐに駆けつけますからね!」


(まだ諦めてない……。)


ミアはため息交じりにブツブツ言いながら歩き出す。


「呼ぶわけないですわ。時間がもったいないのでもう行きます。ほんとにもう、ライラといるといつもこうなんだから。」


一方、カトリーヌは椅子を蹴るように立ち上がり、大きく伸びをしながら呟いた。


「次は歯ごたえあってくれよ! このままじゃただの暇つぶしになっちまう。」


彼女も足早に去っていく。


「ライラはどうする? 僕と見ておく? 僕はちょっとリリーのところに行ってこようと思うんだけど。」


僕が様子をうかがうように尋ねると、ライラは微笑みながら答えた。


「お邪魔するのも申し訳ないので、こちらでお嬢様を応援させていただきますね。」


「わかった。じゃあ、またあとでね。」


僕は人混みの中を抜けてリリーのいる方向へ向かう。


ざわつくテーブルの間を縫いながら、彼女に声をかけた。


「やあリリー、調子はどんな感じ?」


リリーは振り向き、満面の笑みで答える。


「あっ、アーサー様! こんにちは。見てください、この盛り上がり! 皆さんとても楽しそうで、全てアーサー様のおかげです!」


「僕はトランプを思いついただけだから。リリーやティナ、村のみんなのおかげだよ。」


「そう言っていただけると嬉しいです! トランプの売上もぐんぐん伸びていて、もうすぐ王都の大商人たちにも目をつけられるかもしれません。」


「それなら安心だね! トランプが広がって、いろんな人たちが楽しんでくれたらいいね。」


「はい! ミア様にも気に入っていただけたようで、伯爵様から直々に取り寄せたいとのご連絡をいただいた時は、本当に驚きました!」


「そうなんだ。ミアとかダリウスさんとは面識があったんだね。まあ、そうやって広がっていくのはいいことだよ。」


僕はふと、気になっていたことを尋ねる。


「ところでさ、気になってることがあったんだけど……優勝賞品の鍵って、あれは何なの?」


リリーは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を戻した。


「ああ、鍵ですか? あれはですね……えーっと……。」


ちょうどその時、村人たちの声が響く。


「おーい、早くしろよ!」


リリーは顔を赤くして謝った。


「あっ、申し訳ありません! それでは2回戦試合開始してくださーい!」


僕は肩をすくめて軽く笑った。


「ごめんね。邪魔しちゃったみたいだね。まあ、何かあった時は呼んでよ。」


「すいませんアーサー様。バタバタしちゃってて。またゆっくり話せるといいですね!」


リリーとの会話を終え、僕は手を振りながらテーブルの間を抜けて戻る。


(結局、鍵のことは聞けなかったなぁ。まあ、ちょっと気になっただけだし、そこまで重要でもないだろう。)


そう考えつつ、ライラのもとへ戻る。


「ただいま、ライラ。様子はどう?」


「おかえりなさいませ、アーサー様。どうやらミア様は出だしが悪かったようで、少々苦戦しておられるようですね。」


ライラが静かに微笑みながら、ミアのテーブルを指さした。


視線を向けると、ミアが明らかに焦った表情でカードを睨んでいる。


(あちゃー、めちゃくちゃ焦ってるじゃん。それにしても、もう一人勝ち抜けたみたいだな。これ、結構まずいかも。)


僕は思わず声をかけた。


「ミアー! 落ち着いてー! まだ勝てるから、じっくり考えようよー!」


すると、ミアが勢いよくこちらを振り返る。


「うるさいですわ! わたくしのどこが落ち着いてないように見えますのよ!」


(いや、どう見ても焦ってるでしょ……。)


苦笑しながら、僕は適当に誤魔化すことにした。


「ごめんってー。怒ったら可愛い顔が台無しだよー。」


ミアの動きが一瞬止まる。驚いたような顔をしたかと思えば、すぐに胸を張った。


「かわいいですって!? ええ、そうですわ! わたくしはかわいいのですもの、負けるなんてありえませんわ!」


(……なんでそっちにはすぐ反応してやる気を出すんだよ。ほんと、わかりやすいなあ。)


僕が小声で呟くと、横のライラが穏やかな笑顔を浮かべる。


「こんなに感情豊かなお嬢様を見るのは、初めてです。これもアーサー様のおかげですね。」


「そんなこと言われても、僕には怒ってるようにしか見えないんだけど?」


ライラはクスクスと笑いながら、少し冗談めかして言う。


「あらあら、アーサー様にはまだ女心は難しすぎましたかね。ふふっ。」


(前世の記憶を入れたら、精神年齢は立派な大人のはずなんだけどな……いや、そもそも女の人と関わる機会が少なかったから、実際同じかもしれない。)


そんなことを考えているうちに、ミアのテーブルから一人勝ち抜けたようだった。


そして、次の瞬間――


「ミア、負けたのか。」


ライラが驚いたように声を上げる。


「あぁ! お嬢様、大丈夫でしょうか。あれ……様子が、なんだかいつもと違うような……。」


視線を向けると、そこには負けたのに満面の笑顔を浮かべているミアの姿があった。


(……え? いや、負けたよね? なのになんでそんな嬉しそうなの?)


ライラが小さくすすり泣いた。


「あんなに楽しそうなお嬢様の笑顔を見れるなんて……うぅ……。」


僕はライラの肩を軽く叩く。


「ほら、声をかけてきなよ。ミア、きっと待ってるよ。僕はここで待ってるから、気にせず行ってあげて。」


ライラは一瞬僕を見つめて、ゆっくりと頷く。


そして、スカートの裾を整えて、足早にミアのもとへ向かっていった。


(ふぅ……負けたけど、あんなに楽しそうにしちゃって。ほんとにめんどくさい子だけど……まあ、いい子だよな。)


僕はそんなことを考えながら、静かにその光景を見守っていた。

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