獲物と呼ばれた僕と女神の光
収穫祭2日目の朝。布団の中でもぞもぞしながら、ぼんやりと思う。
体がめちゃくちゃ重い。
「昨日、遊びすぎたか……?」
独り言が漏れた。全身ダルすぎる。
(1日目からあんなハードスケジュール、誰が予想したよ……)
今日はどうしよう。二度寝?アリだな。
いや、むしろ正解か? でもトランプ大会もあるし、教会にも行きたい。
結局、起きるしかないのか……?
(あー、考えるだけで疲れる……。こういうときこそ魔法の出番でしょ。)
(……ダメだ、何も思い浮かばない。魔法が使えても、こんなんじゃ意味ないな……)
そんなことをぐるぐる考えてたら、コンコンとドアを叩く音。
「アーサー様、朝食の準備ができていますよ。……もう起きていますよね?」
カレンの冷静な声。
(無視すれば諦めるかな……?)
息を殺してみる。
「失礼します。」
――開けるの早っ!?
ためらいゼロでカレンが部屋に入ってきた。
「今日は収穫祭最終日です。ラルフ様も、皆様も、ダイニングでお待ちですよ。」
カレンがいつもの淡々とした声で告げる。
(今日は部屋まで入ってくるのか……本当に面倒くさい……)
僕は布団をぐるぐる巻き直して、完全防御態勢に入る。
「ラルフ様から、『起きない場合は叩き起こして構わない』と仰せつかっています。」
布団の中で全身が硬直した。
(父さんがそんなことまで指示するなんて……!)
「そうですか。わかりました。これ以上言葉は不要ですね。」
――え? ちょっ、待って?
次の瞬間、布団越しに腕を掴まれた。
「ちょっ!? うわっ、なんだよ! やめてよ!」
必死に抵抗するが、カレンはびくともしない。
「起きましたか? ではこのまま引きずって行きますからね。」
「ちょ、待って待って! 起きた! 起きたからやめて! 今日は体が重いんだよ!」
「そうですか。では、お望み通り運んであげましょう。」
ニコリと笑ったカレンが、ぐいっと僕を引っ張り上げる。
「いや、そうじゃなくて……ごめんってば!!」
布団を諦め、情けない声を上げる僕。
「最初から素直に起きればよろしいのです。」
冷静なカレンに引きずられ、僕はなす術なく部屋を出ることになった。
(はぁ……朝から容赦ないな……。せっかくの収穫祭なのに、この扱い……)
ため息をつきつつ、ぼんやりと考える。
カレンに腕を引っ張られながら、ふらふらとダイニングに辿り着く。
朝食の匂いが漂ってきた。ほんのり甘い香りと香ばしいパンの匂い。
(あ~、いい匂い……けど、それどころじゃないんだよな)
「あら、カレン。それは今日の狩りの成果かしら?」
母さんがテーブル越しにニコニコしながら言う。
「ええ、動きが鈍そうな獲物でしたので、簡単に捕まりました。」
カレンが満足げに答えた。まだ僕の腕をがっちり掴んだまま。
(いや、獲物じゃないから!!)
「ふふ、アーサー、早く座りなさい。みんなお腹が空いているのよ? 遅れたらソフィーにも討伐されるかもしれないわよ?」
母さんが優雅に紅茶を口に運ぶ。冗談っぽく聞こえるけど、まるで他人事じゃない。
ちらっと横を見ると――
姉さんがじろりと睨んでいた。
(お腹が空いてるのか、それともただ機嫌が悪いのか……どっちにしろ関わりたくない)
「わかったよ、座ればいいんでしょ……」
渋々椅子に腰を下ろした瞬間、母さんがクスッと笑う。
「本当にカレンが運んできた獲物みたいね。」
「僕が獲物扱いされる意味がわからないんだけど……」
反論しようとした、その瞬間。
姉さんが無言でスプーンを手に取る。
軽く振り上げるその動きに、全身が警戒モードに突入する。
「何か文句でも?」
「いえ!! 全然ないです!!」
即座に姿勢を正し、食事に全集中。
(姉さんまで相手にするのは無理だ……)
静かにパンをかじりながら、内心で深いため息をついた。
そのとき、父さんが口を開く。
「昨日は大変だったが、無事2日目を迎えた。今日はそれぞれ自由に過ごしてくれ。貴族の方々にも、好きに楽しんでもらう予定だ」
そう言ったあと、一瞬だけ間を置く。周囲のざわめきが妙に遠く感じた。
「レナ、カレン、悪いがもう少し付き合ってくれ」
そこまでは軽い頼み事に聞こえた。けど、次の言葉で空気が変わる。
「貴族絡みで、何やら不穏な動きもある。……十分注意してほしい」
(……不穏な動き? なんのことだ?)
パンを咀嚼しながら考えていると、母さんの声が飛んできた。
「アーサー、あまりフラフラしないのよ。」
「わかってるよ。」
適当に返しながら、ふとレナを見る。
(……あれ、なんかちょっとしょんぼりしてる?)
そういえば昨日も何か気にしてたな。今日こそ、お土産を買ってあげなきゃ——。
「それで、昨日大変だった理由はなんだと思う、アーサー?」
父さんが僕に話を振ってきた。
「うーん……村の人たちが盛り上がりすぎて大変だった……とか? あとは、カトリーヌと姉さんがはしゃぎすぎて困ったくらいかな。」
僕が正直に答えた瞬間――
「お前のせいだろうが!」
「違うわよ! あんたのせいよ!」
案の定、二人が怒る。
「えー? 二人ともレースの時、めっちゃ盛り上がってたじゃん。僕のせいにしないでよ。」
肩をすくめると、カトリーヌと姉さんが不満げに言い返してきた。
「それはそうだけどよ……。」
「そんなこと、ないわよ!」
(どっちだよ)
「アーサー?」
母さんの声が、さっきより明らかに低い。
笑顔の温度が3℃くらい下がった気がする。
「程々にしなさい。」
「はい……。」
僕は渋々口を閉じた。
「まあ、アーサーが何も問題を起こさなければいいだけだ。そうすれば今日も無事終わるだろう。クリスも、昨日忙しかった分楽しんできてくれ。」
父さんがそう言うと、兄さんは軽く微笑んで頷いた。
「ありがとう、父さん。」
(なんだか僕が全部悪いみたいな流れだな……。まあ、否定はできないけど。でも、今日は何も起きないでしょ。村をふらっと回るだけだし。)
「アーサーは今日、どうするつもり? 何か予定はあるの?」
母さんが少し監視するような目で聞いてくる。
(なにこの視線……完全に要注意人物扱いじゃん……)
「一応、予定はあるよ。僕も忙しいんだ、色々と。」
適当に返した途端、姉さんがジト目で睨んできた。
「どうせまた余計なことする気でしょ? 今日はついて行かないからね。」
「別に来なくていいけど?」
「はあ?」
姉さんが思わず立ち上がりかける。やばい、これ以上煽ると命が危ない。
「アタシも今日は村でゆっくり酒でも飲むかなぁ。」
カトリーヌが肩を回しながらのんびり言う。
「カトリーヌ、飲みすぎないようにね。それにしても、アーサーを一人にするのは少し心配だわ……どうしましょうか。」
母さんが考え込む。
(え、なんでそんな大事みたいになってんの?)
「うーん、そうだな。」
父さんまで腕を組み始める。
(やばい、監視体制が強化される流れ……!)
「大丈夫だよ!」
慌てて話を切り上げるように言う。
「今日はのんびり過ごしたいだけだし、誰にも迷惑かけないよ。村には知り合いもいるし。」
父さんはしばらく僕をじっと見て、それからゆっくり頷いた。
「わかった。ただし、変な気は起こすなよ。それと、危険な場合以外は魔法を使わないように。」
「はーい。」
適当に返事をして、心の中でガッツポーズ。
(ふう、なんとかなった……! もう少しで一人で行動できないところだった……。)
僕は席を立ち、レナの方を振り返る。
「よし、じゃあレナ、行こうか!」
「そんなの、騙されませんから! アーサー様、すぐ意地悪なこと言うんですから!」
レナがぷくっと頬を膨らませて横を向く。
(可愛いな……じゃなくて、これは早めに機嫌を取らねば)
「ごめんって! 今日こそお土産買ってくるからさ、期待しててよ。」
「……お土産に免じて、許してあげます。でも、美味しいものがいいです!」
ちょっと頬を赤らめながら答えるレナに、僕は笑顔で頷いた。
「はは、わかったよ。じゃあ、行ってくるね。」
家族の笑い声が響く中、僕はダイニングを後にした。
―――
村に到着し、馬車を降りる。地面を踏むと、すぐに活気が伝わってきた。
賑やかな声が響き、近くの屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「さて、今日はのんびり過ごすつもりだけど……何しようかな。お土産のことも考えなきゃだし、教会にも寄っておきたい。でも、これって結局めんどくさいことの連続だよな……。」
(まずは……どこ行くか。)
周囲をぐるっと見回す。馴染みの店主たちが忙しそうに働いている。
「アーサー様、お一人で来られたのですか?」
突然声をかけられ、振り向く。
野菜を運んでいた村人が、元気いっぱいの笑顔でこちらを見ていた。
「うん。今日は父さんたちとは別行動。」
「そうですか、そうですか! では、ぜひうちのトマトも見ていってください!」
満面の笑みで、野菜のカゴを指さす村人。
(いや、別にトマトは求めてないけど……無視するのも悪いか。)
「あとで寄るよ。ありがとう。」
適当に受け流しつつ、村の外れへと歩き出した。
小さな木造の教会が視界に入る。
周囲には花壇が整えられ、どこか温かみのある静かな空気が漂っていた。
「ようやく教会に来れたな。」
ぽつりと呟く。
(来ようと思えばいつでも来れたのに、なんだかんだで後回しになってたんだよな……収穫祭のタイミングでやっと来れたか。)
懐かしい教会の佇まいに、少しだけ感慨がよぎる。
「神父さんやシスター、いるかな?」
独り言をこぼしながら、扉へ向かう。
古びた木製の扉に手をかけ、軽く押すと――
ギィ――
心地よい音とともに、清らかな空気が流れ出してきた。
僕は小さく息を吸い、そっと足を踏み入れる。
「おや、アーサー様ではありませんか。ようこそお越しくださいました。」
柔らかな声とともに現れたのは、一人のシスター。
穏やかな微笑みを浮かべ、僕に会釈する。
「こんにちは、シスター。」
軽く手を挙げて挨拶を返す。
「ちょっと様子を見に来ただけだけど、大丈夫だった?」
「もちろん、大丈夫ですよ。」
シスターは目を細め、穏やかに頷く。
「お一人で来られたのでしょうか?」
「そう。みんな収穫祭で忙しいからね。僕は少し暇だったから、ここに来てみたんだ。」
なんとなく祭壇の方を見ながら言うと、シスターは微笑みを深めた。
「ふふ、そうですね。神父様も収穫祭の用事で広場に行っておられます。昼からは儀式がありますからね。」
(へえ……教会もそれなりに忙しいのか。)
「みんな忙しそうだね。」
軽く息をつきながら、教会内を見渡す。
「えっと、ちょっと祈っていってもいいかな?」
「もちろんですとも、アーサー様。」
シスターは小さく頷き、手で祭壇を示す。
「どうぞ、ごゆっくり。」
「ありがとう。」
感謝を述べ、僕は女神像の前に進んだ。
静謐な空気と淡い光が満ちた祭壇――心が落ち着く。
(よし、こんな感じでいいかな? ちょっと祈ってみるか。)
姿勢を正し、目を閉じ、手を合わせる。
(……女神様。とりあえず、この世界に連れてきていただいてありがとうございます。今は楽しく暮らせてる……ような気もします。忙しい気もしますが、なんとか頑張っています。)
――その瞬間だった。
女神像が、ふわっと光を放つ。
「おおっ!」
思わず声が漏れる。
(ま、まさか……これ、女神様が見てくれてるってこと!?)
試しにもう一度、心の中で話しかけてみる。
(女神様? 女神様? お元気ですかー?)
ぽわんっ
再び像が柔らかな光を放つ。
(ほんとだ! 光った! これ、絶対反応してる!!)
興奮した僕は、さらに試すことにした。
(おーい、女神様ー。聞いてますかー?)
ぽわんっ
(まじか……!? こんなノリで祈っていいのか……!?)
もはや半分遊びになりつつあるが、ここまで来たら確認せずにはいられない。
(もしもーし。聞いていたら返事をしていただけませんかー?)
その瞬間――
像がさっきよりも強い光を放ち、 教会全体が白く染まるような輝きが広がった。
そして、その光とともに。
どこか冷たいようでいて、響き渡るような声が降ってきた。
「なによ?」
「えっ!?」
僕は驚きのあまり、目を見開いた。




