その日、彼は伝説になってしまった。
僕は広場の椅子に座り込んでいた。
「ふぅ…」と息を吐き、椅子の背にもたれかかる。
疲れた体を感じながら、目の前の賑やかな広場をぼんやりと見渡した。
(収穫祭は楽しいけど、なんだかちょっと疲れたな…)
僕はふと空を見上げ、少し息をついた。
カトリーヌや姉さんもいるのが原因かもしれない。
あの二人、どうしても子供っぽいところがあるから…
焚き火の音が静かに燃え、遠くからは楽しげな踊りの音が聞こえる。
夜は、焚き火の周りで踊るはずだ。
だけど、今はもう記憶も曖昧で——。
「……今日はいいや。」
そう呟き、そっと周囲を見渡す。
賑わう人々の輪の中に加わる理由は、特にない。
ただ、今はひとりで静かに過ごしたかった。
でも…なんだっけ?
「思い出せそうで、思い出せない。」
頭の中で何かが引っかかる。何度も思い返すうちに、ようやく思い出した!
カトリーヌのお説教だ。
「……あぁ、やっぱりか。」
その瞬間、心の中でため息が漏れた。
無意識に手で顔をこする。
逃げたい。でも、逃げられない。
魔法を使っている以上、どうしても避けられないんだよな……。
(あれ?なんかおかしいな…どうしたんだろう?)
小さく首をかしげ、僕は足元を見つめた。
そのうち、なんとなく胸の奥に不安がこみ上げてきて、いつの間にか深く考え込んでいた。
僕が顔を上げると、少し違和感を感じて周囲を見渡した。
広場のざわめきが、どこかいつもと違って聞こえる。
最初は静かだったのに、徐々に熱を帯びてきて――
村人たちが、僕をじっと見つめている…?
(な、なにこれ?どうしてみんな僕を見てるんだ…?)
ふと、目の前に現れたのは、みんなの笑顔。
(なんだろ、もしかして僕みたいな顔が目立つのかな…?いや、そんなことはないよな…。)
そんなことを考えながらも、なんとなく笑顔を返してみた。
すると、村人たちが更に大きな笑顔で反応してきた。
(僕、座っただけだよな!? 何が起こってるの!?)
恐る恐る笑顔を返してみたら、なぜかさらに沸いた。
……え、なんで???
いや、待てよ…。もしかして、僕ってかっこよすぎる…?
そんなわけないよな。うーん、でも…
少し、考えてから——試しに、手を振ってみた。
すると、村人たちが、まるでアイドルを見ているかのように黄色い声援を送ってきた。
「わぁ~、見て!アーサー様が座ったわ!」
「キャー!!」
「アーサー様!すごい、こんなに注目されているなんて!」
え、待って待って待って!?
まさか僕、アイドル扱いされてるの!?
村人たちの熱気に、家族や貴族たちまでこっちを見始めた。
なんかみんな僕を見てる?
ちょっと混乱しながら、試しに手を振ってみる。
すると――
村人たちは一斉に満面の笑顔になり、スイッチを入れたかのように手を振り返してきた。
(え、なんだこれ…?)
その勢いに押されて、なんとなく家族にも手を振ってみる。
家族たちは普通に振り返してくれたけど、特に変わった感じはしない。
うーん……まぁ、いつも通りだよな。
それでもなんとなく気になり、ふと目に入った貴族の女の子に手を振った。
――その瞬間。
"バチィッ!!"
まるで雷が落ちたような "殺意MAX" の視線が突き刺さる。
「ひっ!? な、なんで!?」
女の子は鬼の形相で、こちらを ガン睨み していた。
えっ、僕、今、ただ手を振っただけだよね!?!?
ま、まさか……何か地雷踏んだのか!?
でも……モテてるわけじゃないってのは、確実に分かった。
……いや、それどころか、完全に敵認定されてない!?
周囲を伺うと、村人たちがどんどん騒ぎ始め、家族たちは村長と何か話している。
「アーサー、頑張れー!!」
「お前なら絶対やれる!!!」
「今世紀最大の奇跡を見せてください!!!」
家族が手を振ってくる。声でかいなあ……。
「頑張れって…何を頑張るんだよ?」
不安そうに呟いたけど、村人たちの応援はますますヒートアップしていく。
「アーサー様!! あなたがこの町を救うのです!!! 行けぇぇぇぇぇぇ!!!」
「神に愛されし英雄よ!! ここで立ち上がるのだ!!!」
「勇者アーサー様!!! 伝説の幕開けだぁぁぁぁぁ!!!」
え、待って待って待って!!! 何を頑張るの!?!?!?
……いや、いやいや、ほんとに何!? 何と戦わされるの僕!?
周りを見渡すと、誰も説明してくれない。
ただ、みんなが 「信じてる!!!」 って顔でこちらを見つめている。
わからない…何を頑張ればいいんだよ…
ま、待って、まさか本当に魔物でも来るのか…?
急に胸がザワつく。息を飲み、そっと手で顔を覆う。
……こ、怖すぎる。もうこのまま消えたい……
誰か助けて。僕ただ座ってただけなのに。
でも、この雰囲気で黙ってるのはまずい気がする……。
とりあえず、笑顔を引きつらせながら、
「え、あ、うん……が、がんばるよ?」
と、なんとか返事をしてみた。
――その瞬間。
「……え?」
一瞬の沈黙。
そして、次の瞬間――
「おぉっ!?」「言ったぞ!!」「アーサー様が今!!」「はっきりと言葉にされたぞ!!!」
村人たちは一斉に立ち上がり、互いに顔を見合わせながら興奮の渦に飲み込まれていく。
「おおおおおおおおおお!!!!!!」
え、なんで!? なんでそんなに盛り上がるの!?!?
その音量はまるで空気を震わせるようで、周囲の人々まで振り返るほどだった。
うーん、どうしてみんなこんなに盛り上がってるんだ?
何が起こってるのか全然わかんないよ…
レナが叫んだ。
「アーサー様のこと、絶対忘れませんから!」
(待って……僕、どこかに旅立つ予定あったっけ?)
次に父さんが、にやにやしながら言った。
「アーサー、頼んだぞ! お前ならやってくれると信じてた。」
(なにその、圧倒的な期待感!?)
その言葉が心臓にズシンと響き、僕は息を呑む。
さらに、母さんが優しく微笑んで言った。
「ええ、あなたならできるわ。だって私たちの子ですもの。」
(えっっっ!? いやいや、なにそれ!? 責任重大すぎない!?)
まるで大きな石を乗せられたみたいに、胸が重くなる。
もうダメだ。限界だ。
声が震えながら、思わず叫んでしまった。
「いや、いやいや!! どうして!? 何の話!? ねえ誰か説明して!!」
「どうして!? なんでみんながそんな目で見てるの!?!」
でも――
その問いに答えてくれる人は、誰もいなかった。
みんな、僕を見ている。
その視線が、痛いくらいに突き刺さる。
そんな中――
「アーサー様!さあ、あなたの旋律を聴かせてください!!!」
「……え?」
突如響いた大声。
せ、旋律??? ちょ、待って待って!! なんで!? どうして僕が!?
僕は思わず声を震わせた。
急に振られた "謎すぎる役目" に、脳がフリーズする。
みんながじっと僕を見つめ、まるで 「さあ、やれ」 って言わんばかりに圧をかけてくる。
(な、何が起きてるんだ……!?)
心臓の音がどんどん大きくなり、息が苦しくなる。
そして――
「ガタッ!!!」
突然、何かが動いた音。
次の瞬間、布がバサッと落ちる。
……目の前にあったのは。
ピカピカの黒いピアノだった。
「……は?」
まばたきする。 もう一度見る。
ピアノ。
いや、なんでだよ!!!!!
村人たちの歓声が 「うおおおおおおおお!!!」 と一気に上がる。
待て待て待て待て!!! なんでこんな流れになってんの!?!?!?
その音が、僕の頭をどんどん締め付ける。
「まさか、これ……あの集会場にあったピアノじゃないか!?」
うわ、まじかよ……どうしてこんなところに!?
なぜ今、目の前にピアノがあるんだ!!!?
ただただ困惑して、足がすくむ。
「さすが!!神童! !」
「さあ、アーサー様の演奏だ!!!!!」
「伝説が今、ここに――!!!!!」
僕、ついさっきまで広場でボーッとしてただけなんだけど!?!?
でも、村人たちはもう 「やるぞ!!!」 みたいなノリで準備万端。
え、やるって演奏!? いやバカなの!?!?!?
家族を見上げると、みんな 「頑張れ!!!」 という眼差し。
母さんは満面の笑みで、
「あなたなら大丈夫よ」
だから大丈夫じゃないって!!!!!!
僕は、 「立ち上がる」 という選択肢を取る。
これしかない。
そう、ここで――
「あ、あの……」
静寂。
皆が、一斉に僕を見つめた。
(……え? なんでこんなに静かに……?)
誰も、何も言わない。
ただ、 圧倒的な期待の目 が、僕を貫く。
「…………」
「……すいません。」
ストン。
……どうしたらいいのか全然分からない。
静寂の中、心臓の鼓動が、うるさく響く。
どくん、どくん、どくん。
「どうしよう、どうしたらいいんだ!?」
頭の中でぐるぐると回る思考。
目の前の村人たちが、 「さあ、演奏を」 と命じるように、じっと僕を見ている。
無理無理無理!! こんなの僕にできるわけが――
「さあ、皆さん!!準備が整ったようです!!!」
村長の声が響いた。
「さぁさぁ、アーサー様のために!! もっともっと大きな拍手を!!!」
\パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!!!/
(えっ!?ちょっ、待っ――!!??)
拍手の嵐。
広場が、一斉に爆発したように沸き立つ。
村長落ち着いて!?!? 僕、そんなにすごい人間じゃないから!!!
耳をつんざくような拍手が、まるで "絶対に逃がさない" と言わんばかりに僕を包み込む。
「待ってよ!! 準備なんてしてない!! 勝手に進めないで!!!」
でも、もう遅い。
拍手が止まらない。
どんどん、鼓動が大きくなる。
どくん、どくん、どくん…。
汗が額を伝い、背中を冷たいものが駆け抜ける。
指先が震える。喉が渇く。
やらなきゃいけないのか!?
本当に……本当に、これをやらなきゃいけないのか!?
何で……何でこんなことになってるんだよ!!
心臓の音が、頭の中でぐるぐると反響する。
逃げたい。でも、逃げられない。
みんなの目が、まるでこの瞬間を待ちわびていたかのように、僕を見つめている。
どくん。
どくん……。
耳の奥で、自分の鼓動が響く。
もう、どうにでもなれ――
意を決して、震える手をピアノに伸ばす。
――ポロン。
たった一音が、静寂を切り裂いた。
(やばい、やっちまった!!!!!!)
一瞬の沈黙。
その刹那――
村人たちが一斉に総立ちになり、会場が爆発したように沸き立つ!!!!!
「すごい!アーサー様!!」
「神童だ!!まさに奇跡の一音!!!」
「伝説が……生まれたぁぁぁぁ!!!!」
(えっ!? なんで!? ただ鍵盤押しただけなんだけど!!!!!!)
僕の心臓は激しく打ち、顔が引きつる。
このまま……続けるしかないのか!?
「うおおおおおおお!!!!!」
村人たちの熱狂が、まるで波のように押し寄せてくる。
なんだよ、こいつら!!! どうなってんだ、この村は!!!!
思わず頭を抱えそうになった、その時――
「アーサー! 早く弾きなさいよ! 何やってんのよ!!!」
姉さんの声が耳をつんざくように響く。
(うるさい!!!!)
限界を超えた僕は、思わず 「勝手なこと言ってふざけんじゃねえよ…!!」 とボソッと悪態をついた。
……あれ? 口悪ッ!?
自分でびっくりした。
ダメだ……やばい、頭がぐるぐるする……!!
目の前の視界が回るような感覚に陥る。
このままだと、本当にしゃがみ込んでしまいそうだった。
だから――
僕は、深呼吸をした。
ゆっくりと、息を吸って、ふっと吐き出す。
ふと、空を見上げた。
「……あぁ、空が、綺麗だな。」
さっきまでの混乱も、みんなの期待も――
ちっぽけに思えた。
なんだか、少しだけ落ち着いた気がした。
僕はゆっくりと腕を下ろし、震える指を鍵盤へと伸ばす。
その瞬間、体中に ピンッ と張り詰めるような緊張が走った。
もう、ここまできたら……やるしかないか。
小さく息を吐く。
胸の奥が、妙に静かだ。
「どうせ失敗しても……怒られないだろ……」
自分に言い聞かせるように呟く。
でも、手のひらが冷たい。
指がまるで鉛みたいに重く、うまく動かせない。
それでも――
僕は、震える指を、鍵盤にそっと置いた。
静寂。
心臓の鼓動だけが、耳の奥で響く。
そして――
「……ポロン。」
たった一音が、静寂を切り裂いた。
その瞬間、空気が震え、村人たちが息を呑む気配が伝わってくる。
演奏が、始まった。
指が鍵盤に触れるたび、軽く震えながらも、エリーゼのために のメロディーが確かに響き始める。
(……出た……音が、出た……)
指先の感覚を何度も確かめる。
最初はぎこちなく、戸惑いながらも――
音符が、一つ、また一つと、流れ始めた。
ポロン……ポロン……
その瞬間、会場の隅から、低く驚きの声が漏れる。
「おお……これが……」
「すごい……本当に弾いてる……!」
「まるで魔法みたいだ……!」
「信じられない……!」
そのざわめきが、少しずつ広がっていく。
僕の耳に届くのは、ピアノの音と、観衆のどよめき――。
(……本当にってなんだよ)
思わず心の中でツッコむけど、そんな余裕もすぐに消える。
今は、音を止めちゃダメだ。
もう、後には引けない――
指を鍵盤に押し込み、次々と音が流れていく。
メロディーが少しずつ形を成し、リズムが僕の中に染み込んでくる。
……大丈夫だ……いける……
心が、すっと軽くなる。
少し顔を上げると、村人たちの目がまっすぐに僕を見つめていた。
でも、今はそれに惑わされない。
もう、周りの声も、期待も、僕を縛るものじゃない。
今はただ、指を動かすだけ――
音を、奏でるだけだ。
家族から驚きの声が飛び交う。
「なんだ、これは…!? これが本当にアーサーなのか!?」
「すごいわね、あのアーサーが…!」
「知ってたけど、ここまでとは…!」
「声が…出ない…」
「アーサー様、素晴らしいです…!」
「プリン様、崇めます!」
「やるじゃねえか、アーサー! 宮廷楽士でも目指すか?」
カトリーヌが、にやりと笑う。
その熱気の中、僕は最後の音符を響かせる。
――静寂。
次の瞬間、村全体が爆発するような拍手に包まれた。
「ありがとう!」
思わず一礼すると、歓声はさらに大きくなる。
いやいや、こんなの偶然うまくいっただけなのに!!
村人たちの顔はキラキラと輝き、何人かは涙まで流している。
うわ、泣いてる人もいる!? そんな感動モノだったっけ!?
ふと視線を感じ、ちらりと横を見る。
――貴族の女の子と目が合った。
(……ん?)
何かを言いたげな、その紅い瞳。
けど、考える間もなく、家族の声が僕を呼ぶ。
僕はそっちに向かって、ゆっくりと歩き出した。




