魔力の衝動、訓練の先に
今日は収穫前最後の魔法訓練。僕たちはエルムウッドの森の外れに来ていた。
森の中より魔力を感じやすい開けた場所だ。
「今日は何やるの?」僕は少し不安げに聞いた。
カトリーヌは、手を腰に当てて振り返り、にやりと笑う。
「収穫前の最後の訓練だろ?今までの成果を試すいい機会だ。楽しみにしてるんだろ?」
「いや、別に楽しみじゃないけど…最近なんかすごく眠くて」
僕は素直に答える。
カトリーヌは眉をひそめる。
「なんだ、それ?そんなことでどうするよ!訓練だぞ、しっかりしろ!」
「わかったよ…」僕は渋々返した。
(最近やたら眠いんだよな……魔力のせい?)
心の中で思いながら、木々の葉の音を聞く。
カトリーヌが僕を見つめながら、声を続ける。
「で、お前、もう無詠唱魔法使えるよな? でもさ、それってそんな簡単なもんじゃねえんだ。普通はCランクの冒険者くらいになって、やっとこさ使い始めるレベルなんだ。」
「ふーん、確かに詠唱破棄のことも前に聞いた気がするけど?」
僕は少し首をかしげて言った。
「おっと、それも言ったか?すまん、すっかり忘れてた。最近物忘れがひどくてな」
カトリーヌが少し照れくさそうに頭を掻く。
「お酒の飲みすぎじゃないの?同じことを何度も言うし」
僕は冗談を言って、少し肩の力を抜く。
「お前、失礼だな!でもな、アーサーがどんどん成長してるのを見ると嬉しいんだよ」
カトリーヌが豪快に笑いながら言った。
「いや、お酒の理由を僕に求めないでよ…」僕は呆れたように答える。
「気にすんな!じゃあ、さっそく訓練を始めるぞ!」
カトリーヌが拳を握りしめて、気合いを入れて言う。
「前にも言ったけど、アタシは火魔法しか使えない。だから、最近教えた火魔法を試してみろ。どれだけできるようになったか見せてくれ。」とにっこり笑った。
「はいはい。」と僕は面倒くさそうに答える。
「はいは1回だけだ!」とカトリーヌが、僕の反応をあざ笑うように言う。
「はーい。」と僕が少し肩をすくめると、カトリーヌがすぐに続ける。
「その『はい』、伸ばすな!」
(めんどくさいなあ)と心の中でため息をつきつつ、
「もういい? 撃っても?」
「いつでも撃てって言ってんだろ、さっさとやれ。」
彼女が少し急かすように言う。
「じゃあ。」
カトリーヌはその動きをじっと見守っている。
「フレイムダート!」
細長い炎の矢が放たれた瞬間、空気が裂ける。湿った草と小さな木々を狙い、一直線に飛ぶ。
けれど――アーサーの魔力は普通じゃない。矢は飛ぶたびに熱を膨らませ、周囲の空気を焦がしていく。
生き物のようにうねりながら、轟々と燃え盛り、森に響く爆ぜる音。
「うわっ!ちょっと、これまずくない?」
僕は炎の広がりを見て焦りながら叫んだ。
「アーサー!止めろ!火が燃え移ってるじゃねぇか!」
カトリーヌが大声で叫びながら駆け寄ってきた。
「もう、止めてるよ!」僕は焦って言い返した。
「頼む!水魔法で消してくれ!これ以上広がったら本当に手がつけられなくなるぞ!」
カトリーヌが身を乗り出して言った。
「ふぅ……仕方ないなぁ。」
僕は軽く指を弾いた。
すると、澄んだ水が宙に舞い、炎を包み込んでいく。
瞬く間に火が消え、白い蒸気がゆっくりと立ち上った。
「はい、終わり。」
火が消え、周囲が静まり返ると、彼女は少し落ち着いた様子で言った。
「分かったか?アーサー。火魔法ってのは、力加減が大事なんだぞ。場所を選ばないと、すぐこうなる。」
「でも、そもそも森で火魔法を使うのが間違いじゃない?」
「そりゃそうだな!!」
「いや、笑って誤魔化さないでよ!!」
カトリーヌは大笑いしながら肩をすくめた。
(……ほんとにこの人、何考えてるんだ?)
僕は内心呆れながら思った。
「それにしても、アーサーの魔力量、半端ねえな。普通の魔法使いなんか、足元にも及ばねぇぞ。」
カトリーヌは目を丸くする。
「へぇ、僕の方が多いんだ?」僕は驚きながら尋ねた。
「アタシもそこそこあるけど、アーサーの方がぶっちぎりだな。学院に行きゃ正確に測れるんだろうが、こっちじゃそんな便利なもんはねえしな。」
カトリーヌはにやっとした表情をした。
「別に、そんなこと知りたくないし。」
僕はちょっと焦りながら答えた。
「なんでだよ?行ってみればいい経験になると思うぞ?」
カトリーヌは無邪気に言った。
「そんな経験、今はいらないよ。面倒くさいし、それに、今行ったってまだ早すぎるでしょ?」
僕は手を振った。
「まあな。今行ったら、『隠し事』があるからバレるのもやばいしな。まだ、早いな」
彼女は真顔でつぶやく。
「でしょ?だから、今はカトリーヌに教えてもらうほうが楽しいって」
僕は軽く笑った。
「楽しい?それじゃ、これからも厳しく訓練してやるから覚悟しとけよ!」
カトリーヌは目を細めて言った。
「なんでだよ!それ、全然楽しくないじゃん!」
僕はムッとしながら抗議した。
カトリーヌはじっと僕を見て、にやりと笑う。
「……アタシが楽しいからな!」
「おい!!」
(本当に疲れる人だな。でも、ちゃんと僕のこと考えてくれてるんだよな…)
僕はため息交じりに思った。
「まあ、そんな感じで詠唱破棄のほうが威力が強くなる。お前の場合は……無詠唱でも十分だがな。」
カトリーヌは腕を組みながら、満足げに頷いた。
「覚えておくよ。まあ、人に向けて撃ちたくないけどね。」
僕が肩をすくめると、カトリーヌは鼻で笑う。
「そうも言ってられねえぞ?悪い奴らはいくらでもいる。魔物や魔族だっているんだからな。危なくなったら迷わず使え。」
カトリーヌが少し黙り込んで、真剣な顔つきで僕を見つめる。
「でも、身体強化はどこに行っても使うなよ。」
彼女の声が、一段低くなる。
「……あの力は危ねえ。ただの筋力強化じゃねえんだ。お前が自分を制御できなくなるかもしれねえ。」
カトリーヌは腕を組み、少しだけ眉を寄せる。
いつもは飄々としているのに、今の彼女は……まるで、何かを恐れているようにも見えた。
「しっかり覚えろよ?」
彼女の声が低くなる。
「――いつまでもアタシがいるとは限らねえんだ。」
一瞬の沈黙。
風が枝葉を揺らし、ざわ……と草が擦れる音が響いた。
「……はいはい、わかったよ。」
僕は適当に返事をして肩をすくめる。しかし――
バシィッ!
突然、カトリーヌの手が宙を裂いたかと思うと、僕の頭にパシッと手刀が落ちた。
「はいは一回だ!学べ!!」
「いちいち反応がデカいんだよな、この人……。」
僕が小声でぼやくと、カトリーヌがニヤリと笑った。
そして――
「ん?なんか言ったか~?」
肩を組んできたその力が、さっきより明らかに強い。
「うわっ、痛い痛い!冗談!冗談だから!!」
肩を押さえながら、僕はカトリーヌを睨む。
「毎回それやるの、やめてくれない?」
カトリーヌは楽しそうに鼻を鳴らす。
「で、次はどうするの?」
僕が話題を変えると、カトリーヌは「おお?」と僅かに動きを止めた。
一瞬の間があり――そして、すぐに目を逸らす。
「おう、えっと……なにするよ?考えてなかったわ。すまん。」
「ほんとに先生なの?」
呆れ半分で言うと、カトリーヌは妙に誇らしげに胸を張った。
「最近物忘れが多くてな。学べ!」
「それ、教える前に自分が覚えてよ。」
「覚えてるんだよ、ただタイミングが悪かっただけだ!」
「どんな言い訳なの…それ、単に忘れてただけじゃん!」
「まあ、いい。次は魔力障壁についてでもするか。」
「それ、今度こそ覚えてるんだろうね…?」
彼女はすぐに態度を切り替え、腕を組み直した。
**一気に雰囲気が引き締まる。**まるで戦場に立つ戦士のように、真剣な眼差しを向けてくる。
「よし、並べ!」
「1人だよ!もう、めちゃくちゃだよ。」
カトリーヌが口元を緩ませ、軽く微笑む。
「戦闘では必ず使う魔法だ。防御魔法は絶対に不可欠なものだ。覚えとけよ。」
「ふーん、どうやるの?」
僕は興味なさげに指をくるくる回しながら聞く。すると――
「自分のマナを使って障壁を張る。魔力量が多けりゃ、それだけ頑丈な障壁ができる。だが、そのぶん魔力の消費もバカにならねえ。お前が使ったら、下手すりゃぶっ倒れるぞ。……ま、単純に言やあ、そんなとこだ。」
カトリーヌはわざと軽く説明するような口調だったが、その表情にはどこか深刻さが滲んでいた。
僕は盛大にため息をつく。
「嫌だよ、そんな魔法。なんで倒れるのに使わなきゃいけないの……?」
カトリーヌはニヤリと笑った。
「……生きるか。死ぬか。」
風の音が静かに響く。
「選べ!」
「そういう世界だ。」
背筋がゾワリとする。その口調には、一切の迷いがなかった。
冗談じゃない。本気で言っている。
「いや、僕の場合死ぬ方しか選べないんだけど……」
思わず呟くと、カトリーヌは豪快に笑いながら拳を鳴らした。
「そうだな。使い方さえ学べばアーサーでも障壁は展開できるぞ。調整は、ちと難しいがな。」
「最初から言ってよ。それで?どうやって使えばいいの?」
「殴るから使ってみろ。」
「だから、どうやってやるのか言ってんの!」
「体で覚えるしかねえんだ。自分の中のマナを使って感覚で覚えていけ。」
カトリーヌはニヤリと笑い、拳を握り直す。肩が少し下がり、完全に「構え」に入った。
――本当に殴るつもりだ。**僕はじりじりと後ずさる。
「わかったから殴るのやめてよ。もっと違う方法にしてほしいな。」
「ん? どんな方法がいいんだ?」
「小石を投げるとかさ。枝を投げるとかさ。」
「いいぞ。ちょっと待ってろ。」
カトリーヌがどこかへ走っていく。
(……意外と素直じゃん。)
そう思っていたら、彼女が戻ってきた。
手には……
「それ岩じゃん!! 死んじゃうよ!!」
思わず叫ぶと、カトリーヌは肩の上にその「小石(?)」を軽々と乗せる。
「そうか? アタシからしたら小石なんだがなあ。」
僕は頭を抱えた。カトリーヌはさらっとしているけど、こっちにとっては命の危機だ。
「じゃあ、その枝とかは?」
「それは大木だよ!! 頭どうにかなってんじゃないの!?」
「えぇ、アタシは小枝にしか見えないぞ。文句が多いやつは罰だ!!」
指をパチンと鳴らした――
ボォッ!!
空気が震える。赤い光が目の前で弾けた。
「ちょっ!? なんで火の玉出してんの!?!?」
「まあ、さっきのは冗談だ。安心しろよ。」
「そっちも冗談にしてよ!!」
僕は飛び上がった。目の前に、燃え盛る炎の球体が浮かんでいる。
「そんなの飛んできたら森がまた燃えちゃうでしょ!!」
「燃やしたくなかったら受けろ!!」
「そんな森を人質みたいにしないでよ! バカなんじゃないの!!」
火の玉が一直線に飛んできた。反射的に飛び退く。背後で――
「ボンッ!!」
嫌な音がした。
振り向くと……
「えっ、燃えてない?」
「大丈夫だ、安心していいぞ。木に届く前に消してるからな。」
カトリーヌは腕を組んで偉そうに頷いた。
「ほら、次いくぞ!」
「……いや、それでも当たったら熱いでしょ!?」
カトリーヌは軽く肩をすくめながら、次の火の玉を手のひらに集める。
「当たる前に消してやろうかと思ったけど、それじゃ意味ないんだよなぁ。どうすっかな…」
「じゃあさ、もうやめない?」
僕は半分冗談で言った。
カトリーヌが堂々と胸を張って答える。
「バカ言え、これは試練だ!」
「まあ、小さかったら大丈夫だろ。」
その言葉を合図に、小さな火の玉を手のひらからふっと放つ。
すぐに、僕は水魔法でその火の玉を消し去った。
「…ったく。それじゃあ、修行になんねえだろうが。」
カトリーヌが腕を組んで、不満そうに言う。
「そんなの知らないよ。」
僕は少しだけ肩をすぼめて返した。
カトリーヌは再び火の玉を放つ準備をする。
「まあ、いい。次行くぞ。」
その瞬間、火の玉が次々と飛んできた。
数が増えるにつれて、だんだんその勢いが強くなってきて、なんだかおかしくなってきた。
「次だ!避けろ!」カトリーヌが叫ぶ。
「は?」僕は目を見開き、何が起こったのか理解できない。
その時、もっと大きな火球が目の前に飛んできた。
「ちょっ……これ無理無理無理無理無理!!!」
思わず声をあげると同時に、逃げるために足を踏み出した。
反射的に腕を前に出す。
すると――
バキィン!!!
透明な壁のようなものが、一瞬だけ目の前に現れた。
でも、すぐにパリンと砕けて、僕の服がちょっと焦げた。
「おおお!?アーサー、今ちょっと出せたぞ!!!」
「それどころじゃないよ!!!!」
服の裾をバタバタさせながら、僕は全力で叫んだ。
カトリーヌは豪快に笑いながら言う。
「よし、今のでコツは掴めただろ!」
「いや、掴めるわけないでしょ!!!」
カトリーヌは腕を組み、呆れたようにため息をついた。
「アーサーならもっとできるんだから、さっさと覚えろ。」
淡々とした声が響く。
僕は思わず顔を上げた。
カトリーヌは鋭い目で、まっすぐに僕を見ている。
ふざけた態度も、適当な笑いもない。
ただ、純粋な「期待」だけがそこにあった。
「……なんでそんなに僕にこだわるの?」
小さく呟くように聞くと、カトリーヌは一瞬だけ目をそらし、鼻で笑った。
風が吹いた。木々がざわめく。
そして、軽く僕の頭を 「ペチンッ」 と叩く。
「バカか。そんなの決まってんだろ?」
彼女は口の端を持ち上げ、ゆっくりと笑う。
「アタシが面倒見てる弟子なんだから――最強になってもらわねえと困るんだよ。」
僕は頭をさすりながら、少しだけ笑った。
「……はいはい、もういいよ。」
「よし! じゃあ、次の訓練行くぞ!!」
「えっ、もう!? 休憩とかは!?」
「休憩は成長を止める魔法だ! 行くぞ!!」
「そんな魔法ないよ!!!」
カトリーヌの豪快な笑い声が、森の中に響き渡った。
(やっぱりこの人と関わりたくない気がしてきた……)
こうして、僕の「魔力障壁トレーニング(?)」は、 続いていくのだった。




