プリン革命と甘い奇跡
小川のせせらぎが心地よく響く。雲ひとつない青空の下、木漏れ日が水面をきらめかせていた。
僕は石に腰掛け、小石を放る。水面で跳ねた石は、小さな波紋を残して消えていく。
「はあ……最近、ここに来てなかったなあ。」
思わず息を漏らし、小川に足を浸す。ひんやりとした水が肌を撫で、疲れが和らぐ気がした。
「魔法訓練、毎日あるから体も疲れちゃったよ。カトリーヌのおかげで上達したけど……休みの日はソフィ姉さんに振り回されっぱなし。」
水の中で足をばたつかせ、ぼやく。のんびりする時間も必要だよな、なんて思う。
「まあ……魔法が上達したのは確かだけど。」
流れる小川を眺める。静かで、なんだか落ち着く。
「でも、ちょっと疲れ気味だなあ。過労で倒れたりして……いやいや、それは笑えない。」
転生したのはいいけど、この体、妙に眠くなりやすいよな……。
「それに魔法も変だし、やっぱり教会に行くべきなのかな。」
村へ行ったとき、兄さんと一緒に教会に寄る機会があったのに見送ったのを少し後悔していた。
収穫祭のときにでも、行ってみるか……。
そう呟き、小川を眺める。静寂の中、さらさらと水が流れていた。
……ふと頭の中を、甘いもののイメージが横切る。
「最近、魔法訓練がキツすぎて、ご飯もあまり食べられない……」
「でも、甘いもの……食べたいな。」
口をついて出た呟きに、自分でも少し笑いそうになる。
ついでに頭の中で考えてみる。アイス? いや、まだ氷魔法はうまく使えない。
チョコ? カカオって、この世界にあるのかな。クッキーは……いつも食べてるし、
なんか違う。
「簡単に作れそうで、甘くて、しかも……おいしいやつ。うーん……なんだろ?」
ヨーグルト? 発酵がいるから違う。ケーキは……面倒そうだし。
頭を抱えながら思い出そうとしていると、突然、記憶の中にある一つのスイーツが閃いた。
「……プリン!」
あの甘さと滑らかさ……作れたら最高だ。
急いで厨房へ向かう。
厨房の扉を開けると、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
中ではゴドフリーが鍋をかき混ぜている。
「ゴドフリー、甘いものが食べたいんだけど。」
僕が声をかけると、ゴドフリーは鍋から顔を上げ、豪快に笑った。
「おっ、坊主!甘いものならそこの棚にあるクッキーだろ。ガハハ!」
指さした先には、焼きたてのクッキーが整然と並んでいる。
「いや、それじゃ物足りないんだよね。もっと新しい何かを作ってみたいんだ。」
そう言うと、ゴドフリーは手を止め、興味を引かれたように目を細めた。
「新しいって、どんなもんだ?まさかまた妙なこと考えてんのか?」
眉を上げる彼に、僕は少し胸を張りながら答える。
「まだ考え中だけど、材料を組み合わせればきっとすごいものができるはずだよ!」
自信たっぷりに言うと、ゴドフリーはニヤリと笑いながら腕を組んだ。
「ほう?面白いな。アー坊の考える『すごいもの』ってのを見せてもらおうじゃねえか。」
彼の好奇心に火がついたらしい。
棚を物色しながら、僕は記憶を手繰り寄せる。
「卵と砂糖と牛乳があれば作れると思うよ。」
ゴドフリーは目を丸くして笑い声を上げた。
「なんだ?そんな簡単なもんでいいのか?なんなら、そのへんの魔物の卵でも取ってきてやろうか?」
「やめてよ!普通の卵でいいってば!」
僕が即座に返すと、彼はますます笑いを深くしながら鍋を置いた。
「じゃあ、俺が手伝ってやるよ。そこのボウルに卵と砂糖を入れてかき混ぜりゃいいのか?」
「うん、でも泡立てないようにね。」
「ほう、随分と繊細な注文じゃねえか。まあそりゃそうか。」
言いながら彼は手際よく卵と砂糖を混ぜ始める。
その姿に少し感心しながら、僕は鍋に牛乳を注ぎ火にかけた。
(人肌くらいがちょうどいいんだっけ……確かそれくらいだったはず。)
鍋をかき混ぜながら頭の中で手順を思い返していると、ゴドフリーが顔を上げた。
「アー坊、これでいいのか?混ぜすぎてねえか?」
「大丈夫、それで十分だよ。」
火を止めた鍋を手に取り、彼の前に差し出す。
「じゃあ、これを少しずつ混ぜてみて。」
鍋を手にしたゴドフリーが目を輝かせながら頷く。
「おう、了解だ。」
彼はすぐに返事をして、再びボウルに向き直る。
鍋に砂糖と水を入れ火にかける。甘い香りが立ち上り
黄金色になったところで火を止め、熱湯を注ぐ。
じゅわっと泡立つ音に、思わず顔をしかめた。
(よし、いい感じだ。)
だが、そこで急に思い出した。
「あっ! ゴドフリー、なにか入れ物を出しておいて!」
「入れ物?どんなのだ?」
彼がボウルをかき混ぜながら振り向いた。
その時、僕の目に飛び込んできたのは、彼の手元に山盛りになったプリン液だった。
「えっ、それ……量、多くない?」
思わず指摘すると、彼は肩をすくめて笑った。
「どうせうちのお姫様やレナが食べたいって言うだろうからな。少し多めに作っといた。」
ゴドフリーの笑顔に、僕も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まあいいや。コップみたいなやつでいいよ。」
「わかった、取ってくる。」
そう言って彼は笑いながら棚の奥を物色し始めた。
ゴドフリーが持ってきたコップを受け取り、その中にカラメルソースを慎重に注ぐ。
琥珀色の液体がコップの底を薄く覆った。
次に、ゴドフリーが混ぜ終えたプリン液をその上からそっと流し込む。
「じゃあ、これを鍋で蒸します!」
僕がそう宣言すると、ゴドフリーは眉をひそめた。
「蒸すってなんだ?」
「蒸すは蒸すだよ。」
「だから、それが何だよ!」
彼の混乱した声に、僕は「ああ、この世界には蒸すって調理法がないのかも」と気付いた。
「こうやるんだ。」
鍋に水を張り、容器を並べ、火をつける。
そして蒸気が立ち上る様子を見せながら説明する。
「なるほどな。そうやって火を直接当てねえで熱するのか。アー坊、面白いこと考えるじゃねえか。」
「20分くらいでできるから、ちょっと待ってて。」
時間が経ち、鍋の蓋を開けると、容器の中にしっかりと固まったプリンができていた。
ゴドフリーが興味深そうに覗き込む。
「これで完成か?」
「いや、まだだよ。冷やさないと美味しくないんだ。」
プリンを冷蔵用の入れ物に移しながら僕は続けた。
「冷やすのに少し時間がかかるから、ちょっと待っててね。」
ゴドフリーは腕を組んで首をかしげた。
「そんなに時間かかるのか?夕食の支度もあるんだが、俺が見なくて大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。ゴドフリーの料理は間違いないから。」
椅子に座り、僕は支度を進める彼をぼんやりと見つめた。
(ゴドフリーの料理してる姿をじっくり見るのって、初めてかもな……。なんか料理してる姿、かっこいい。僕も料理してたら、あんなふうに見えるのかな。)
不意に、ふと思い出したように口を開いた。
「ゴドフリーって、父さんと母さんと冒険してたんだよね?」
彼は少し驚いたように顔を上げたあと、にっこりと笑った。
「そうだぞ。ラルフやフローレンスと一緒にな。あの頃は面白いことばっかりだった。」
「じゃあ、冒険してて面白かった話、聞かせてよ。」
ゴドフリーが目を細め、遠い昔の記憶を思い返すように口を開いた。
「若かったからな。無茶もしたし、いろんな場所を巡った。特にあいつらと組んでた頃は、毎日が騒がしかったよ。」
懐かしそうな声が、厨房に静かに響く。
「へえ、そうなんだ。」
僕が興味を引かれながら相槌を打つと、ゴドフリーは軽く笑って続けた。
「俺はそのパーティーで料理担当だったんだ。他のメンバーが料理なんてできなかったからな。」
「えっ、母さんも?」
僕の驚いた声に、ゴドフリーは力強くうなずいた。
「そうだぞ。それにラルフもだ。どっちも全然ダメだったな。」
「父さんはまあ分かるけど、あの母さんが料理できないなんて……なんか意外だなあ。いや、イメージ通りかも。」
僕がそう言うと、ゴドフリーは鍋をかき混ぜる手を止めて、苦笑いを浮かべた。
「イメージ通りが良いのか悪いのか……ま、どっちでもいいが、話を続けるぞ。」
言葉を選ぶように一息つくと、懐かしげに語り出した。
「ある時、ちょっと厄介な依頼でやばい森に入ったことがあってな。俺は珍しい食材でもないかと思って探してたんだ。」
「やばい森ってどんなところ?」
「まあ、一歩間違えれば命取りになる場所だな。でも、珍しい植物や動物が多いんだ。」
彼の言葉に緊張感を感じつつも、僕はその森を想像してみる。
深い緑に覆われ、昼間でも薄暗い、そんな場所だろうか。
「で、森の奥で見つけたのが、見たこともねえキノコだ。」
「キノコ? 食べても平気だったの?」
僕が身を乗り出して聞くと、ゴドフリーは自信満々に鼻を鳴らす。
「料理人の勘ってやつよ! 見りゃ分かる! ……たぶんな!」
「へぇ……で、それをどうしたの?」
「ラルフとフローレンスに食わせた。」
「なんで!? 自分で食べなかったの!?」
「まあ、その時は腹がいっぱいだったからな……。」
(おいおい、試食してない料理を人に出すなよ……。)
「で、美味かったのはいいんだが――」
ゴドフリーの声が少し低くなる。
「その夜、森の主が現れた。」
「森の主って……えっ!」
僕は息を呑む。
「ああ、でっけえ化け物だった。ラルフとフローレンスが命がけで戦ったが、俺には見向きもしねえ。」
「怪我はなかったの?」
ゴドフリーは一度頷き、それからニヤリと笑った。
「俺にはな。けど、あとで分かったんだ――」
「そのキノコが、森の主の好物だったってな。」
「……は?」
「そりゃ怒るわな。」
ゴドフリーは肩をすくめる。
「で、森の主をぶっ倒した後、ラルフにぶん殴られた。俺だけ無傷だったのが気に食わなかったらしい。」
「いや、そりゃそうでしょ!!」
ゴドフリーが肩をすくめ、鍋をかき混ぜながら笑う。
冒険の話が終わり、僕たちはしばらく雑談を交わした。
(こんな時間も、たまには悪くないかな。)
ふと時計に目をやり、立ち上がりながら言った。
「そろそろプリンもできたかな?」
ゴドフリーが首を傾げた。「プリン?」
「あぁ、さっき作ったやつ、名前をプリンにしようかと思ってね。ずっと考えてたんだ。」
彼はしばらく眉を上げたまま考え込んだが、突然ニヤリと笑った。
「なんだ、そういうことか。プリン、なかなか可愛らしい名前じゃねえか!いい名前だ!」
「ゴドフリーから『可愛い』なんて言葉が出ると違和感あるけど……まあ、いいや。」
僕がそう返すと、彼は鍋を置いて「うるせえ!」と声を張り上げた。
「で、どうなんだ?ちゃんとできてるのか?」
「うん! 完成だよ!」
冷蔵庫を開けると、黄金色のカラメルが輝くプリンが並んでいた。
「これがプリンだよ。」
皿に乗せた一つをゴドフリーに渡すと、彼は目を輝かせながらスプーンを手に取った。
一口すくい、口に運んだ瞬間――彼の顔が驚きに染まる。
「おおっ!なんだこれ!」
思わず叫び声を上げ、もう一口食べてから勢いよくスプーンを置いた。
「これはやばいぞ!革命だ!革命だって!」
その勢いに思わず僕も笑ってしまう。
(そうだった、ゴドフリーも甘いもの好きだったよな。)
僕も一口すくって食べてみる。滑らかな舌触りと濃厚な甘さが、口の中いっぱいに広がる。
思わず満足げに息を吐いた。
(レナ視点)
廊下を歩いていたレナは、ふと鼻をくすぐる甘い香りに足を止めた。
(やばい、やばい、なんですかこの誘惑は!?)
これが新しいスイーツの匂いだったらどうしよう。
いや、どうしようじゃない!絶対に確かめなくては!!
レナの体が自然と香りの方へ引き寄せられる。
(これはただのクッキーの匂いじゃない……もっと特別な何か……!)
足音を立てないようにしつつも、興奮を抑えられずに早足になる。
厨房の扉に近づくほどに、甘い香りが濃くなる。
レナの鼓動が高鳴る。
(この先に、何かとんでもないものがある――そんな気がする!!)
(アーサー視点)
すると、その瞬間――。
「なんですか!!この匂いは!!」
甲高い声が響き、入り口からレナが勢いよく顔を覗かせてきた。
(そうだよね……これだけ甘い匂いがしてたら、そりゃ来るよね。)
レナは目をキラキラさせながら、僕が手に持つプリンを指差す。
「それです!その食べてるやつを渡してください!!」
(いや、興奮しすぎでしょ……一応、君の雇い主の息子なんだけど……。)
呆れる僕をよそに、ゴドフリーが笑いながらレナに声をかける。
「そんな大声出さなくても、ちゃんとお前の分もあるぞ。ほらよ。」
ゴドフリーが差し出すと、レナは勢いよく駆け寄り、「ありがとうございます!」と礼を言う、そして何かが始まった…
レナはスプーンを手に取り、興奮気味にプリンを凝視していた。
「見てください、このツヤツヤの表面!まるで琥珀の宝石みたいじゃないですか!」
スプーンを慎重にプリンの中へ差し入れると、「スッ」と抵抗なく滑り込む。その滑らかさにレナの目が輝いた。
「柔らかい……でも、この絶妙な弾力!きっとこれは魔法の仕業ですね!間違いありません!」
(いや、普通に卵と牛乳の仕業だけど……)
彼女はそっとスプーンを持ち上げ、一口分を口に運ぶ。
その瞬間、時間が止まったかのように目を見開き、全身が硬直した。
「……っ、なんですかこれは……!」
舌の上でプリンがゆっくりと溶けていくたび、レナは思わず身震いした。
「とろける……いや、とろけるなんてレベルじゃありません!これ、舌の上で姿を消していきます!まるで淡雪が春の風に溶けるみたい!」
(詩的すぎるだろ……いや、プリンってそんな壮大なものだったっけ?)
そして続いて訪れるのは、カラメルのほろ苦さ。
「この琥珀色の!苦すぎず、甘すぎず、舌の奥で優しく広がる……えっ、これどうやって作ったんですか!?こんなの奇跡ですよ!魔法の食べ物ですね!」
(ただのカラメルです……砂糖を焦がしただけです……)
一口、また一口とスプーンを動かすたびに、感動の波が押し寄せる。
「この甘さ!この滑らかさ!これは――そう、人生の疲れすらも癒してくれる一品です!」
(おいおい、もはや『聖』なる食べ物みたいになってるじゃん……)
「このお方は、なんてお名前なんですか!」
「さっき『プリン』って名前に決めたけど……お方ってなんだよ。」
(本当におかしなことを言い出すなあ……。)
「では、プリン様がアーサー様を作ったんですか!?」
その謎すぎる質問に、僕の頭の中が一瞬停止する。
「えっ……?なんて?」
レナはさらに興奮しながら言葉を重ねる。
「プリン様ですよ!プリン様!」
(……もういいや。好きにしてくれ。)
「うん……そうだね、プリン様だね。」
レナは嬉しそうに頷いた。
「やっぱりアーサー様もプリン様を崇めるんですね!!」
(違う、違うけどもう説明する気も起きない……)
レナは両手でスプーンを握りしめ、瞳を潤ませながら続けた。
「アーサー様、このプリンを生み出したあなたは、きっと世界を救う存在になるでしょう!これを食べれば、どんな人でも幸せになれること間違いなしです!」
その勢いでスプーンを振り上げ、まるで演説のように宣言する。
「私、このプリンを一生食べ続けてもいいです!いえ、これからはこのプリンを崇め奉ります!『プリン様』として!」
すると、ゴドフリーが手をひらひら振りながら言った。
「落ち着けレナ。何言ってるか全然わからねえぞ。あんまり興奮してると、もうプリンやらねえからな。」
その言葉に、レナは「そんなこと駄目です!許しません!」と叫び返す。
興奮が収まらない彼女に、僕は呆れながらちらりと入り口を見た。
バンッ!!
入口の扉が勢いよく開かれた。
そして、すごい形相のカレンが現れる。
「何をやってるんですか!!掃除が終わってないでしょう!!」
その瞬間、場の空気が一瞬で凍りついた。
レナはキョトンとした顔で振り向いたが、次の瞬間、プリンを指差してこう言った。
「いや……プリン様がアーサー様でして……。」
「何言ってるんですか!」
呆れたカレンは、レナの首根っこを掴んでそのまま連れて行った。
「いやああああ!!!」
レナの叫び声が廊下に響く中、僕は静かに一言呟く。
「……プリンだけは、手放さないな。」
僕はカレンに連れていかれるレナの背中を見ながら、プリンを一口食べた。
「……やっぱり、美味しい。」
口の中に広がる甘さとほろ苦さを味わいながら、ふっと肩の力が抜けた。
ただの甘いお菓子なのに、なんだか今日一日が少し特別に思える。




