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灰色の収穫

エデレン領に広がる大地。その中でも農業と牧畜で名高い町、アグリス。


だが、現子爵ガスパード・ポークレイの治世のもと、その繁栄は陰りを見せていた。


アグリスの屋敷。その贅を尽くした食堂では――


豪華な料理が並ぶ派手なテーブルの中心に、ずんぐりとした体型の男が鎮座していた。


ガスパード・ポークレイ子爵。その名の通り、屋敷の主である。


「グフフフッ……で、あの村はどんな具合だ?」


子爵はドシリと椅子に腰を下ろし、脂ぎった指でグラスを揺らした。


フードを深く被った男が、ゆっくりと身を乗り出す。


男はじっと子爵を見据え、低く冷たい声で告げる。


「……収穫祭の準備が、不自然なほど豪華。」


僅かに間を置き、無表情のまま言葉を紡ぐ。


報告の中には、クリーヴランド家の動きもあった。


「ポップコーン。フライドポテト。」


「……それから――」


男はゆっくりと視線を上げる。


「トランプ。村人たちは、これらに夢中。」


子爵は鼻を鳴らし、荒い息を吐く。


「……それに――何か、おかしい。」


子爵の顔がみるみる赤く染まっていく。


男は静かに、その変化を見つめていた。


「グフフッ……貴様、何をやっているッ!! 盗めと言っただろうがァ!!」


子爵は机をドンと叩き、怒鳴り声を響かせた。


男は一切の感情を見せず、静かに頭を下げた。


「……まだ動くべきではなかった。」


その姿を見て子爵の機嫌はさらに悪化した。


「なぜだッ! どうして動かんッ!! 無能めが!!」


子爵は男を勢いよく怒鳴った。


「村でクリーヴランドの者たちに遭遇した……」と男は淡々と答える。


「ほう……誰に、見つかったんだあ?」


子爵の目がギラリと光る。


「……クリス。クリーヴランドの長男。」


間を置く。淡々と続ける。


「……そして、もう一人。アーサー。末弟。」


子爵の眉が、わずかに動く。男は表情を変えないまま、言葉を付け加える。


「……村で流行している品。これらは――」


少しだけ視線を落とし、静かに続ける。


「アーサーという子供が考案したもの、との情報。」


子爵は肘掛をトントンと叩きながら、笑みを深める。


男は何も言わず、ただ沈黙する。


「グフフフッ、アーサーだと?」


子爵の目が不気味に輝き、不自然に濁った笑い声が響いた。


「そのガキが考えたものが、村で人気だってか? ガキのくせに生意気なもんだなあ!」


子爵は机に肘をつき、グラスを揺らしながら続けた。


「で? そのアーサーとかいうガキは、どんなやつなんだ?」


男は頭を下げたまま、低く報告する。


「詳細、不明。」


わずかな沈黙。


「……ただ。」


淡々と続ける。


「その子供が考案した品……異様なほど、村人が熱中。」


さらに間を置く。


「収穫祭でも、中心に。」


男は微動だにせず、頭を下げたまま沈黙を保つ。


「グフフ……いいじゃないか、そのガキ。ますます気に入ったぞォ。」


子爵はにんまりと笑いながら、机を指で軽く叩いた。


「そのガキの発想力、少しは楽しませてくれそうだな……もっとも、それが全部ワシのものになった後の話だがなぁ!」


男はさらに報告を続ける。


「収穫祭では。」


わずかに間を置く。


「……食堂が中心。」


感情のない声で続ける。


「そこがポテトなど提供している。」


沈黙。子爵の表情がわずかに歪む。男は何も言わず、ただ待つ。


「グフフ……面白い。なら、ワシが直接いただきに行くとしようか!」


子爵の笑い声が響き渡る。


部屋の中には相変わらず豪勢な食事が並ぶが、その陰湿な笑いは場を不気味に彩った。


書類の山に目をやり、ふと気づいたように声を張り上げる。


「それでぇ? 例の件はどんな塩梅だぁ?」


クチャッ、クチャッ……子爵は咀嚼音を響かせながら、グラスを乱暴に揺らした。


男はまた静かに報告する。抑揚のない声で、淡々と。


「収穫祭。」


報告は、そこで一度途切れた。


「……例の者たちが来る。」


さらに沈黙が落ちる。


「予定。変更が必要。」


「グフッ、グフフ……貴様、何度言わせるつもりだッ!!」


息を荒げ、震える拳を握りしめる。


「これ以上遅れるわけにはいかんぞぉ……!」


静かに、しかし確実に怒気を滲ませながら続ける。


「時間は、もう尽きかけている……分からんのか?」


椅子から身を乗り出し、男を睨み据える。


「グフッ……無能な働き者ほど厄介なものはない。貴様、そのつもりか?」


子爵の視線が鋭くなる。そして、彼はテーブルをドンと叩いた。


「……我慢ならんぞぉ。」


冷たく吐き捨てるように続ける。


「貴様は、もう――不要だァ!!」


フードの男がガスパードを一瞥する。何も言わず、ただ静かに。


その瞳が、ほんの一瞬、鋭く光った


「……手は、汚したくないのだ。……うん、そうだな。 ワシは、手を……汚さない主義……なんだよぉ……グフフフッ……」


子爵の口元から涎が垂れる。ぽたり、豪華な食事の上へ。


テーブルの上の一切の食物がその涎で汚れると、子爵は気にもせずにそのまま次の言葉を吐いた。


男は無表情のまま頭を下げた。扉を静かに閉めると、足音を立てないよう慎重に廊下を歩き出す。


その目には冷たい光が宿っている。


(さて……この祭り、どこまで楽しませてくれるか。)


彼の口元がわずかに歪む。だが、すぐにそれも消えた。


廊下の闇が、まるで生き物のように男の姿を飲み込んだ。


影がゆっくりと動き出すようにその姿を消していった。


再び一人になった子爵は、ワインのグラスを一気に飲み干し、手を伸ばして骨付き肉を掴む。


噛みつこうとするその顔は、どこか遠くを見つめたまま、動きが鈍い。


「グフフフッ……うまい。うまいぞ……ああ、うまい……!」


その声は低く、どこか滑らかさを欠いていた。


言葉がもつれて、顔がゆがんでいる。


肉を引き裂く手は脂だらけになり、口元には涎が垂れるが、子爵はそれを気にもせずに肉を貪り続ける。


「……うん……もう、すぐだな…グフフ…グフフフ…」


その顔には笑みが浮かんでいるが、その目は虚ろで、どこか遠くを見ている。


目を見開いたまま、彼は何度も肉をかじり続ける。


その声が、じわじわと不気味に響く。


「グフフフ…楽しみだなぁ…グフフフ…」


目の奥に暗闇が広がっていた。

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