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記憶の旋律と収穫祭準備

朝食の時間。僕はテーブルについていた。


「アーサー、今日も魔法訓練だぞ。」


カトリーヌが当然のように言う。


「……知ってるよ。」


「お前、どうせサボる気だろ?。」


「そ、そんなことないし!」


そう言い返したところで、父さんが静かに立ち上がった。


「みんな、聞いてくれ。」


父さんの声に、全員が顔を上げる。


「収穫祭も近い。準備は順調だが、今年は貴族も来る。アーサー、トランプ大会の調整を頼む。お前の考えた遊びだ、責任を持て。」


「えぇ……なんで僕が。」


「村で大人気らしいからな。」


「それと、クリス。村長と物資の確認をしてくれ。アーサーと一緒にな。」


兄さんが微笑む。


「僕も手伝うよ。一緒に行こう?」


渋々ながら、頷くしかなかった。


「……わかったよ。」


ってことは、魔法訓練は?


立ち上がりかけた僕は、カトリーヌを見た。


「今日はナシだからね!」 得意げに言うと、カトリーヌがニヤリと笑う。


「ふん、今日の方がよっぽどハードだろ?村中走り回るんだからよ。」


母さんが笑いながら食器を片付ける。


「まあまあ、いってらっしゃい。」


こうして、僕たちは村へ向かった。


村に近づくにつれ、なんとなく胸騒ぎがする。


馬車が止まり、扉が開く。僕はゆっくりと外へ出た。


村人たちの笑い声があちらこちらで響いている。


「今日は、カレンたちは来なかったね。」


僕は軽く伸びをしながら周囲を見渡した。


(兄さんがいるなら、確かに大丈夫かもしれないけど……。)


心の中でそう思いながらも、少しだけ気が引き締まる。


「そうだね、僕がいるから大丈夫だよ。それよりアーサー、そろそろ集会場に行こうか。」


兄さんが穏やかな声で呼びかけてきた。


「村長さんも準備して待ってくれてると思うし、確認しなきゃいけないことがいくつかあるんだ。」


「わかった、行こう。」


兄さんの後に続き、村の中心にある集会場へ向かう。


途中、村人たちが忙しそうに動き回る姿が目に入り、少しだけ期待が膨らむ。


集会場に到着すると、兄さんが扉を開けながら振り返った。


「じゃあ、入ろうか。」


中に足を踏み入れると、村長がこちらに気づき、にこやかな笑顔を向けてきた。


「クリス様、アーサー様、お待ちしておりました。」


村長が丁寧に挨拶を終えると、すぐに兄さんと確認事項を話し始めた。


僕は少し離れた場所で、ぼんやりとその様子を見守っていた。


すると、部屋の隅に古びた木製のピアノが置かれているのが目に入った。


(……ピアノ?)


少し驚いて近づくと、鍵盤は擦り切れて色が剥げていたが、全体的にはしっかりとした作りだった。


昔は大切にされていたのだろうか。


「それは倉庫に眠っていたものです。」


背後から声がして振り返ると、村長が柔らかく微笑んでいた。


「収穫祭の飾りにしようと思いまして。もう誰も弾かんのです。」


(装飾……って、ピアノを?)


少し意外に思いながら、僕はもう一度鍵盤に目を落とす。


埃がうっすら積もっているものの、触ればまだ音が出そうな感じだった。


「これ、弾いたりはしないの?」


つい気になって聞くと、村長は苦笑する。


「昔はよく使われてたが、今はもう置物になってしまいましたな。」


(……弾ける人がいない、か。)


そんなことを考えながら、手が自然と鍵盤に伸びる。


指先が鍵盤を押すと、低く澄んだ音が部屋に響いた。


その音は、しばらく何も感じなかったはずなのに、ふと、昔の記憶がじわじわと浮かび上がってきた。


あれ?なんだろう、この感覚……。


(……懐かしいな。)


気づけば指が滑り始める。「エリーゼのために」。


前世で何度も練習したこの曲が、今は迷いなく弾ける。


体は変わっても、指は覚えていた。


最後の一音が響き、静寂が戻る。


ほんのり残る余韻に息を呑みながら、僕はそっと鍵盤から手を離した。


「ア、アーサー……?」


背後から兄さんの声がし、振り返ると驚いた表情で僕を見つめていた。


「なんで、そんなに弾けるの……?」


その反応に、僕は困ったように曖昧に笑った。


「なんとなく……かな。」


鍵盤から手を離す。


(これは……前世の記憶?)


兄さんがじっと僕を見つめ、やがて苦笑した。


「なんとなく……って、そんな風に弾けるんだね。それ、本当に初めて弾いたの?」


「たぶん、初めてだよ?」


誤魔化すように答えると、兄さんは呆れたように頭を振る。


「本当にアーサーは変わってるね。」


ぽつりと呟かれ、僕は肩をすくめる。


「普通だと思うけど?」


冗談めかして言うと、兄さんはようやく微笑んだ。


「それより、もう終わったの?」


兄さんは少し間を置いて頷いた。


「うん、終わったよ。でも、正直アーサーの方に驚きすぎて、村長と何話してたか全部忘れそうだ。」


その言葉に思わず吹き出す。


「そうなんだ……。で、次はどこに行くの?」


何気なく聞くと、兄さんがわずかに眉を上げて答えた。


「村長からのお願いで、次は広場に行ってほしいんだって。」


兄さん、本当に11歳なのか?


……まあ、7歳の僕も大概か。


二人で集会場を後にした。


遠くからでも、賑やかな声と鮮やかな飾り付けが目に飛び込んでくる。


広場に入ると、色とりどりの旗や花飾りが風に揺れ、お祭りそのもののようだった。


子どもたちは楽しそうに飾りを運び、年配の村人たちが指示を出している。


まるで 村全体が一つの生き物のように動いていた。


「すごいね。こんなに派手になるなんて思わなかった。」


僕が言うと、兄さんは頷き、微笑む。


「うん。今年は貴族も来るからね。村の人たち、気合入ってるよ。」


「そうだね。」


これだけの準備、大変だっただろうな……。


広場を歩きながら、僕は兄さんに視線を向けた。


「兄さん、少し村の人と話すんでしょ?その間、僕、ちょっとブラブラしてくるよ。」


兄さんは一瞬考え込むような顔をした後、微笑んだ。


「いいけど、あんまり遠くに行かないでね。アーサー、君は見つけるのが大変だから。」


「わかってるよ。」


そう答えながら、人混みを抜けて広場の端へ向かう。


あまりの賑わいに、ふと足を止めた。


笑い声や掛け声が飛び交い、まるで別の村みたいだ。


「……こんなに賑やかになるなんてな。」


思わず呟く。


露店では子どもたちがポテトを頬張っていた。――すっかり定着してるらしい。


通りすがりの子どもたちが元気よく手を振る。


「アーサー様、こんにちは!」


僕も軽く手を挙げて返した。


気づけば、だんだん市場の方に近づいていた。


(あっ、やべ……こんなところまで来ちゃった。)


立ち止まって市場の方に目を向けると、妙な光景が目に入った。


市場の端っこで、見知らぬ男が村の若者と話している。


男は粗末な服を着ていて、フードを深くかぶっているせいで顔はほとんど見えない。


その一方で、村の若者はどこか落ち着かない様子で、周囲をちらちらと気にしている。


(……なんだ、あれ?)


僕は何気なく視線を向けたまま立ち止まった。


なんとなく、普通の会話には見えない。


ただの旅人かもしれないけど、なんか怪しいよな。


ちょっと声をかけてみるべきか?


心の中で逡巡していると、不意に背後から声がした。


「アーサー!」


驚いて振り返ると、息を切らせた兄さんがそこに立っていた。


「アーサー!遠くに行っちゃダメだって!」


「もう!ちゃんと近くにいてって言ったよね?」


「わかってるって。」


僕は苦笑いしつつも、ついさっきの光景が頭から離れず、つい視線を戻してしまう。


「で、どうしたの?さっきから何か考え込んでたみたいだけど。」


兄さんが少し心配そうに聞いてきた。


「あのさ……ちょっと変な人がいるんだよ。」


「変な人?アーサーが?」


「いや、僕じゃなくて!」


すぐに兄さんの冗談を流しつつ、気になる男の方を指差す。


「ほら、あのフードの男。」


兄さんも目を向け、じっと観察する。


「……見たことないね。でも、旅人かもしれないよ。」


そう言いながら兄さんも少し考え込む。


不審な男と目が合った。


――なんだ?


背筋がぞくりとする。鋭く、冷徹な目。まるで計算でもしているかのような視線だった。


男の表情が一瞬強張る。驚いたようにも見えたが、すぐにそらされる。


そして、足早にその場を去っていった。


……何かを隠してる?


妙な違和感が胸に残る。


「あれ、なんだったんだ?」


男の背中を追いながら、つぶやく。


「……。」


兄さんは険しい顔をしたまま、黙っている。


「兄さん?」


呼びかけても、じっと何かを考え込んでいる。


僕も、つられて口をつぐんだ。


――さっきまでの賑やかさが、遠のいていく気がした。


兄さんも、何も言わないまま歩き出す。


僕はその後を追い、気づけばヴィヴィアンの食堂へ向かっていた。


店に入ると、兄さんと並んで席につく。


まず話題に上がったのは、さっきの怪しい人物だった。


「ねえ、兄さん。さっきの人、何だったんだろう?」


僕が尋ねると、兄さんは少し考え込む。


「旅人かもしれないけど……気になるね。父さんに報告したほうがいいかも。」


「そうかな。たまたま怪しく見えただけじゃない?」


適当に流したつもりだったけど、兄さんはまだ考え込んでいる。


僕が言葉を探していると、店の扉が開いた。


「こんにちは、アーサー様、クリス様!」


元気な声と共に現れたのはリリーだった。


「お越しになられると聞いて、つい来ちゃいました!」


「やあ、リリー。」


僕が軽く手を挙げると、兄さんも微笑みながら答える。


「こんにちは、リリーさん。」


僕はリリーに尋ねる。


「それで、仕事はどうしたの?」


リリーは両手を大きく広げながら、身振り手振りを交えて答えた。


「それがもう、大忙しなんですよ! トランプもポテトも、大人気なんですよ!」


「へえ、すごいね。で、どれくらい儲かってるの?」


僕が興味本位で聞くと、リリーは一瞬口を開きかけたが、慌てて口を閉じた。


「ここでは言えませんよ!」


その仕草が面白くて、僕はつい笑ってしまう。


「まあ、儲かってるならいいことじゃん。」


リリーは少し口をつぐみ、それからぽつりと言った。


「でも、そのせいで、貴族とのやり取りが増えてきて……ちょっと困ってるんです。」


「貴族か……。なんか、『レシピをよこせ』とか『これ教えろ』とか言ってきそうだよね。」


僕が軽く言うと、リリーは大きく頷いた。


「その通りなんですよ! 必要な繋がりだとは思いますけど、どうにも気を遣う場面が増えてきて……。」


「兄さん、どう思う?」


僕が話を振ると、兄さんは少し首を傾げながら答えた。


「確かに大変だね。でも、リリーさんなら上手くやれると思うよ。もし困ったら、僕たちにも相談してくれればいいから。」


その優しい言葉に、リリーは少しホッとした表情を浮かべた。


そこへティナが大きな声を上げながら近づいてきた。


「アーサー様、クリス様、お待たせしました!」


「大丈夫だよ、ティナさん。」


兄さんが穏やかに答えると、ティナは息を整えながら話を始めた。


「これ以上お待たせしては申し訳ないので、さっそくトランプ大会のお話をしましょう!」


ティナが伝えてきたのは、大会は「ババ抜き」で進行することや、トーナメント形式で進める予定であるということだった。


僕は頷きながら答える。


「それでいいんじゃない? でも、それだけだと盛り上がらないよね。」


「え? 盛り上がりですか?」


ティナが不思議そうに聞いてきたので、僕は少し考え込んだ後に提案する。


「優勝者には何か賞品を出してみたら?」


「それ、いい考えですね!絶対盛り上がりますよ!」


ティナも 興味はありつつ、少し考え込むように 口を開く。


「でも、どんな賞品なら盛り上がるんでしょう?」


(お金をかけずにすむ賞品……前世でテレビで見たようなものとか……)


前世のテレビ番組では、料理のご褒美にキスとかあったよな。


「ティナのキスとかは?」


その瞬間、近くにいた村人たちが一斉に声を上げた。


「キスだって!?」


「最高の賞品だ!」


歓声が広がり、ティナは顔を真っ赤にして叫んだ。


「キッ、キスーーーー!?」


兄さんが勢いよくテーブルを叩き、目を丸くする。


「キスだって!?」


「ん? あれ? 兄さん、なんでそんなに反応してるの……?」


僕は内心で不思議に思いながらも、軽く肩をすくめて説明する。


「いやいや、ほっぺたとか、よくするじゃん? あんな感じでいいんじゃない?」


「ほっぺたでもダメですー!」


ティナが涙目になりながら首を振り、リリーが笑いをこらえきれずに肩を震わせていた。


その後も賑やかに話が進み、兄さんが急に真面目な顔でリリーに問いかけた。


「ところで、リリーさん。さっき市場で少し怪しい人を見かけたんだけど、何か知らない?」


リリーは少し目を丸くし、すぐに頷いた。


「市場?あっ、最近よそ者を見かけることが増えたかもです!」


兄さんは眉を寄せ、静かに頷く。


「そうか。ありがとう、気をつけておくよ。」


兄さんの言葉に、なんとなく引っかかるものを感じた。


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