休日、カードが暴く真実と嘘
「今日は休みだーーっ!!」
大声で叫びながら、リビングを軽快に動き回る。
鼻歌なんか歌っちゃって、ついステップを踏む足にも力が入る。
浮かれた気持ちを体いっぱいに表していると、勢いよく扉が開いた音がした。
「アーサー様、私も踊ります!」
勢いよくドアが開き、レナが満面の笑みで飛び込んできた。
「えっ、いきなり?」
言う間もなく、彼女は軽やかにステップを踏み始めた。その元気な足音が部屋の空気をさらに賑やかにする。
「それより、踊るの下手すぎない?」
わざと冷やかすように言ってみると、レナは頬を膨らませた。
「アーサー様!そんなことないですからね!見ててください!」
そのやりとりに割って入るように、ドアが静かに開く音がした。
「何をやってるのかと思えば……。」
カレンが現れ、深いため息をつきながら僕たちを見渡した。
「あ、カレンさん!一緒に踊ります?」とレナが誘うと、カレンは即座に首を横に振った。
「それよりも、アーサー様。」
カレンは手に持っていた包みを差し出した。
「昨晩、リリーさんが完成版のトランプをお届けになりました。」
「完成版?」
僕は目を輝かせながら包みを受け取り、中を覗く。カードは驚くほど美しく仕上がっていて、その端にはアーサー家の紋章が刻まれていた。
「おお、これ前の完成品の見本版よりずっといいじゃん!」
思わず声を上げながら、トランプをじっくり眺める。
トランプの隅に描かれた紋章に目を留めた。
剣と光の柱、オークのリースに割れた鎖――ラルフが魔族を討伐して得た爵位を象徴する家紋だ。金・茶・銀・青の配色が重厚さと高貴さを醸し出している。
(……でも、なんでこんなところに入れたんだろう?)
「カレン、これ、なんで家の紋章が入ってるの?」
素直な疑問をぶつけると、カレンは微笑んで答えた。
「アーサー様がお考えになられたものですから、敬意を込めて入れたそうです。」
「そうなんだ……。」
少し照れながら答えると、隣でレナが手を叩いて言った。
「さすがです!とってもかっこいいですねえ!」
「ま、まあ。」
そっけなく言いながらも内心は少し嬉しい。
「とりあえず、部屋に置いてくるよ。」
トランプを持って、リビングを後にした。
廊下を歩いていると、正面に人影が見えた。
(うわっ、あれは――)
咄嗟に近くの扉の陰に隠れる。息を潜めてやり過ごそうとしたが、耳に低い声が届いた。
「みーつけた~。」
カトリーヌの声が、まるで獲物を見つけた狩人みたいに軽やかに響く。
「隠れるならもう少し工夫しなよ~。」
ぞっとする軽口に、背中を冷たい汗が伝う。
「見つかっちゃったー。」
仕方なく引きつった笑顔で返すと、彼女はニヤリと口角を上げた。
「気配でバレバレなんだよ。魔術師舐めんな。」
「いやいや、それ関係ないでしょ?」
「大いに関係ある!」
胸を張るカトリーヌに、反論する気も失せる。
そのとき、彼女の視線が僕の手元に移った。
「何だそれ、ちょっと見せろ。」
「これ?トランプだよ。」
素直に答えると、彼女の目が興味津々に輝いた。
「おー、これがアーサーの考えたってやつか。で、どう遊ぶんだ?」
予想外の質問に言葉を詰まらせる僕。
それを見たカトリーヌが、さらにじりじりと顔を近づけてくる。
「ほらほら、教えろよ。」
「いや、ちょっと待って……説明しにくいんだよ!」
(なんでこんなに興味津々なんだよ……)
思わず後ずさる僕に、彼女は満足そうに笑った。
「だったら、実際にやろうぜ。」
その勢いに一瞬たじろいだが、手にしたトランプに目を落とす。
リリーが丁寧に作り上げてくれたこのカード。
ただ見ているだけじゃもったいない気がした。
(せっかくなら、遊んでみたいよな。でも一人じゃできないし……。)
ふと、リビングにいるレナとカレンの顔が浮かぶ。
二人ならいい相手になりそうだ。
「4人くらいでやると面白いんだよね。レナとカレンがさっきいたし…」
思わずそう呟くと、カトリーヌが腕を組んで大きく頷いた。
「よし、じゃあそいつらも呼んでこいよ。どうせ暇してんだろ。」
その軽い調子に少しだけ苦笑しながら、僕はトランプを握り直した。
僕とカトリーヌはリビングに戻った。
レナがテーブルを拭いている音だけが響いている。
彼女の小さな鼻歌が、静かな空間にぽつりぽつりと溶け込んでいた。
「レナ、トランプやらない?」
何気なく声をかけると、彼女はすぐに顔を上げた。
目が輝いて、拭きかけの雑巾を
手にしたまま勢いよく答える。
「いいですよ!すぐ行きます!」
「レナ。」
冷たい声がその言葉を遮った。
振り返ると、ほうきを持ったカレンが立っている。
真っ直ぐな視線で、厳しい表情のまま彼女に向き直った。
「そのテーブル、まだ途中ですよね。やめるつもりですか?」
レナは小さく肩をすぼめた。
ちらりと僕に視線を向け、それからカレンを見上げる。
「いや、あの……すぐ終わりますってば。ほら、あとちょっとだし!」
「あとちょっとなら、片付けてからにしてください。」
カレンの声は落ち着いているけれど、拒絶の色が強い。
その空気に少し引き気味のレナが困った顔で僕を見た。
「まあまあ、今日くらいいいんじゃない?」
カトリーヌが軽い調子で肩をすくめて言う。
「別に、掃除が大急ぎで終わんなきゃいけない理由なんてないだろ?」
「掃除を放置する理由もありません。」
カレンの返答は短いけど、内容は重い。
その雰囲気を感じ取って、僕は軽く手を挙げる。
「カレン、まあ……いいじゃん。せっかくトランプも完成したしさ、今日くらい休憩しても悪くないと思うよ。」
レナがぱっと顔を上げた。
「そうですそうです!アーサー様のご命令ですよ!これ、仕える身として断っちゃダメなやつですよ!」
彼女が胸を張って言うのを見て、思わず苦笑いしてしまう。
「えっ?いやいや、命令ってそんな大げさな……。」
慌てて否定しようとするけれど、レナは追撃の手を緩めない。
「ねえ、カレンさん。アーサー様の言うこと聞かなくていいんですか?いいんですか~?」
カレンはほんの一瞬黙り込んだ。
「……だめです。」
その一言は静かで、けれど揺るぎないものだった。
(ああいうところ、ほんとブレないよな……。)
その時、足音が近づいてくる。
振り向くと、母さんが優雅な姿勢のまま、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「どうしたの?何かあったの?」
「あの……アーサー様が、トランプを一緒に……。」
レナがおずおずと答える。普段の元気が少し控えめになっているのが新鮮だった。
「トランプ?」
母さんは小さく笑い、カレンに目を向ける。
「掃除のことで揉めてるのね。でも、今日はいいじゃない。たまには遊んで息抜きするのも必要よ。」
レナは目を輝かせて飛び上がりそうな勢いでお辞儀をした。
「本当ですか?ありがとうございます!」
カレンは少し息を吐くようにして、ゆっくり頭を下げる。
「申し訳ありません……。」
「おー、悪い!ありがとな、フラウ!」
カトリーヌが手をひらひら振りながら言う。それを見た母さんは、静かに微笑むだけだった。
こうして僕たちはリビングを後にした。
廊下に足音が響く中、レナの弾んだ声が後ろから追いかけてきた。
「さあさあ!どんな遊び方するんですか?アーサー様、教えてくださいよ~!」
(なんだか、こっちが先に疲れそうだな……。レナの勢いに押されて、呼ぶんじゃなかったかもって思えてきた。)
僕はそのまま「じゃあ、談話室に行こっか」と声をかけ、談話室へと向かった。
アレをやるならやっぱりクッキーがいるな、と自然に思う。
「レナ、悪いけどクッキー持ってきてくれる?」
軽く頼んでみると、レナは目を輝かせて振り向いた。
「クッキー食べていいんですか!?わかりました!」
そう叫ぶと、勢いよく廊下を駆け出していく。
(いや、食べていいなんて言ってないけど……。)
呆れながらも苦笑いしつつ、心の中で続けた。
(でもまあ、お菓子のことをレナに頼むと早いのは確かだよな。)
そうこうしているうちに、談話室の扉が目の前に見えてきた。
廊下の向こうから足音が近づいてくると思ったら、レナが勢いよく走って戻ってきた。
「お待たせしました!」
手にはクッキーがぎっしり詰まった皿が載っている。
(……そんなに張り切らなくてもよかったんだけど。)
カトリーヌはレナの勢いを眺めながら、肩をすくめた。
「気合い入りすぎだろ。」
その言葉にレナはぱっと顔を上げ、ニコッと満面の笑みを浮かべる。
その笑顔に、何も言えなくなった僕たちは、ただ淡々と扉を開けて中に入った。
僕たちはリビングを出て、談話室へ向かった。
廊下を抜けて扉を開けると、中にはテーブルと椅子、それから柔らかなソファが整然と並んでいた。
談話や軽い遊びにはぴったりの空間だ。
「ここなら母さんも気にしないだろうし、ちょうどいいよね。」
そう言ってトランプを持ち直すと、レナがぱっと目を輝かせた。
「いいですね!」
レナが満面の笑みで駆け込む。
カトリーヌが壁に寄りかかりながら、肩をすくめる。
「ま、確かにここなら気兼ねなく遊べそうだな。」
トランプを持ち直しながら、うなずいた。
「じゃあ、ここでやろうか。」
4人が席につき、僕はテーブルの上にトランプを置いた。
カードの端が木製のテーブルに軽く触れる音がして、全員の視線が自然とそこに集まる。
「あ……小皿がいるな。」
急に思い出し、隣にいるカレンに頼むことにした。
「カレン、小皿4枚取ってきてくれる?」
カレンは一瞬だけ僕の顔を見て、小さく頷いた。「承知しました。」
静かに立ち上がり、歩いて行った彼女の後ろ姿を見ながら、少しだけ落ち着いた気分になる。
何だかんだで頼りになるな、カレンは。
戻ってきた彼女から小皿を受け取りながら、「ありがとう」と声をかけると、カレンは無言で軽く一礼して席に戻った。
さて、と。僕はトランプを手に取りながら、全員を見渡した。
「これからやる遊び方を説明するね。」
僕はトランプを手に取りながら、全員の視線を集めた。
「この遊び方ではね、みんなに1枚ずつカードを配るんだ。でも、カードを見ていいのは自分以外の人だけ。つまり、自分のカードは自分では見ちゃいけないんだよ。」
一瞬の沈黙。全員が僕の顔をじっと見ている。
少し間を置いて、レナが首を傾げながら口を開いた。
「それって、どうやって勝負するんですか?」
「いい質問だね。自分のカードが強いのか弱いのかは、他の人のカードを見て推測するんだ。そして、それを元に勝負するか、降りるかを決める。」
「ほう。」
腕を組みながらカトリーヌがニヤリと笑った。
「つまり、強そうに見せかけて他人を引っかけるとか、そういうのもアリってわけか?」
「そういうこと。頭を使うし、駆け引きも大事な遊び方だよ。」
カレンは静かに頷いている。その表情には慎重にルールを理解しようという意志が感じられた。
「勝敗はどう決めるんですか?」
「簡単だよ。一番強いカードを持っていた人が勝ち。そのラウンドで勝負に参加した人全員が1枚ずつチップを賭けて、勝った人がそのチップを全部もらう仕組み。」
「でも、降りたらチップは減らないんですよね?」
レナが嬉しそうに言う。意外と飲み込みが早いな。
「そう。ただし、降りたらそのラウンドで勝つチャンスはない。勝負に出るか、引き下がるかを自分で決めるんだ。」
全員の反応を見渡しながら、少し笑みを浮かべる。
「まあ、最初だから練習でやってみよう。チップなしのルールでね。」
(インディアンポーカーの説明はこんな感じかな?多分合ってると思う……いや、細かいところが抜けてたら突っ込まれるかもだけど、とりあえずこれでいいよね……。)
「やってみましょう!」
レナが目を輝かせながら勢いよく答える。
「面白そうだな!」
カトリーヌも拳を軽く握りながら笑った。
その横でカレンは静かに「了解しました」と短く答える。
僕は胸の内で少し不安を感じていた。
こんなメンバーでこのゲーム……どんな展開になるんだろう。
僕はトランプをシャッフルして、3人に1枚ずつ配った。
「はい、これを1枚ずつ持ってね。まだ見ちゃだめだよ。」
配り終えたところで、レナが小さく手を挙げるのが目に入った。
「アーサー様、横のクッキー食べていいですか?」
目が輝いている。というか、クッキー以外のことは頭にないんだろうな。
「だめだよ?」
僕が軽く答えると、レナは大げさに肩を落としたかと思うと、次の瞬間には声を張り上げた。
「なんでですか!!」
勢いがありすぎて、僕はつい身を引いてしまう。
「ごめん……でも、まだだめだよ……。」
自分でもよくわからないけど、謝ってしまった。
(僕が悪いわけじゃないよね?……いや、押し負けてる時点で悪いのか?)
「レナ、トランプに集中してください。」
カレンが鋭い声でぴしゃりと制する。
その冷静さに救われた気がしたけれど、レナは小さく「はい……」としょんぼりしながらも、クッキーを睨んでいる。
「後で絶対食べますから!」
悔しそうに呟く彼女の姿に、思わずため息が漏れた。
(ほんとにレナは、お菓子のことになると周りが見えなくなるよな……。)
「おーい!ゲームする気あんのか?」
カトリーヌが机を軽く叩いて、豪快に笑った。
「先に始めちまうぞ?」
その声に促されて、僕は慌ててトランプを持ち直した。
「わかった、じゃあやるよ。」
全員の顔を見渡す。
「せーので、みんなカードをおでこの前に出してね?自分のは絶対見ちゃだめだよ?」
「せーの!」
一斉にカードが上がった。その瞬間、僕はすぐに3人のカードを確認する。
(レナが2、カレンが6、カトリーヌが11……ね。)
レナが自分のカードを見ようとして、カレンに軽く手を止められる。
「レナ、見ちゃいけないんですよ?」
「うっ……わかってますって!」
不満げに顔を赤くするレナを見て、カトリーヌがまた笑う。
「なんだ、レナのカードは弱そうだなあ、誰を見て焦ってんだ?顔に出てるぞ?」
その冗談めいた言葉に、レナはますます焦った様子で反論する。
僕は3人のカードをじっと見たまま、考えを巡らせる。
(レナはまあいいとして……問題はカレンとカトリーヌだな。)
カレンをちらっと見る。表情はまるで彫像のように動かない。
(カレンは本当にポーカーフェイスだ……全然読めないなあ…)
次にカトリーヌを見ると、彼女はニヤニヤ笑いながら僕を見ている。
(カトリーヌもあの余裕そうな顔じゃ、どう考えてるのかわからない。)
自分のカードが何か見えない不安が、じわじわ広がる。
(まずは、この状況をなんとかしないと。よし、ちょっと仕掛けてみるか。)
僕は前に座るレナに声をかけた。
「レナ、僕のカード見てどう思う?」
レナは一瞬きょとんとしたあと、満面の笑みを浮かべる。
その反応に、僕は心の中で首を振る。
(あ、これ絶対弱いな……。)
「おい、アーサー、それはずりいだろ!」
突然カトリーヌの声が飛んできた。机を軽く叩く音が響く。
「ずるくないよ、これも戦略だって。」
軽く肩をすくめながら答えると、カトリーヌはニヤリと目を細めた。
「ふーん、戦略ねえ……。」
その言葉の余韻が残る中、ふとカレンの微笑みが目に入る。
「ずるいというより、うまい戦略かと。ただ、レナには効果的すぎる気もします。」
控えめな声だけれど、的確な指摘が心に刺さる。
「……カトリーヌ、いいの?そんなので勝負して。大丈夫?」
今度は僕が挑発する番だ。カトリーヌの眉がぴくっと動く。
「いっ、いいだろ!勝負に出るって決めたんだ!」
少しだけ声が裏返っているのが面白いけど、今は何も言わないでおいた。
一方、カレンは微動だにしない。そのポーカーフェイスぶりが逆にプレッシャーだ。
(ほんとにカレンには通じないな……。)
僕は全員を見回して言った。
「降りる人はいなさそうだね。じゃあ、カードを見せようか。」
全員が無言で頷く。テーブル全体にじんわりと緊張が広がる。
「せーので出してね。いくよ……せーの!」
一斉にカードがテーブルに置かれる。その瞬間、自分のカードが目に入った。
(やっぱり……3かよ。)
案の定すぎて、ため息をつきたくなる。
「見てみろ、強ええじゃねえか!」
カトリーヌが自分のカードを掲げる。それは11だった。
「私……2じゃないですか……。」
レナは自分のカードを見てうなだれた。肩を落として、テーブルに突っ伏しそうな勢いだ。
「私は6ですね。」
カレンは淡々とカードを見せると、そのまま静かに置いた。
彼女はレナに目を向け、軽く首を振る。
「レナ、顔に出しすぎです。弱い時ほど慎重にしないと、すぐに読まれてしまいますよ。」
「顔に出るって……そんなにですか?」
レナが困惑していると、カトリーヌが大笑いしながら口を挟む。
「そりゃわかるさ!お前、強い時も弱い時も全部バレバレだぞ!」
「そうですか……。」
レナは悔しそうに肩をすくめたけど、次の瞬間、急に顔を上げて拳を握りしめた。
「次は顔に出しません!絶対に!」
その言葉に、全員がつい笑ってしまった。
カトリーヌが豪快に笑う。
「いいな、このゲーム。やり方次第で化けそうじゃねえか!」
僕もつられて笑う。少しだけ体を前に乗り出しながら、言葉を付け足した。
「もっと面白くなる方法、あるよ?」
レナが目を輝かせる。
「えっ!? どんなのですか!?」
「ふふ……それは、次のラウンドで試してみよう。」
カレンが静かに僕を見つめる。
「アーサー様、それは……どんな戦略ですか?」
僕はトランプを軽く弾きながら、不敵に微笑んだ。
「まあ、ちょっとした"心理戦"かな。」
次の瞬間、カトリーヌがニヤリと笑った。
「へぇ……面白そうじゃねえか。」
その言葉が響いた瞬間、空気がピリッと引き締まった。
(このゲーム……ただの遊びじゃなくなりそうだな。)




