アーサーとカトリーヌの魔法日誌
「おい、アーサー! いつまで寝てんだ、起きろっての!」
豪快な声が部屋の外から響く。カトリーヌだ。
布団の中で小さく呻いた。
「……まだ早いよ……もうちょい寝かせて……」
「早いも遅いもねぇ! 朝飯どころか昼になるぞ!」
——バンッ!!
勢いよく扉が開く。
冷たい空気が部屋に流れ込み、布団の中にまで侵入してきた。
僕は身を丸め、布団をぎゅっと頭の上まで引き上げる。
「なんでそんな元気なのさ……朝くらいゆっくりさせてよ……」
「おいおい、子供が何言ってんだ。ほら、出ろ!」
布団を掴まれる気配。
咄嗟にしがみつく。
熊のように丸くなって、完全防御態勢。
「やだ! 眠い!」
「眠い? んなこと言ってると本当に熊みたいに冬眠しちまうぞ!」
「それでいいよ……起きる理由ないし……」
カトリーヌが大きくため息をつく。
——が、次の瞬間、ニヤリと笑った。
「うるせえ!さっさと起きろ。」
しぶしぶ布団を押しのけ、髪をぐしゃっとかき上げる。
「パンケーキ、アタシが片付けとくぞ?」
「……それは勘弁して。」
観念して腰を上げる。
「ほら、そうこなくちゃ。次からは叩き起こされる前に自分で起きろよ?」
その後、朝食を終えて、庭に出た瞬間——容赦ない太陽光が目に飛び込んできた。
思わず目を細め、手をかざす。
「ちょ、眩しすぎ……。」
日差しがやけに元気で、朝から騒がしい。
石畳を踏みしめながら顔をしかめ、目を慣らそうとする。
そして目の前には——
カトリーヌが腕を組んで仁王立ちしていた。
太陽を浴びて、なぜかやたら生き生きしている。
その姿を見た瞬間、僕の足はピタリと止まった。
(……なんでこんなにやる気なんだろう。)
そんな僕を見つけるなり、カトリーヌが声を張り上げる。
「遅い!走って来い!」
「え、走るの?」反射的に口にしたあと、小声で付け足す。
「危ないじゃん……。」
「はぁ……また屁理屈か。」
カトリーヌが額に手を当ててため息をつく。
仕方なく小走りで近づく。
「ほら、来たよ。」
「もっと早くできないのかねぇ。」
呆れたように言いながら、カトリーヌが笑う。
その表情に、なんだか釈然としない気持ちになる。
「さあ、始めるぞ!」
声を張り上げたカトリーヌが、勢いよく語り出す。
「まずは魔法の話だ。この世界には——」
「ちょっと待って。」
僕は手を挙げて、言葉を遮った。
「それ、屋敷の中でやればよくない? わざわざ外に出なくても——」
バチンッ!!
「痛っ!!!」
額に鋭い衝撃が走る。
デコピン……しかもめちゃくちゃ痛いやつ。
「天気がいいんだから、外でやるに決まってるだろうが。」
カトリーヌが当然のように言う。
僕は額を押さえながら、しばらく固まった。
「……えぇ、そうなんだ……。」
力なく呟くと、カトリーヌは満足げに頷く。
そんな様子を窓越しに眺めていたフローレンスが、静かに微笑む。
「カトリーヌがいると賑やかね。」
ソフィはパンをかじりながら、呆れ顔でぼそっと言う。
「バカじゃないの、あの子。」
クリスは頬に手を当て、肩を揺らして笑った。
「いや、なんかいい感じだよ。アーサーにはあれくらいがちょうどいいのかも。」
(……それにしても、いつもこうだよな。)
流されて——気づけばこの状況。
……はぁ。
庭に座り込む僕の前で、カトリーヌが仁王立ちしていた。
腕を組み、どこか楽しげに笑っている。
「さーて、気を取り直して始めるぞ。今日は魔法について少しは頭に叩き込んでやるから、しっかり聞けよ。」
「わかったよ……。」
返事はしたものの、気が重い。
けれど、カトリーヌの気迫に押されて、抵抗する気も起きなかった。
「よし!魔法はイメージだ!」
「で?」
「使う時は、イメージさえあれば、あとは魔力があればなんでもできるってわけよ。」
「……適当すぎない?」
「簡単に言えば、こうだからな!」
「まずだな——魔法の基本は"マナ"。自然界に満ちてるエネルギー源だ。」
そう言うと、カトリーヌは指先に小さな火の玉を浮かべた。
「『龍脈』とか『世界樹』って聞いたことあるか?」
「ないけど、なんかすごそうだね。」
「ま、詳しくはフローレンスか本で調べろ。これからのために覚えとけ。」
「へえ……ちゃんと詳しそうだね。」
ぼそりと呟くと、カトリーヌがじろりと僕を見た。
「なんだよ、『見た目だけ』って思ってたのか?」
「いや、別にそういうわけじゃ——」
「おいおい、見た目も褒めてくれていいだろ!」
そう言うや否や、カトリーヌがドヤ顔で決めポーズ。
……セクシーなつもりなんだろうけど、こっちは戸惑うだけだ。
「そうだね……まあ。」
適当に流すと、彼女はニヤリと笑い、拳を握る。
「よし、話を続けるぞ。お前が飽きる前にな。」
(もう飽きそうだけど。)
心の中でだけ呟きながら、小さくため息をつく。
「魔法使いは、自然界のマナを体に取り込んで使うんだ。それが『個人マナ』ってやつだな。」
(魔術師って呼ばれるのに、どうして魔法って言うんだろう? まあ、魔法も一種の魔術か。でも、なんか不思議だな。)
頷きながら聞いていたけど、だんだん眠くなってきた。
「けどな、魔力には限りがある。使いすぎれば倒れるし、最悪死ぬことだってあるから、無茶は禁物だぞ。」
カトリーヌが片手をヒラヒラさせながら、どこか楽しそうに話している。
「疲れるんだね、魔法って。」
つい呟くと、彼女が大げさに頷いた。
「そうだ! で、回復するには休むしかないんだ。瞑想とか、寝るのが一番効く。けど、あんまり疲労しすぎると、最悪、意識が戻らなくなることもある。だから加減を考えろってこった。」
「へえ。」
口をついて出た感想は、それだけだった。
正直、まだピンと来ない——。
カトリーヌは僕の反応を見て、肩をすくめた。
「まあ、お前に今すぐ全部理解しろとは言わないさ。でもな、覚えとけよ。無茶するやつから先に潰れるんだからな。」
「……うん。」
曖昧に頷く。
カトリーヌが珍しく真面目な顔で話しているのが、ちょっと意外だった。
そこから話題はエルフや魔族へと移る。
「精霊使いは、精霊と契約してマナを借りる。エルフやドワーフが得意だぞ。」
なんとなく頷く。
エルフってどんな感じなんだろう。
「エルフってさ、本とかで見るけど、実際に会ったことないんだよね。一度くらい会ってみたいかも。」
つい、ぽつりと口にしてしまった。
カトリーヌは少し眉を上げ、肩をすくめる。
「そうか? まあ、見た目は美しいけどな。性格はけっこうクセがあるやつも多いぞ。」
ふーん、そうなんだ。
話は自然と魔族へ。
「魔族はどうなの?」
少し身を乗り出して聞くと、カトリーヌは腕を組んで答えた。
「魔族か……たくさんいるぞ。他の大陸には山ほどな。この辺は安全だけどよ。」
「そんなに危険な存在なの?」
「まあな。ただ、ラルフさんとフラウのほうが詳しいだろう。あいつら、昔は何度も魔族と戦ってたしな。」
「そうなんだ……。」
そういえば父さんと母さんは、冒険者の頃に魔族を倒して男爵になったんだっけ。
なんとなく、そんな話を思い出す。
「さて、次に行くぞ。」
カトリーヌが手を叩く。
「長いね……。」
「気にすんな!」
「次だ!マナには属性が宿りやすいって話だ。」
カトリーヌが指を一本立てる。
「魔法を使うには、特定の属性マナを操作しなきゃならない。そしてその属性は、魔法使いの素質や訓練次第で得意不得意が決まるんだ。」
彼女は指先を軽く動かし、小さな火の玉を浮かべた。
「基本属性は、火、水、風、地の四つ。それと、無。特にこの五つがよく使われる。」
火の玉がスッと消え、今度は手のひらに風が渦を巻く。続いて地面の上に細かい砂が舞った。
「でもな、特殊属性ってのもある。光、闇――あとは希少属性だ。扱えるやつはほとんどいない。」
カトリーヌの声に、わずかに興奮が混じる。
「無って、重力とか空間とか?」
僕が口を挟むと、カトリーヌはニヤリと笑った。
「正解。まあ、基本的な分類のひとつだな。ただし、扱えるやつはそこそこいても、制御がクソ難しい。」
(……やっぱり、実際に聞くと説得力が違うな。)
「希少属性って、具体的にどんなのがあるの?」
興味が湧いて聞くと、カトリーヌは少し目を細め、考えるような仕草をする。
「いい質問だ。ただな、希少属性ってのは、そのほとんどが名前すらはっきりしてない。使えるやつが少なすぎて、まともな記録が残ってないんだよ。」
「名前もわかんないの?」
思わず驚くと、カトリーヌは肩をすくめた。
「一部だけな。『音響』『夢幻』『魂』ってのは確認されてる。だが、普通の人間にはほぼ縁がない。エルフとか、特別な血筋のやつらが稀に使う程度だ。」
「音響とか夢幻……なんかすごそう。」
言葉の響きだけで、いろいろ想像してしまう。
「音響はその名の通り音を操る。攻撃だけじゃなく、周囲の感覚を狂わせたり、精神に影響を与えたりもする。夢幻は幻覚や幻影の魔法だな。ただの視覚効果じゃなく、相手の脳に直接『偽物の世界』を植え付けるらしい。」
「……それって、めちゃくちゃ厄介じゃん。」
「だろ? で、『魂』。こいつが一番よくわかってねぇ。精神に影響を与えるとか、生命そのものを操るとか……まあ、どれもロクでもない話ばっかだ。」
「……なんか、それ、怖いね。」
率直に言うと、カトリーヌは珍しく真剣な顔で頷いた。
「そうだ。希少属性ってのは、扱うやつの心の在り方が大事だ。下手に振るえば、使った本人も周りもひどい目に遭う。」
その言葉に、僕は自然と背筋を伸ばした。
カトリーヌが急に手を叩いて、僕をじっと見た。
「さて、明日は実際に魔法を使うぞ。まずお前の属性を調べるからな。」
その瞬間、体がガチガチに固まる。
(え、属性を調べる?……マズい。めっちゃマズい。全属性あるのバレていいのか?希少はないけど、それ以外は全部あるんだよな……)
「えっと……本当に調べるの?」
ぎこちなく聞くと、カトリーヌが訝しげに首を傾げた。
「なんだ?嫌なのか?」
「いや、そうじゃなくて……なんか怖いっていうか……。」
曖昧に笑ってごまかそうとするけど、カトリーヌの目が鋭く光る。
「怖い?まあ、最初はそんなもんだ。でも、すぐ慣れるさ。」
軽く言い放たれて、僕は内心で冷や汗をかいた。
(慣れるどころの話じゃないんだけど……!)
「今日はここまでだ。」
カトリーヌは立ち上がり、大きく伸びをする。
「とにかく、明日までにしっかり休んどけよ。魔法を使うには体力もいるんだからな!」
玄関へ向かうカトリーヌを見送りながら、僕の頭は別のことでいっぱいだった。
(……明日か……どうしよう。本当にまずいかも。)
不安がぐるぐる回る。でも考えたって仕方ない。
そう自分に言い聞かせて、無理やり気を紛らわせた。
(まあ、明日になればなんとかなるよな。きっと。)




