剣士のプライドと胸のサイズ
朝食後、ソフィーは庭へ向かう前にメイドのカレンと話していた。
「収穫祭が近いですね、ソフィー様」
「そうね、毎年この時期はバタバタするわ」
椅子にもたれ、軽く目を閉じる。
「お父上も気にされていますし、村の皆さんも期待していますから」
「期待されるのは嫌いじゃないけど、ちょっと息が詰まるわね」
手をひらひらさせ、話題を変える。
「それより、アーサーは?」
「いつも通り落ち着いていらっしゃいます。ただ、レナ様が少しそわそわと…」
「ふふ、らしいわね」
ソフィーはくすっと笑い、立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる。朝の訓練をしないと一日が始まらないわ」
カレンが一礼すると、ソフィーは手を軽く振り、庭へ向かった。
朝の空気が冷たくて気持ちいい。
軽く伸びをし、木剣を手に取る。深呼吸。
一振り、二振り。振るほどに心が澄んでいく――はずだった。
(……あいつ、さっきの水攻撃ほんと許さん。後で絶対しばく。)
脳裏に浮かぶのは弟・アーサーの顔。
普段はダルそうなくせに、要所要所でキッチリ決めてくるのがムカつく。
(収穫祭の準備でも妙なアイデア出してくるし……。あのトランプだって、最初は何してんのかと思ったのに、結局みんな気に入ってるし。)
発想も行動力も侮れない。でも、素直に褒めるのはなんか悔しい。
(まったく、手のかかる弟だわ。でも、そこが――)
その時、背筋に冷たいものが走った。
(……何?)
剣を静かに下ろし、振り返る。
門のあたりに、赤い影。
陽光を浴びて揺れる燃えるような赤髪。
鋭い眉、高い鼻筋。金色の瞳がこちらを見据えていた。
ただの人間じゃない、そんな圧を感じる。
(……デカい。)
思わず胸元に視線を落とし、歯を食いしばる。
女は堂々と歩み寄る。
「お前が、アーサーの姉かい?」
豪快な声。でも、どこか試すような響きがある。
ソフィーは答えず、睨み返した。
空気が張り詰める。
「ええ、そうよ」
気後れするつもりはない。
だが、女はじっくりとソフィーを観察し、鼻で笑った。
「剣なんて持ってるってことは、お前も少しは戦えるってわけ?」
(試されてる?)
軽くあしらうような態度に、胸の奥で苛立ちが芽生えた。
「ふーん、剣士ねぇ。どうせ形だけの護身術か、遊び程度のもんだろ?」
余裕たっぷりな態度に、ソフィーは拳を握る。
「……どうしてそう思うの?」
「見りゃ分かるさ」
女はじっとソフィーを見つめ――わざと胸元に視線を落とした。
「ずいぶん細っこいじゃないか。剣を振るには華奢すぎやしねえか?」
……この女、何のつもりよ?
視線を逸らさないようにするが、つい胸元に目が行く。
女はそれを見逃さない。
「おや、気にしてんのか?」
からかうような口調に、ソフィーの中で何かが切れそうになる。
「……得意なものと、そうじゃないもの、ね」
木剣を握り直し、低く呟く。
「例えば、魔法とか?」
皮肉を込めると、女は目を丸くし――楽しそうに笑い出した。
「あはは! 剣士が魔法を笑うとはねぇ。そんなに自信があんのか?」
「そうよ。少なくとも、魔法みたいに手を振るだけのお遊びよりは、ずっと実戦向きだから」
睨むが、女は肩をすくめるだけ。
「なるほどな。じゃあ、その木剣でどれだけやれるのか、ちょっと見せてもらおうじゃねぇか?」
ソフィーの中で何かが弾けた。
「……いいわよ。あんたが本当にアーサーの教師に相応しいのか、ここで見せてもらおうじゃない」
木剣を強く握り、一歩踏み出す。
女は楽しげに口元を歪め、軽く手を振った。
「お手柔らかに頼むぜ、お嬢ちゃん」
ピリッとした緊張が、二人の間に張り詰める――。
門の前、姉さんと赤髪の女性が向き合っている。
ピリついた空気――まるで刃を交える直前みたいだ。
「ちょっ……なにこれ、喧嘩?」
僕は慌てて駆け寄り、二人を見比べる。
(なんでこんなことになってるんだよ……。)
困惑しながら、恐る恐る声をかけた。
「姉さん、何してんの……?」
姉さんはちらりと僕を見たが、険しい表情のまま黙っている。
代わりに、女がゆっくりと僕を見据えた。
「お前がアーサーか?」
挑発的な声に、一瞬怯む。
「え、あの……僕、何も分かってないんですけど。誰ですか、あなた?」
女は不敵に笑い、姉さんへ視線を戻す。
「そっか。お姉ちゃんがアタシに興味津々で、さっそく試してやるって意気込んでるだけさ」
「違う!」
姉さんが低く反論するが、女は軽く手を上げ、言葉を遮る。
「それより、坊っちゃんは止める気があるのかい? それとも、眺めて楽しむか?」
息を飲む。
二人の火花散る空気に圧倒され、足がすくんだ。
(こんなの、どうやって止めろって言うんだよ……。)
頭を抱えたい気持ちのまま、ただ成り行きを見守るしかなかった。
そこへ、静かに歩み寄る影があった。
「カトリーヌさん、またこんな形で現れるんですね」
カレンだ。いつの間にか門のそばに立ち、冷静な目で二人を見ていた。
「おっ、カレンか!相変わらずきっちりしてんな~」
カトリーヌは軽く挑発しながら笑う。
「久しぶりなのに、それが挨拶ですか?」
カレンが間に入り、ため息をついた。
「ソフィー様、何があったんですか?」
姉さんはカトリーヌを睨む。
「この人、私の剣の腕前を侮辱したのよ」
「いや、剣の話なんてしてねーよ。振り回してるだけじゃ何も変わんねーって、そんだけの話だ」
カトリーヌが肩をすくめると、姉さんの表情がさらに険しくなった。
「お二人とも、落ち着いてください」
カレンが必死に制止するが、姉さんの手は木剣を握り直していた。
「無理よ。この人に**“剣士の誇り”**ってものを教えないと気が済まないわ」
カトリーヌは笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「剣士ってのは、プライドだけは一人前だな」
姉さんの眉がピクリと動く。
「……何よ、それ」
カトリーヌは飄々とした態度のまま、楽しげに言葉を続ける。
「剣を振るうのがそんなに偉いのか? ちょっとばかし鍛えただけで、何でもできるとでも思ってんのか?」
姉さんの手がギリッと木剣を握りしめる音がした。
「……あんた、何も知らないくせに、適当なこと言ってんじゃないわよ」
「おっ、痛いとこ突かれたか?」
挑発的な笑みを浮かべるカトリーヌに、姉さんの顔が怒りで染まる。
「上等よ。どっちが本物の戦いを知ってるか、ここでハッキリさせてあげる!!」
一歩前に踏み出し、木剣を構える。
カトリーヌはそんな姉さんを見て、満足そうに口角を上げた。
「こんだけ熱くなってんだから、もう引き下がれないだろう?」
その時、遠くから足音が聞こえた。
「一体どうしたんだ!?」
父さんだった。母さんと兄さんも後ろに続いている。
「随分賑やかじゃないの。」
母さんは静かに尋ねる。
「カレン、一体どういうこと?」
カレンが説明を始めたが、姉さんがそれを遮る。
「この女が……剣士としての私をバカにしてきたのよ!!」
(そりゃ、怒るよね。)
「それに、ついでに胸までバカにしてきたわ!!!」
(え?????)
家族全員が一瞬固まる。
僕も「え、そこ!?」と素で言いかけた。
母さんは静かに目を閉じ、父さんは無言で顔を手で覆った。
その時、足音が響く。
「な、何が起きてるんですか!?大声が聞こえたので!」
レナが息を切らせて駆け寄ってきた。
(助かった……!)
僕は胸を撫で下ろす。
(まあ、誰かが止めてくれるでしょ……自分じゃ無理だよ)
父さんが溜息をつき、姉さんに目を向ける。
「ソフィー、お前はどうしたいんだ?」
しかし、姉さんの意志は固かった。
「決まってるわ、父さん。ここでしっかり勝負をつける。それだけよ」
兄さんが慌てて口を挟む。
「姉さん、待って。こんな争い、無意味でしょ?冷静になって――」
「うるさい!」
姉さんの鋭い声が響き、兄さんが一歩後退する。
(うわ……兄さん、気の毒だな)
父さんは短く息をつき、決断を下した。
「もういい。ここまで来たら、二人を止めるのは無理だな。模擬戦で終わりにするぞ」
母さんは小さく溜息をつく。
「全く、どうしようもないわね。好きになさい」
「準備を頼む。庭を使え」
カレンが毅然と頷き、レナも慌ただしく動き出す。
(ていうか、そもそも僕の家庭教師でしょ!?なんで姉さんが戦うの!?)
カトリーヌはその様子を見て、大きなあくびをこぼした。
「準備?そんなに大掛かりにしなくてもいいんだけどなぁ」
僕はただ、その様子を見守るしかなかった。
こんな時にあくびか…
緊張感ゼロかよ……ま、でも初めての魔法戦だし、ちょっと楽しみかも。




